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   第五話


 〜燃えよ雷夢〜


   ☆57☆


「お兄ちゃん! 起きてよ! 朝だよ! いつまで寝てるの! 早く起きなよ! 目が腐っちゃうよ!」

 妹の怒鳴り声で俺はベッドから飛び起きた。

「何だよ音破、やぶからぼうに、今は春休みなんだから、もう少し眠らせてくれよ」

 音破が腰に両手を当ていきりたつ。

「補習! 補習! 補習だよ! 入院で授業が遅れたぶん、補習するんでしょ! 忘れたの!」

 そういえばそうだった。

 すっかり忘れていた。

「今何時だ?」

「五時!」 

 妙に薄暗いと思ったら、朝っぱらの五時だからか。

「七時に起こしてくれ」

 俺がまた寝ようとすると、

「駄目! 早起きは三文の得なんだよ! 起きろ~っ!」

 ガクガク揺さぶってくる音破。

 さすがにもう眠れそうにないので諦めて起きた。

 朝食はハムチーズ目玉焼き。

 ブルーベリージャムのトースト。

 クノールのインスタントポタージュ。

 ヨーグルト、バナナ一本、伊藤園の野菜一日これ一本。

 定番の朝飯だ。

 ちなみにハムチーズ目玉焼きは、ハムの上にスライスチーズを乗っけて、その上に玉子を落として焼いた物だ。

 朝飯を食い終わったあとシャワーを浴び、制服の袖に腕を通して家を出る。

「竜破お兄ちゃん、いってらっしゃ~い!」

 二階の窓から音破が手を振って見送ってくれた。

 我が家は二階建ての中古の一軒家だ。

 二階に俺と音破の部屋がある。

 一階は両親の部屋、リビング、トイレ、風呂がある。ローンの支払いが二十年ほど残っているらしい。

 すずらん通りを抜けて赤羽駅に向かう。

 家から駅まで歩いて十五分ほど。

 赤羽駅の構内に入って七番線、

 埼京線の新宿駅行きに乗り込む。

 七時前だから車内はそこそこ空いていて、何とか座る事が出来た。

 俺はさっそく本を開く。

 ジョン・ディクスン・カーの、

 帽子収集狂事件。

 探偵小説だ。

 半分以上読んでいるが、

 犯人もトリックもさっぱり分からない。しかも、

 読んでいるうちにだんだん眠くなってきた。

 気がついたら新宿駅に着いている。

 まるでヤマトのワープでもしたような気分だ。

 なぜ電車に乗ると、

 こうも眠くなるのだろうか? 

 不思議でしょうがない。

 結局、小説は一ページも読めなかった。

 新宿駅南口から出て、

 駅の真上にある甲州街道の陸橋を、新宿御苑方面に進む。

 バルトナインという映画館の手前にある、大きな交差点を渡ると、虹祭学園が見えてくる。

 校門から何故か音楽教師の律華が出てきた。

 俺は、

「今日の補習は英語と情報のはずなんですけど、どうして律華先生がいるんですか? 春休み中で、休みじゃないんですか?」 

 律華が、

「話せば長くなるんだが」

 俺は、

「早起きしすぎて補習の始まる九時までに、まだ時間はたっぷりありますから、長くなっても構いませんよ」

 律華が、

「そうか、実は、この話は春休みの始めの頃にさかのぼるんだ。

 人間というものは困った事に、

 ヒマになるとつい手を出してはいけない物に手を出してしまう物なんだな。

 人のどうしようもないサガに、今、思い出しても腹が立つ」 

 腹立たしそうに拳を握りしめる律華。

 俺が、

「それで何に手を出したんですか?」

 律華の目が泳ぐ。

「それはな、ほら、街にいっぱいあふれている。

 とっても身近で、

 世界的に有名な日本のカジノだよ」

 俺は、

「バチンコですね?」

 律華が、

「とも言うな。

 春休みの始めに早速打ちに行ったら、なぜか、その日は絶好調でな。

 あれよあれよという間に五箱ぐらい玉が出たんだよ。ところが!」

 律華が眉間にシワを寄せ、全身をブルブルと小刻みに震わせ、

「あそこで止めておけば、あそこで止めておけば良かったんだよ! 

