番外編 悪役、年末に店を閉める
──終わりくらい、ちゃんと片付ける。
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十二月三十一日、夕方。
【カフェ・ヴィラン】のシャッターは、珍しく下りていた。
張り紙は一枚。
《本日休業》
「……ほんとに閉めちゃいましたね。」
ミレイが雑巾を手に、少しだけ不安そうに言う。
「一年に一回くらい、
悪役にも“閉店理由”が要る。」
「年末だから、ですか?」
「掃除するからだ。」
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店内は、思ったより汚れていた。
棚の裏。
冷蔵庫の下。
カウンターの隅。
「……こんなとこ、いつ汚れたんですか?」
「大体な、
面倒な相談が来た日だ。」
「覚えてるんですね……」
「覚えてねぇ。
汚れだけ残る。」
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二人で黙々と掃除する。
音は、
バケツの水音と、
布が床を擦る音だけ。
「マスター。」
「なんだ。」
「今年、一番大変だったのって何です?」
俺は少し考える。
「……平和だった日が、
案外しんどかった。」
「え?」
「事件がないと、
悪役は暇を持て余す。」
「贅沢な悩みですね。」
「そうでもねぇ。」
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夜。
ゴミ袋が店の外に積まれる。
一年分の、どうでもいい残骸。
「……すっきりしましたね。」
「ああ。」
「心も?」
「それは無理だ。」
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店内に戻ると、
ミレイがラジオをつける。
『まもなくカウントダウンです――』
数字が減っていく声。
「カウントダウン、聞くんですね。」
「掃除終わったからな。」
「意味あります?」
「ない。」
即答。
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二人で、
カウンターに腰を下ろす。
コーヒーは飲まない。
もう片付けた。
『……三、二、一――』
外で、
遠くの歓声が上がる。
「……年、変わりましたね。」
「ああ。」
「何か言わないんですか?」
「言うことは一つだ。」
俺は言う。
「また一年、
何も終わらなかった。」
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ミレイが笑う。
「それ、悪役っぽいですね。」
「褒めてんのか?」
「一応。」
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外で、
除夜の鐘が鳴り始める。
一つ。
二つ。
「願い事、しないんですか?」
「願い事は、
掃除しても減らねぇ。」
「……確かに。」
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シャッターを下ろす前、
俺は店内を一度だけ見回した。
綺麗になった床。
整った棚。
何も変わらないカウンター。
「……よし。」
「何がです?」
「悪役は、
ちゃんと年を越した。」
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──年末。
店を閉め、
汚れを片付け、
数字を数える。
それだけでいい。
悪役にとっての“区切り”は、
いつもそんなもんだ。




