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☆59☆
俺が自宅の玄関に入ると、音破が出てきて、あとからゾロゾロと入ってきた、雷夢、烈火、サヤの三人を見て、
「たっ! たたっ! 大変だよ! お兄ちゃんが! お兄ちゃんが、女の人をいっぱい連れてきたよおおおおおっ!」
絶叫して居間へ駆け込む音破。
続いて母さんが居間から出てくる。
「いつも来ているオタクっぽい男の子じゃないの? ほら、何て言ったかしらねえ。あの影の薄い、そうそう星図くんの間違いじゃないの? 竜破が女の子を連れてくるなんて、そんな奇跡が起こるはずがないじゃない、音破」
失礼な事を言われた気がするが、三人娘を見た母さんが、
「ウゲッ! ほんまやがな! 本当に女の子が三人も、これは、夢か幻じゃないかしら、いいえ! 夢なら覚めないで! お父さん! お父さん、竜破が! 竜破が女の子を三人も連れて来たわよ!」
母さんが絶叫しながら居間に駆け込む。
かわりに音破が居間から飛び出し、
「お兄ちゃん、お姉ちゃんたち、ちょっと待っててね。すぐ済むから! まだ入っちゃダメだよ!」
音破が居間に戻る。
やがて、先ほどとは打って変わった、妙にかしこまった調子で、父さん、母さん、音破がそろって居間から出てきた。
父さんが、
「こんなムサ苦しい家によく来てくれましたね。子供の頃からアニメ、ゲーム、ラノベに夢中で女の子には全く興味がない、と思っていた竜破が、こんなに可愛い女の子を三人も連れてくるなんて、さあさあ、どうぞどうぞ、中へ入ってください。ずず、ずい~っと、母さん。お茶とお菓子の用意は出来ているね?」
母さんが鼻息荒く、
「ガッテン承知! こんな時のために取っておいた、お歳暮の残りを、いよいよ出す時がきたわ! 万事抜かりなく用意してあるから、冷めないうちにどうぞ召し上がってちょうだいね」
音破が満面の笑みで、
「音破も居間の飾り付けを手伝ったんだよ! さあ、お姉ちゃんたち、入って入って!」
音破に押されるように居間に入る俺と雷夢と烈火とサヤ。
「っう! こ、これはっ!?」
俺は居間のあまりの変わりように思わず呻き声をあげる。
わずか数分でここまで変わるものなのか?
いつものゴミゴミした居間が、
物置き同然の判然としないカオスな居間が、
今は天国のように光り輝いている。
雷夢、烈火、サヤが名乗って、簡単な挨拶をすませると、居間のソファに腰掛ける。
父さんが俺たちを見回し、
「さあ、みんな、くつろいでいいよ。お菓子も遠慮しないで食べてね。お茶の砂糖はいくつかな? レモンを入れるかな? それともミルクにする?」
至れり尽くせりだ。
烈火が恐縮しながら、
「いえ、お構いなく、自分で入れるのだ」
砂糖を三杯ほど入れる。
サヤが、
「私はストレートでいいのデス」
雷夢は、
「ウチはミルクティーにするアル」
父さんが、
「みんな制服が違うんだね。みんな違う学校なのかい?」
烈火が、
「あたしとサヤは同じ学校なのだ」
サヤが、
「すぐに服が切れるので、直しながら昔のセーラー服を着ているのデス」
雷夢が、
「ウチは香港の学校に通っているアル。だから、チャイナ服は私服アル」
音破が、
「烈火お姉ちゃんの荷物は何なの? キーボード?」
烈火が、
「違うのだ! これは紅蓮剣といって、悪鬼、羅刹、悪い異世界からの転生者どもをやっつける」
俺は、
「いや! キーボード! でかいキーボードに決まってるじゃないか!」
母さんが、
「サヤちゃんの包帯、凄いわね~。何かあったのかしら?」
サヤが、
「そうなんデス。実は、無意識のうちに身体から剣が飛び出してしまう体質のために、包帯を巻いて抑えているんデス」
俺は、
「ジンマシン、時折ジンマシンで肌が荒れるんだよな、サヤは! それで包帯を巻いてるんだよな、な!」
父さんが、
「雷夢ちゃんの髪型はすっごい独特だね。生まれつき天然パーマなのかな?」
雷夢が、
「違うアル。仙術の修業をしているうちに、こうなったアル。ウチの仙術は雷撃系だからアル」
俺は、
「パーマ! パーマだよな、雷夢! 可愛いし、よく見ると、すげ〜イカすよ。
すっごい似合ってるぞ、ボンバーヘッド!
