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放課後。
烈火が教室の後ろに並ぶロッカーから、引きずるように巨大なキーボードのケースを取り出す。
星図が、
「そんな重そうなケースを持って行くの? 炎のルビーの警護の邪魔にならない?」
烈火が机の上にケースを置き、真剣な表情を浮かべ、
「実は、これは絶対に口外してはならない、極秘中の、極秘の話なのだが」
そう言って教室をキョロキョロと見回す。
夕日に染まった教室内には人っ子一人、いや、教室のスミに諸星巡がいた。
巡が、
「私の事は気にしないで。タロット占いをしているだけだから」
烈火が、
「なら気にしないのだ!」
巡をあっさりスルーした。
俺は、
「意外と軽い極秘事項なんだな」
烈火が再び真剣な表情を浮かべ、
「実はこの中には、
紅蓮剣、
という神の剣が入っているのだ」
とか言いながらケースのフタを開けて、奇妙な大剣を取り出す。
俺は少しドキっとする。
ファイヤ・パターンのかかった禍々しい形状はともかく、その大剣から伝わるマナの量が、ちょっと尋常じゃない量だったからだ。
マナというのは魔法を使うための大元の元素の事で、恐らく、この世界にはほとんど存在していない。
そもそも、マナを見える人間すらほぼいない。
星図がからかい気味に、
「面白い設定だね。それで、何の神様の持ち物なの?」
星図のような凡人にはマナを感じ取る能力は無論ない。当然のように軽い口調になる。
烈火が、
「獄界の入口。
獄界門を守る獄界の神、
獄界神ゲヘナスの神剣なのだ」
星図が、
「聞いた事もない神様だね。でもラノベのネタとしてはいいかも」
俺は脳内データを検索し、
「そういえば、星図はラノベ作家を目指していたな。この間、ネット小説大賞の一次予選に通ったとか、なんとか言って大喜びしてたもんな。でも、当然、二次予選は落ちたが」
星図が、
「それは言わない約束でしょ! 勝手に黒歴史を暴かないでよ! でも、今度こそは~」
星図が握り拳を作る。
俺は、
「今度も落選だろう」
星図が、
「何て事を言うんだよ! ちょっとは応援してよ!」
俺は、
「まあ聞けよ。今のラノベの状況を見ると、ファンタジー一強と言っていい状態だ。しかも、出版社の中にはファンタジーしか募集しません、という出版社もある。ところが、星図のラノベは現代物のローファンタジーか、戦前の戦場物が多い。これじゃ受かるはずがない」
星図が、
「うっ! だって、そういうのが好きなんだから、しょうがないじゃん」
俺は、
「いいか星図、ラノベで受賞したければ、まず何よりもファンタジーを書くことだ。それと、三つの要素が必要だな。
一つ、
異世界であること。
二つ、
転生物なら、なお良し。
三つ、
奇妙なチート能力。
もしくはその逆張り。
ただし、これはあくまで基本であって、細かくいえば、主人公が逆境状態にあるとか、転生先で人間じゃなくなったとか、チート能力も余っ程、奇抜な物でないと、審査員の目にとまる事は、まず無いだろう。
ちなみに、いわゆる文才みたいな物は問われないそうだ。
純文学じゃないからな。
小学生程度の国語力があれば充分って話だ。
だけど、どっちにしろ賞を狙っている奴らは、こんな事はみんな折り込み済みだ。
受賞出来るのは、ほんの一握りの天才だけだ。
それでも、プロデビューしたからといって順風満帆とは限らない。
デビュー作がコケて消えていく作家は掃いて捨てるほどいる。
たまたまデビュー作が受けても続けてヒット作を出せず、気がついたらゴースト・ライターになっていた。という作家もいるんだ。そう考えると、星図じゃ、
99.9999バーセント、ラノベ作家になるのは無理だな」
星図が涙目で訴える、
「何で僕じゃダメなんだよ! 今、必死に次回作を執筆している所なのに! 変なこと言わないでよ!」
俺は、
「いや、しかしだな」
星図が、
「しかしもカカシもないよ!」
俺は、
「つまり、あれだ」
ていうか、何で俺はラノベ作家について、こんなに、あーだ、こーだ、言ってるのだろう?
別に脳内検索をしているわけじゃないのに、以前の俺の記憶が知らず知らずのうちに出てしまっている。
「実際の所は、俺もシランケド、って言う奴だ」
知ったかぶりをした時の有効な言葉がシランケド、と俺の脳内に閃いた。が、星図はますますいきり立ち、
「シランケドって、何も知らないくせに勝手なこと言わないでよ、優しい僕でもいい加減怒るよ」
俺は、
「あ、痛たたた。と、突然、あ、頭が、い、痛くなってきた。何かシランケド、記憶が混乱してきた。すまん、星図、どうやら頭を強く打った後遺症で、また、記憶の混乱が始まったらしい。何も知らないのに、知ったかぶりしてスマナかった」
星図がジト目でにらみ、
「ずいぶん都合よく記憶が混乱するんだね」
俺は大げさに、
「うっ! また頭痛がする! 記憶が混乱するうっ!」
烈火が血相を変えて、
「大丈夫か!? 竜破!? 救急車を呼ぶか!?」
俺は、
「いや、大丈夫だ。頭の痛みは治った。しかし、記憶は曖昧だから、変な事を言っても、笑って許してくれ」
烈火が、
「わかったのだ! 笑って許すのだ! 星図も笑って許してやるのだ!」
星図が渋々と、
「しょうがないなあ。烈火に免じて許してあげるよ」
巡が、
「話は終わったようね。これから、新宿美術館に行って怪盗ゲロデムを獄界の獄界神ゲヘナスの神剣、紅蓮剣で倒すんでしょう」
改めて言われると凄い設定だな。
巡が、
「武運を祈って、私がタロットで占ってあげるわね」
と言って、タロットを扇状に広げ、カードを一枚引き抜くと、一目見るなり、眉をひそめて、抜いたカードを元に戻そうとする。
俺はカードを押さえて、
「待て待て、気になるじゃないか。何で見せないで元に戻すんだよ? 表を見せろよ」
巡が、
「たかが占いよ。そう気にする必要はないわ。そう、これは単なる引き直しだから、たいした意味はないのよ」
俺が、
「だから、何で引き直しをするんだよ? 気になってしょうがないじゃないか」
巡がニッコリ笑って、
「世の中には知らないほうが幸せな事もあるのよ」
俺は巡が押さえているカードを強引に引き抜いて、
「確かに、そうみたいだな、巡」
カードの絵柄は、
死神だった。