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あのお方はおっしゃいました。
「貴様はなかなか見どころがある娘だ。ワシの元で働かぬか?」
ワタクシは恐怖に身をすくませながら、
「こ、この、事態は、あ、あなた様が起こした事で?」
「無論だ。して、返答やいかに?」
「も、もちろん、否やなどありませんわ。すべて、あなた様にしたがいます」
あのお方はフムと頷き、
「いいだろう。
貴様に液状化の能力を与えよう。
この能力を使えば、世界中至る所、入れぬ所はなくなる。
貴様は神出鬼没、変幻自在の大怪盗となれよう。
好きな時に、好きなだけ、好きな宝石を盗むがよい」
「こ、この身に余る有り難き幸せ。ですが、なぜ、ワタクシにそのような力をくださるのですか?」
一瞬、あのお方の口角の端がつり上がったかのように見えました。
「一つ。その能力を使って、やってもらいたい事がある」
「それはいったい? どのような事でございましょうか?」
「そなたに、炎のルビーを盗み出して欲しいのだ」
「その、液状化の能力があれば造作もない事でしょうが」
「ワシがなぜそれを望むのか? か。それはな、美しい花嫁には、それに相応しい指輪が必要だからだ」
なぜ、ご自分で取りに行かないのですか?
とは聞けませんでした。
あのお方が間髪入れずに仰ったのです。
「かの世界にはアールという無法者がいる。
見かけたら即刻、殺すのだ。
奴もまた、炎のルビーを狙っておる。ゆめゆめ用心を怠るなっ!」