 にもかかわらず! うぐぐ!」

 俺は冷めた声で、

「続けたんですね」

 律華がムキになって、

「ちょっとぐらい負け始めたからといって、勝負を捨てられるか! 

 売られたケンカは買うしかない! 

 無論、私は途中で諦めたりしない! 

 死力を尽くして戦ったのだ! 

 しかし、その結果、給料を全て使い果たし、ニッチもサッチもいかなくなった。

 ちょうど家賃の支払いも半年ほどたまっていたから、

 今月分の家賃が払えないと大家に知れた途端に、即日、アパートを追い出された。

 そこで仕方なく、学校に寝泊まりする事になった。

 だが住めば都。

 学校生活は意外と快適だと思い知った。

 保健室のベッドは寝心地がいいし、運動部のシャワーもある。

 用務室には洗濯機もあって洗濯も出来る。

 それを乾かす屋上もある。

 化学実験室では料理も出来る。

 人間が生活していく上で必要となる物は一通り揃っていたのだ。

 いっその事、一生学校暮らしも悪くないな、なんて最近は考えている」

 俺は顔をしかめ、

「いや、さすがにそれはまずいでしょ」

 律華がうなずき、

「うむ。無論、冗談だ。本気にするな」

「ところで食料はどうやって調達しているんですか?」

 律華がニヤリと笑い、

「学校の倉庫には全校生徒が二週間は持ちこたえられる食糧の備蓄があるんだよ」

 俺は呆れながら、

「災害時の非常食ですよね」

 律華が、

「今の私の境遇が災害時の非常事態に劣っていると思うのか? 

 それとも貴様は私に女乞食になれとでも言いたいのか?」

 俺は辟易しながら、

「いや、そうは言いませんが」

「なら私の行動に難癖をつけるんじゃない」

「まったく、難癖つけるつもりはありませんね。ところで、校門まで来たって事は、俺に何か用があるって事でしょうか?」

 律華が、

「まあ、ついでだが、私がここに寝泊まりしている事を知った、英語教師と情報の教師からおまえに言付けを頼まれてな。

 竜破、お前の補習用のプリントが教室に用意してあるから、お昼までそれをやっておけって事だ。つまり、自習だな」

 俺は、

「言付けがついでなら本命は何ですか?」

 律華の目がギラリと光る。

「呼んでいるんだよ、この私を。

 銀色に輝く魂の玉が。略すと銀」

 俺は慌てて、

「略さなくていいですよ。要するにバチンコでしょう」

 律華が、

「そうとも言うな」

「お金はどうするんですか? スッカラカンなんでしょう」

「フッ、蛇の道は蛇さ」

 俺は、

「バチンコ屋に落ちている玉を拾って使う気じゃないでしょうね? 犯罪ですよ、やめて下さい」

 律華が、

「む、無論だ。神聖な教師ともあろう者が、そ、そんな犯罪まがいの事を、す、するわけがないだろう。

 新台の北東のコブシが出てるからチェックしに行くだけだよ」

 俺は呆れながら、

「朝っぱらから並んでですか?」

 律華が尊大に、

「フッ、貴様みたいな子供には、女のロマンは一生わかるまい」

「男ですからね」

 律華が、

「チューリップがパッと開いてジャラジャラ玉が出る快感がどれほど素晴らしいことか」

 俺は、

「CR全盛時代にチューリップは無いでしょう」

「昔はチューリップとガンパレード・マーチだったんだよ! いざ行かん! 銀の魂と玉の聖地へ!」

 と、叫ぶと、律華はパチンコ屋へ向かって走り出した。

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