という事で、急きょ、家でやる事になった補習を手伝ってもらうために、みんな俺の部屋に来てくれ!」
俺は追い立てるように、雷夢、烈火、サヤを二階の俺の部屋に連れていった。
自室にて俺は、
「余計な事を話して家族を地獄の少女道化師こと、ゲロデムとの戦いに巻き込むなよ」
雷夢が、
「ゲロデムぐらい雷夢一人で倒せるアル。中国四千年の歴史は伊達じゃないアル」
サヤが、
「ど田舎から来た山猿はボンバーヘッドと同じぐらい能天気デスね」
雷夢が、
「ウチの髪型は天気とは関係ないアル! 竜破は可愛いって言ったアル!」
烈火が、
「あれはお世辞なのだ。本心からそう言ったわけではないのだ」
雷夢が、
「ウソアル! 竜破は本当に可愛いと思って言ったアル! そうアルよね竜破!」
雷夢、烈火、サヤに返答を迫られた俺は、
「問題はそこじゃないだろ。
俺が言いたいのは、お前たちが軽々しく恐るべき秘密を、あっさり明かすのに肝が冷えたんだよ。
後々、絶対に問題になるから、俺たちの事は絶対に秘密にする事、いいな」
烈火が、
「しかし、竜破の家族に、あまりウソをつきたくないのだ」
雷夢が、
「そうアル、そうアル。ウソつきは泥棒の始まりアル」
俺は、
「俺は元々、泥棒だからいいんだよ。ともかく、今まで起きた事を話すから、現状をハッキリ認識してくれよな」
俺は雷夢に事の始まりから終わりまで、三時間かけてビデオの三倍速のような勢いでシャベリまくった。
気がつくと外はすっかり暗くなっていた。
ノックの音がして母さんが扉を開けると、
「もうじき夕飯だけど、みんな食べていく?」
烈火が、
「ぜひ食べたいのだ」
サヤは、
「御相伴に与ります」
雷夢が、
「お腹ペコペコアル!」
俺が、
「全員、食うってさ。ところで、雷夢の事なんだけど、本当はホテルに泊まる予定だったんだけど、滞在が長びきそうで、旅費を節約したいって言うんだよ。だから」
母さんが、
「あら、それならウチに泊まればいいじゃない」
あっさり許可が出て、かえって俺が戸惑っていると、
「将来、お嫁さんになるかもしれない女の子だから、今から仲良くしなくちゃね」
俺は思わず、
「はあああ!?」
何言い出すんだ?
母さんがさらに、
「孫は三人ぐらい欲しいわよね。
今から楽しみだわ~。
あとでまた呼ぶから、みんなちょっと待っててね」
母さんが一階に降りていった。
俺が雷夢、烈火、サヤを振り返ると、何やら不穏な空気が漂っていた。
サヤが、
「いよいよ、お泊まりで、キャッキャ、ウフフ。イチャイチャタイム、デスか。
一夏のアバンチュール、デスね」
俺は全否定する。
「夏じゃないだろ、春休み中だろ。それに、雷夢は音破の部屋に泊まらせるから、サヤの言うような問題は起きん」
俺の言葉に雷夢が、
「それじゃ監視にならないアル。アタシは竜破の部屋に泊まるアル」
烈火が、
「雷夢! 貴様、さっきから黙って聞いていれば、言いたい放題、し放題。いい加減、堪忍袋の尾が切れるのだ!」
雷夢が、
「なにお~。アタシとやるアルか? ケガをしても知らないアルよ。雷撃系の仙術、雷仙術の威力を見せてやるアル」
雷夢のボンバーヘッドに紫電が走り、髪の毛が逆立つ。
全身が青白い明滅を繰り返す。
まるでゴジラー1.0のセビレみたいだ。
烈火は紅蓮剣を握り締め、身体の強化を示す、赤い輪郭に包まれる。
刹那、烈火と雷夢が激突した。
俺は、
「おい、やめろって、せめて外でやってくれ! 俺の部屋でやるなよ! サヤも何とか言ってくれ! お前が変な風にあおるから、こんな事になって、ウワッ!」
俺の座っていた椅子が紅蓮剣の一撃で真っ二つになる。
逃げるのが一瞬でも遅れたら俺は真っ二つになっていた。
雷夢が、
「雷刃!」
と言ってイカヅチの刃を烈火に投げつける。
烈火が紅蓮剣で叩き落とすが、かわした刃がベッドを切り裂いて羽毛が飛び散る。
「俺のベッドが!」
「雷刃剣!」
イカヅチの剣を、
ヴォーン、ヴォ、ヴォン!
