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   ☆31☆


 スコーピオンが絞首刑になってから三ヶ月経った。

 俺はラクリスにモリスンの墓参りに行かないか?

 と尋ねてみた。

「墓参りですか? そうですねえ」

 ラクリスは小首を傾げて考え込む。

 ここ三ヶ月ばかりの間に随分とやつれてしまった。

 モリスンの葬儀。

 スコーピオンの裁判。

 遺産の相続。

 会社経営の引継ぎ。

 度重なる心労が原因だろう。

 ラクリスが笑みを浮かべ、

「息抜きには、ちょうどいい機会かも知れませんね。モリスンお祖父様のお墓参り、参りましょう」

 トントン拍子に話は決まり、

 墓参り当日、

 つつがなく墓参りは終わった。

 墓の前に、うず高く積まれた大量の花をあとに、俺たち二人は帰ろうとした。が、

 俺はラクリスを引き留め、

「ラクリス、今日は、実はだね。墓参りは、君を連れ出す口実でしかなかったんだ」

 ラクリスがクスリと笑い、

「そうではないかと思っていました。朝からずっとソワソワして、心ここにあらず、といった様子でしたもの」

 俺は照れ笑いを浮かべ、

「やっぱり分かりますか?」 

 ラクリスも笑い、

「ハッキリと分かります。それで、あたしに何かお話があるのでしょうか?」

 俺はマゴつきながら、

 ポケットに手を突っ込み、

「ええ、実は、俺の友人からこんな物を渡されましてね。本人は路上で拾ったって言うんですけど」

 ラクリスが、

「何なのですか?」

 俺は魔法のように、

 聖なるサファイアを、 

 ラクリスに見せる。

 ラクリスがそれを覗き込んで驚きの表情を浮かべた。

「まさか! それは」

 俺は、

「そう、怪盗アルセーヌ・ルパンに盗まれた。という、聖なるサファイアです」

 燦然と輝くサファイアを放心のていで見入っていたラクリスがハッと我に返り、

「これを、どうなさるおつもりですか?」

 俺はニヤリと笑い、

「プレゼントしますよ。あなたに。聖なるサファイアは、あなたのような、美しい女性にこそ相応しい。これは、姿だけではなく、心も、という意味です」

 心を、特に強調して言った。

 ラクリスが恍惚とした表情でサファイアを見つめながら、俺の手を押し戻す。

「これは頂けません。持ち主に返してあげてください」

 俺は仰天して、

「本当にそれでいいんですか? こっそり持っていても誰も気づきませんよ。しばらく持って、あとで返す。という手もありますし」

 ラクリスが、

「まあ、アールさん。悪魔のようなささやきはお止めください。あたしに宝石は必要ありません。今ある物だけで充分幸せです」

 俺は快活に笑った。

 まともな女は、宝石の誘惑に勝てないものだが、このお嬢さんときたら!

「さすがラクリスだ。俺が惚れ込んだだけの事はある。いや、俺の想像以上だよ、君は。君に勝る女は三千世界を探しても一人といまい」

 ラクリスが驚いたように、

「あの、どういう事でしょうか?」

 俺はまっすぐラクリスを見つめる。

 アール子爵ではなく。

 アルセーヌ・ルパンとしてだ。

「まず、俺の正体を君に明かしておこう。俺はアルセーヌ・ルパン。アヴァロンを騒がす天下の大怪盗さ」

 ラクリスが目を白黒させる。

 俺はさらに、

「ラクリス。君に結婚を申し込む。

 俺は君のすべてが気に入った。

 泥棒稼業は引退する。

 なぜなら、君という宝石は世界中のどんな宝石よりも光輝く存在だからだ」

 ラクリスはフリーズしていた。

 驚きに失神寸前という調子だ。が、もしかして、俺は致命的なミスを犯したのかもしれない。

 つまり、ラクリスは、俺に興味がないんじゃないかって事だ。

 そんなバカな!

 天下のアルセーヌ・ルパンに興味がないなんて!

 あるはずがないよ!

 が、ラクリスは相変わらずフリーズしたままだった。

 オー、マイ、ガー!

 俺は自信を喪失し、続ける言葉が見つからなかった。

 ラクリスが、

「ビ、ビックリしました!」

 そうか、そりゃビックリするよな! 急に告白とかスッ飛ばして求婚したら、俺でも驚くわ。

「失礼しました。勝手に急にプロポーズなんかして、そりゃ驚くでしょうね。すいません。やっぱり、もっと二人の絆と関係を深めて、それから、ここぞというタイミングで」

 ラクリスが俺の言葉をさえぎり、

「い、いえ、そういう事ではなく、その」

 俺は焦った。

「何でしょうか? やっぱり泥棒って事でしょうか? 俺みたいに汚ちまっちゃいけないな! とか!」

 ラクリスがあたふたしながら、

「いえ、全然違います! その、あの、あ、あまりにも若いので、あたしと同じ、十六、七歳の男の子とは思いもしなかったので、驚いてしまったんです。

 アルセーヌ・ルパンといえば天下の大怪盗。だから、もっと年を取った、四十代ぐらいの方かと思っていたんです」

 俺は拍子抜けした。

「そ、それも、そうか。俺が初めて泥棒稼業に手を染めたのは、王妃の首飾り事件。

 あの時はまだ六歳の子供だったからな。

 以来、次々に盗んで、気がついたら早十年。

 世間がアルセーヌ・ルパンは四十代の年寄りだって考えても仕方がないな。それはともかく、

 俺のプロポーズの返答はどうなの?」

 俺が恐る恐る尋ねると、

「それは勿論、イエスです!」

 ラクリスの輝くような笑顔に救われた。







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