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   ☆32☆


 ラクリスには俺が、

 アルセーヌ・ルパンである。

 と正体を明かしたが、結婚式はアール子爵として出席する事になった。

 どのみち泥棒稼業は引退するので、今後はアール子爵として生きるだけだ。

 それは、ラクリスも了承済みだ。

 結婚式当日。

 アヴァロン帝国、最大の教会。

 聖ヴァルキリー教会には、数百人の群衆がつめかけた。

 スコーピオン裁判でラクリスはすっかり有名人になっていた。

 天を貫くようなゴチック建築のいかめしい尖塔が立ち並ぶ教会の門をくぐって、俺とラクリスは教会に入った。

 王侯貴族から大富豪、豪商、名だたる名士、貴君がズラッと揃うなか、おごそかに式は進んでいく。

 大司教の長話が済んだあと、いよいよ残るは誓いのキッスだけとなった。

 そのタイミングで急に大司教が倒れる。

 ラクリスが助けようと近づくのを俺は制する。

「それ以上見ないほうがいい、ラクリス」

 大司教の首は根本からスッパリ切断されていた。

 背後から物凄い血の臭いが漂ってくる。

 俺はラクリスを抱きしめつつ、背後を見る。

 百名ほどいた参加者全員が首を跳ね飛ばされ、ポンプのように血飛沫を撒き散らしていた。

 ラクリスが、

「スコーピオン叔父様!?」

 と叫ぶ。

 見ると、さっきまで大司教が立っていた場所に、死んだはずのスコーピオンが立っていた。

 俺は片目をすぼめ、

「地獄のそこから蘇ったようですな、スコーピオン伯爵。

 ただし、花嫁を祝福しにきたって雰囲気ではないですな」

 スコーピオン伯爵が不気味な笑みを浮かべ、

「貴様に礼を言おう。

 アール子爵。いや、その正体は、アヴァロン全土をまたにかける、

 大怪盗アルセーヌ・ルパン。

 君がワシを絞首刑にしてくれたおかげで、ワシは三千世界を転生し、無数の能力を手に入れる事が出来たのだからな」

 俺は、

「転生ってのはあれか? 

 東方の輪廻転生の事か? 

 しかし、妙な能力を授けられるってのは。

 まるで、パルプ・フィクションみたいだな」

 荒唐無稽な安い冊子の本をそう呼ぶ。

 俺は、

「お前さんみたいな悪党が無数の能力を手に入れるっていうのは読んだ事がないがな。

 たいたい、正義の味方が人知れず身につけた能力で悪を倒すって、ストーリーだ、が」

 最後に舌が痺れる。

 全身が金縛りにかかったように身動きできない。

 スコーピオンがイラついたように、

「へらず口はやめたまえ。

 力の差は明らかなんだ。

 ルパン君。

 アリがゾウに挑むようなものだ」

 それでも俺は、

「へ、へえ、その、ゾウさんが、俺に、い、いったい何の用、だい?」

 スコーピオンの眉根にシワがよる。

「ほう、たいした根性だ。まだ、へらず口を叩けるとはな。いいだろう。冥土の土産に、貴様にワシの目的を教えてやろう」

 スコーピオンの視線がラクリスを向く。

「美しい。今日のラクリスは一段と美しいとは思わないか?」

 当たり前だ。と思いつつ俺は、

「ほ、本題に、入ったら、ど、どうだい?」

 なおもへらず口を叩く。

 スコーピオンが執拗にラクリスを見つめながら、

「ルパン君。君はワシの命を奪った。当然、その代償を支払わねばなるまい」

 それまでの皮肉な笑みは影をひそめ、かなりマジな表情で続ける。

「君が集めた宝石のコレクションはなかなか美しく、見栄えも悪くない。

 そこで、ワシはその中から最高に美しい一品を頂く事にした」

 スコーピオンの瞳が光り、

「あらゆる宝石をしのぐ素晴らしい美しさ、このラクリスをもらい受ける」

 俺は歯を食いしばって言葉を絞り出す。

「ロ、リコン、伯爵。ラクリス、が許す、かよ」

 スコーピオンがラクリスに、

「来いっ、ラクリス!」

 と命じると、ラクリスが操り人形のようにスコーピオン伯爵の元へフラフラと歩いて行く。

 その瞳からは輝きが失われ、表情はまったくの無表情だ。

 俺は、

「いい年、こ、こいて、お人形、遊び、かい?」

 スコーピオンの眉が一瞬釣り上がるのを俺は見逃さなかった。

 どんな能力を持っていようと、所詮、人間だ。

 スコーピオンがおごそかに告げる。

「神はサイコロを振らない。

 なぜなら、

 運命は神によって最初から決まっているからだ」

 スコーピオンの瞳が光り、

 刹那、俺の身体がサイの目状に切り刻まれる。

 最後に俺が見たラクリスの瞳からは、とめどなく涙が溢れていた。






 

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