第13話 悪役、子どもたちのヒーロー教室で特別講師になる
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「えー、本日の特別講師はこの方です!」
司会の先生がマイクを掲げた瞬間、体育館がどよめいた。
黒いコート、片目にスコープ、胸には堂々たる“V”の紋章。
「……どうも。元・悪役、現・カフェ店長。ブラック・アオトンだ。」
子どもたち「うわー!ほんものだー!!」
先生「ちょっと静かに!こ、怖くないからね!?」
俺「怖いと思ってもらっていいぞ。」
――開幕3分で保護者席がざわつく。
まあ、無理もない。ヒーロー育成イベントに悪役登壇なんて前代未聞だ。
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講義テーマは「正義と悪の違い」。
ホワイトボードに大きく二つの円を描く。
「正義の円と、悪の円。普通は別だと思うだろ?」
子どもたち「うん!」
「でも実際は――」
俺は円を少し重ねて描いた。
「こうだ。重なるところに、“人間”がいる。」
一瞬、静まる体育館。
ミレイ(今日はサポート役)が耳打ちする。
「アオト先輩、それ子ども向けですよね?」
「大丈夫だ。子どもは案外こういうの、ちゃんと分かる。」
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質問タイム。
手を挙げた少年が聞いてきた。
「なんで悪いことするの?」
「悪いこと……か。
じゃあ質問返しだ。お前の好きなヒーローは?」
「ブレイヴファイア!」
「そいつ、敵を倒すために街を壊したことあるだろ?」
「うん、でも悪いやつをやっつけたから!」
「つまり“正しい目的のためなら何してもいい”ってことか?」
「え……?」
少年が少し黙った。
俺は優しく続ける。
「悪ってのはな、“間違いを見せる役”だ。
ヒーローが自分を疑うきっかけを作る仕事なんだよ。」
ミレイが小声で言う。
「……それ、普通に良い話じゃないですか。」
「俺だってたまには真面目にやる。」
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別の女の子が手を挙げた。
「アオトン先生は、悪いやつやめたの?」
「やめてねぇよ。
ただ、悪の使い方を変えた。」
「使い方?」
「誰かを泣かせるためじゃなく、誰かが笑えるように使う。
悪ってのは、そうやって転がせば“スパイス”になる。」
女の子がニコッと笑った。
「じゃあ、アオトン先生はカレーの人だね!」
「……お前、いいセンスしてるな。」
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授業が終わり、拍手が起きた。
子どもたちは目を輝かせて言う。
「悪って、かっこいい!」「ぼく、悪役になる!」
先生が青ざめる。
「ちょ、ちょっとアオトンさん!? 教育的にまず――」
俺「安心しろ。“正しい悪”になるやつは、ちゃんと善人だ。」
ミレイ「ほんと、どっちの味方なんですか先輩……」
俺「社会の味方だ。今はそれで十分だろ。」
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帰り道。
ミレイが笑いながら言った。
「子どもたち、帰り際に“苦味の人だ”って呼んでましたよ。」
「……コーヒー扱いか。」
「ぴったりじゃないですか。」
「まぁ、甘すぎる世の中にはちょうどいいかもな。」
彼は缶コーヒーを開け、一口。
黒くて、苦い。でも少しだけ、温かい。
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――正義を教えるより、間違いの価値を教えるほうが、ずっと難しい。
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次回:
第14話「悪役、政治家になる」
「“悪を知る人間こそ、正義を動かせ”――スーツを着た悪のカリスマ、まさかの立候補!」




