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☆49☆
神隠山の頂上から地上を見渡すと、天気の良さも手伝って、日陰市と早乙女市の絶景が一望できた。
ここまで来るのに一時間半ほどかかっている。
起伏に富んだ山で、巨大な岩、切り立った崖などが多く、その間を縫うように山道が続いている。
人一人がやっと通れるほどの狭い道である。
俺は少し遅れて炎華に追い付いた。
顔中から汗を垂れ流し、青息吐息で喘ぎ喘ぎ、
「待って、ぜは、ちょっと休ませてくれ。ひーひー。運動神経には、自信があるけど、病み上がりだから、持久力がないんだよ。てか、何で山から行かにゃならんの? 車でいいじゃん」
炎華が、
「バカね。真城を誘拐した犯人が、真城を殺したあと遺体を隠すとしたら、この神隠山以外にないでしょ。警察も捜索したらしいけど、私もこの目で確かめてみたかったのよ」
俺は、
「しゃあないな。美少女名探偵炎華ちゃんがそう言うなら、それに従うよ」
炎華が、
「あとは降りるだけたから、少しは楽なはずよ」
俺は渋々ついて行った。
見晴らしのいい頂上から再び森の中に入ると、
霧が出てきた。
霧の中を慎重に進むと突然、
霧が途切れ、
俺は道の先を指差す。
「何だ? あいつは?」
女子高生が立っている。
制服のあちこちが泥で汚れ、
その顔はゾッとするほど青白い。
瞳は虚ろで、俺たちを認識しているのかどうか疑わしい。
その青白い指先が、ある方向を指差す。
その先にいたのは、
「蝶ね。黒揚羽蝶みたいだけど」
ほんの一瞬、俺と炎華、黒猫の視線が蝶に集中した直後、俺は、
「消えたぜ、さっきの女子高生。いったいどこに行ったんだ?」
炎華が消えた女子高生を無視し、
「それより蝶を追うのよ。きっと何かがあるわ」
俺も気を取り直し、
「分かった。にしても、あの子はいったい何だったんだろう?」
炎華が蝶を追いながら、
「考えるのはあとよ。蝶を見失わないようにね」
軽やかに飛ぶ蝶を追い続け、やがて蝶は崖の下、大木と岩の影に隠れるように、その中に入っていく。
俺は慎重に崖を降り、死角になったその場所に入る。
「内側に窪地があるぞ」
俺の言葉を聞き、炎華も降りて来る。
内側がえぐれていて、畳一枚ぶんのスペースがある。
そこに無数の蝶が集まっていた。
心なしか、その形はどことなく人型のように見えた。
炎華が、
「警察もさすがに、ここは調べないでしょうね」
俺はうなずき、
「早乙女真城が埋まっているって言うのか?」
「その可能性があるわ。警察に連絡しましょう」
炎華がスマホをかける。
「鬼頭警部、ちょっと頼みたい事があるんだけど。
半年前の神隠事件で行方不明になった早乙女真城が埋まっているかもしれない場所を発見したわ。
GPSの位置情報を送るから調べてみてちょうだい。それと、
崖の下だから落ちないように気をつけてね。それじゃ、切るわよ」
炎華が通話を終え、俺は、
「驚いたな、鬼頭警部と知り合いなのか?」
「古い付き合いよ」
俺は、
「実は俺も、鬼頭警部の娘と知り合いでな、鬼頭警部に直接会った事も一度あるんだ」
炎華が思案し、
「確か、烈火だったかしら。会った事はないけど、手紙をもらった事はあるわ。世の中、広いようで、狭いものなのね」
俺は、
「ところで、さっき見た女子高生は、やっぱり早乙女真城の幽霊かな?」
炎華が不機嫌そうに、
「真城の事を考えながら歩いていたから、霧が途切れた瞬間に、たまたま景色と真城とを見間違えたのよ。つまり、錯覚よ」
「二人同時に?」
炎華がうなずき、
「そう、二人そろって、錯覚を見たのよ」
「炎華は月刊ムーとか嫌いなのか?」
「ムーは関係ないでしょ! あれはアトランティスに対抗して作り上げた、架空の大陸なんだから! さあ、無駄話は終わりよ、さっさと早乙女邸に行かなくちゃ」
炎華が崖をよじ登りはじめたので、俺もあとに続いた。