とか鳴らし、ライトサーベルか!
そいつをブン回して液晶テレビを粉砕する。
「俺のテレビが!」
烈火はそれを紅蓮剣で受け止めるが、雷刃剣を払った切っ先で、俺の三十万はする高価なゲーミングパソコンをぶっ壊す。
「おいおい!」
俺の叫びも虚しく、
雷夢が、
「雷糸!」
今度は手の平からイカヅチの糸を伸ばし、烈火の動きを封じる。
「どうアル! 雷仙術の糸は、そう簡単には切れないアルよ!」
烈火が、
「それはどうかな!」
紅蓮剣が燃え上がり雷糸が焼き切れる。
雷夢が、
「なら、これはどうアル!」
雷夢の全身が帯電しプラズマ状の放電を開始、俺は危機感を覚え、部屋から廊下へ飛び出す。
烈火、サヤも後に続いた。
「豪っ! 雷っ!」
凄まじい閃光と共に耳をつんざく爆発音が響き、俺の部屋は跡形もなく吹っ飛んだ。
いったい、全体、どういう原理なんだ?
烈火が、
「雷夢! 貴様、なかなかやるな! すっかり見直したのだ! 今日から雷夢は、あたしの正式なライバルで親友なのだ!」
雷夢が、
「烈火の紅蓮剣にも驚いたアル! 日本の術者も侮れないと分かったアル。今日から烈火は雷夢のお友達アル」
母さんの声が下の階から響いてくる。
「ご飯出来たわよ~! ところで、さっきの騒ぎは何なの?」
俺はとっさに、
「烈火と雷夢がプロレスごっこをしてたんだよ。うるさかったらゴメン!」
適当に誤魔化した。
「いいのよ、いいのよ。元気な事は良い事だから。早く降りてくるのよ」
俺は、
「烈火、サヤ、雷夢、三人は先に行ってくれ。俺は部屋を復元してから行く」
雷夢が、
「絶対復元能力アルね」
俺は、
「転生した俺が、唯一授かった微妙な能力だよ」
雷夢がすまなさそうに、
「ゴメン、アル。やり過ぎたアル」
烈火が、
「あたしも暴れ過ぎたのだ。この通り、謝るのだ」
俺は、
「気にするな。終わったら、俺もメシを食いに行くから。母さんの料理は世界一美味いぞ」
雷夢が、
「それは楽しみアル。早く食べたいアル」
サヤが、
「右に同じ」
烈火がサヤと雷夢を押し出すように、
「さあ、お母さまが待っているのだ。竜破、後処理は任せたのだ」
俺はうなずき、能力を働かせる。
フィルムの逆回転のように、破壊されまくった品物と部屋が、次々に復元されていく。
ようやく復元が終わり、リビングの食卓に行くと、
母さんが、
「今日はメッチャ奮発したのよ。なんとビックリ! すき焼きよ! でも、竜破は来るのが遅いから、神戸牛A5ランク黒毛和牛は全部なくなっちゃったわ。残念ね~」
烈火が大量の肉をゴハンに乗せてパクパク食べながら、
「おしい事をしたな、竜破。モグモグ、しかし、これも運命と諦めて、ネギでも食うのだ」
サヤがハシで摘まんだ最後の肉を口に放り込み、
「御愁傷様デス」
雷夢は、
「みんなヒドイアル! 竜破が可哀想アル! 悲しむ事ないアル、竜破にはアタシのネギを分けてあげるアル」
俺は仕方なくネギをモグモグ咀嚼
した。




