第94話 「悪役、善意に包囲される」
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午前中から、嫌な予感はしていた。
「……多くないか?」
半壊した【カフェ・ヴィラン】の前。
人が、いる。
列じゃない。
ただ、点々と集まっている。
「多いですね。」
ミレイは、ほうきを持ったまま言った。
「でも、並んでる感じじゃないです。」
「それが一番面倒だ。」
最初に声をかけてきたのは、
近所の顔見知りだった。
「大変だったでしょう!
これ、差し入れ!」
紙袋が差し出される。
ミレイは一瞬、目を見開いた。
「えっ、いいんですか!?」
そのまま反射的に受け取る。
「ありがとうございます!」
受け取ってから、はっとして付け足す。
「……あ、えっと。
中、まだ危ないので!
今日はここまででお願いします!」
相手は少し笑ってうなずいた。
「分かりました。
再開したら、また来ますね。」
「はい!」
次の人が声をかける。
「手伝いましょうか?
力仕事なら――」
ミレイは首を振る。
「お気持ちは嬉しいです!
でも今日は、片付け係が決まってて!」
「二人だけ?」
「はい!
ちょうどいい人数なので!」
アオトが横で、低く言う。
「……勝手に決めたな。」
「現場判断です!」
即答だった。
さらに別の声。
「ニュース見ました!
すごかったですね!」
「悪役さん、ありがとう!」
アオトは眉をひそめる。
「その呼び方、やめろ。」
一瞬、空気が止まる。
ミレイがすぐに間に入る。
「えっと!
今日は“閉店中”なので、
応援は心の中でお願いします!」
軽い言い方だった。
場の空気が、少しだけ和らぐ。
「……再開、いつですか?」
「まだ未定です!」
「でも――」
ミレイは、店の中を指した。
「ちゃんと戻します!
時間はかかりますけど!」
その言葉に、
何人かがうなずいた。
最後に一人、
小さく言った。
「待ってます。」
それだけ言って、去っていく。
人がいなくなり、
店先に静けさが戻る。
ミレイは、受け取った紙袋を見下ろした。
「……いっぱいですね。」
「受け取るからだ。」
「だって、善意ですよ?」
「処理が面倒だ。」
「あとで考えましょう!」
ミレイは明るく言って、
店の隅に袋を置く。
「とりあえず、
今は片付けです!」
「切り替え早ぇな。」
「悩むと、
余計に疲れますから!」
アオトは、
ため息をつきながらもほうきを取る。
「……善意ってのは、
殴れねぇな。」
「殴ったらダメです!」
「分かってる。」
二人で、
黙って片付けを再開する。
差し入れは山になり、
期待は勝手に積み上がる。
善意は敵じゃない。
だが、味方とも限らない。
悪役の仕事は、
今日も増えていく。
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【次回予告】
第95話
「悪役、期待の置き場所がない」
――「善意の次は、
期待かよ。」
ちょっと休憩。
「悪役、正義ポイントを現金換算してしまう」
──正義は、数字にした瞬間に冷める。
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午後三時の【カフェ・ヴィラン】。
一番眠くて、一番どうでもいい話が集まる時間帯。
「……聞いてくださいよ。」
カウンター席に座ったヒーローが、スマホを机に叩きつけた。
若い。真面目。目の下にクマ。
ああ、正義のやりすぎだ。
「今月、正義ポイント足りなくて。」
「それで?」
「ランキング下がると、案件減るじゃないですか。」
「減るな。」
「生活費、きついんですよ……」
ミレイが小声で言う。
「マスター、また重めの相談です。」
「この店、軽い相談の方が少ねぇ。」
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ヒーローはスマホを見せてくる。
《今月の正義ポイント:3,240pt》
《平均到達ライン:5,000pt》
「昨日も救助しましたよ?
猫助けて、交通整理して、迷子も――」
「全部“低加点”だな。」
「え?」
「派手じゃねぇから。」
ヒーローは唇を噛む。
「……じゃあ、何すればいいんですか。」
俺はコーヒーを出しながら言った。
「換算してみるか。」
「換算?」
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紙ナプキンに、ペンで書く。
「正義ポイント1pt=だいたい10円。」
「……安くないですか?」
「スポンサー込みでな。」
ミレイが覗き込む。
「え、じゃあ3,240ptって……」
「32,400円。」
ヒーローの顔が固まる。
「……え?」
「命張って、32,400円。」
沈黙。
ミルの音だけがやけに響く。
「じゃあ……ランキング上位の人は……」
「派手に壊して、派手に救って、派手に映る。
数字が伸びる。」
「……それ、正義ですか。」
「数字だ。」
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ヒーローは俯いた。
「俺、正義が好きで……
誰かにありがとうって言われたくて……」
「ポイントじゃ、言われねぇな。」
「……はい。」
ミレイが耐えきれず言う。
「でも、その人たちは助かってますよね。」
「助かってる。」
俺は頷く。
「問題は――
それを“誰が評価するか”だ。」
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ヒーローはコーヒーを飲み干した。
「……悪役さんは、
いくら稼いでるんですか。」
「聞くな。」
「聞きたいです。」
「殴られ放題で、日当一万。
交通費自腹。」
「……安すぎません?」
「だから続けられる。」
「え?」
「金にならねぇ仕事ほど、
変なやつしか残らねぇ。」
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ヒーローは少しだけ笑った。
「……俺、もう少し考えます。」
「考えろ。
数字で測れねぇ正義もある。」
「……マスター、それ慰めですか?」
「警告だ。」
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ヒーローが帰ったあと、
ミレイがぽつりと言う。
「正義ポイント、怖いですね。」
「だから売らねぇ。」
「何をですか?」
俺はカウンターを拭きながら答えた。
「正義。
値札付けた瞬間、腐る。」
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午後の光が、カップに反射する。
今日も正義は過剰で、
悪役は計算が得意で、
コーヒーは相変わらず苦い。
それでいい。




