番外編 悪役、正月に願わない
──願わないやつほど、生き残る。
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一月一日、朝。
街はやけに静かだった。
昨日までの喧騒が、きれいに消えている。
【カフェ・ヴィラン】は、昼から開ける予定だ。
「マスター、初詣行かないんですか?」
ミレイがコートを羽織りながら聞く。
「行かねぇ。」
「即答ですね。」
「願い事は、
自分で叶えるもんだ。」
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昼。
店を開けると、
着物姿の客がちらほら入ってくる。
「コーヒー、やってます?」
「正月でもな。」
「助かります。」
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一人の客が言った。
「神社、すごい人でしたよ。」
「だろうな。」
「何、願いました?」
「……忘れました。」
正解だ。
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ミレイが小声で言う。
「マスター、
ほんとに何も願わないんですか?」
「願ったことはある。」
「あるんだ。」
「全部、叶わなかった。」
「……重いですね。」
「正月だぞ。」
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外を見ると、
家族連れが神社から戻ってくる。
笑顔。
お守り。
おみくじ。
「大吉でした!」
そんな声が聞こえる。
「……当たるといいですね。」
ミレイが言う。
「当たらなくていい。」
「え?」
「期待が外れる方が、
痛ぇ。」
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夕方。
初詣帰りの若いヒーローが、
店の前で立ち止まっている。
迷っている顔。
「入れ。」
声をかけると、驚いたように入ってきた。
「……願い事、しました?」
「……しました。」
「叶うと思うか?」
「……分かりません。」
「それでいい。」
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俺はコーヒーを出す。
「願うな。
動け。」
ヒーローは少し笑った。
「……悪役っぽい助言ですね。」
「職業病だ。」
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夜。
店を閉める。
街はまだ正月の顔をしているが、
その下で、日常が準備運動を始めている。
俺はシャッターを下ろしながら言った。
「今年も、
多分、ろくな年じゃねぇ。」
ミレイが笑う。
「それ、毎年言ってません?」
「言えるってことは、
生きてるってことだ。」
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──正月。
願わない悪役は、
今日もコーヒーを淹れる。
それで十分だ。




