第10話 悪役が街のカフェを経営したら、なぜかヒーローの溜まり場になった
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「ようこそ、《Café VILLAIN》へ。
本日のおすすめは“漆黒ブレンド”、罪深いほどに苦いぜ。」
そう言ってカップを差し出すのは俺――ブラック・アオトン。
元・悪役、現・喫茶店店長。
まさか俺がヒーローと同じ街でカフェをやる日が来るとはな。
オープンして一ヶ月。
開店当初の宣伝コピーはこうだった。
《悪を味わえ。正義が溶ける午後三時。》
おかげでネットでは「怖い」「入れない」「通報されそう」って言われた。
だが、ふたを開けてみれば――
客の8割がヒーローだ。
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「アオトさん、カフェラテひとつ!」
入ってきたのは《スパーク・レイ》。
例の炎上した若手ヒーローだ。
「おう、今日はカレーじゃなくてラテか。」
「もうネタにするのやめてくださいよ!」
その隣の席では、女性ヒーロー《セイナ》がタブレットを見ながら笑っている。
「SNSで“悪役ラテ”が話題ですよ。“飲むと悪堕ちできる”って。」
「ただのブラックラテだ。気のせいだろ。」
「でも、ほら――」
彼女がスマホを見せる。
《#悪役ラテ #罪の味 #めっちゃ落ち着く》
……世も末だな。
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ミレイ(※店長辞めた)が厨房から顔を出した。
「先輩、今日のスイーツ完売しました!“ヒーローのため息プリン”人気ですよ!」
「名前どうにかならなかったのか。」
「“甘いのに切ない味”ってレビューされてました!」
「ポエムかよ。」
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午後。
カウンター越しに、疲れきった中年ヒーローが座る。
「……なあ、アオトン。悪役って、気楽でいいよな。」
「そう思うなら代わってやるか?」
「やだよ。叩かれるの怖いし。」
「俺も怖ぇよ。けど、叩かれ慣れた分、鈍感にはなったな。」
ヒーローは苦笑した。
「……お前のほうが、よっぽどヒーローらしいな。」
「そう言われると腹立つわ。」
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閉店後。
看板を片付けながら、セイナがふと呟いた。
「ねえ、アオト。どうしてカフェなんて始めたの?」
「“悪を演じる”のに疲れたからさ。
……正義が飽和した世界で、悪も薄まってきてる気がしてな。」
「だから、苦いコーヒーでバランス取ってる?」
「そう。世界が甘すぎるから、少しくらい苦くてもいいだろ。」
彼女は静かに笑って、グラスを拭いた。
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夜。
シャッターを下ろしたあと、アオトは街を見上げる。
ビルの壁に映るホログラム広告。
《新ヒーロー育成計画、始動!》
……その隣には、別の小さな広告が光っていた。
《Café VILLAIN 本日も満席御礼。》
「ま、悪くない稼ぎ方だ。」
アオトは缶コーヒーを開けて、ぼそっと笑った。
――悪役がいるだけで、世界の味はちょっと深くなる。
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次回:
第11話「ヒーロー裁判所、悪役が証人席に立つ」
「“正義の誤爆”で壊された街の真実――悪役が語る、静かな反逆。」




