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☆30☆
スコーピオンを警察に引き渡したあと、一段落ついたので、俺はラクリスにペンダントの秘密を明かす事にした。
一階の大広間で俺はペンダントを手に、
「スコーピオン伯爵にも話した通り、ペンダントに光を当てると言うのは本当だ。実際にやってみよう」
俺は大広間に差し込む朝の光にペンダントを当て、フタの裏側にある鏡に反射させた。
「床に反射した光が写るが、よく見ると、ゴート文字が浮かび上がっている。これは魔鏡という仕掛けだ」
ラクリスが浮き上がった文字を不思議そうに眺め、
「魔鏡とはどんな物なのですか?」
俺は、
「魔鏡は鏡の原料である鉄に、あらかじめ文字を彫っておくと出来る現象だ」
ラクリスが不思議そうに、
「でも、この鏡はツルツルで傷一つありませんけど」
俺は、
「その通り。一度、彫ったあと、文字が見えなくなるまで研磨する。
つまり、よく磨くんだよ。
だが、このツルツルの鏡の内部には、文字を彫った時のダメージが残っていて、光を反射させると淡い影となって浮きあがる。
それが、魔鏡の正体だ」
ラクリスが感心し、
「まるで魔法みたいですね」
俺は、
「そう、古代人の魔法の知恵だ。さて、このゴート文字を読んでみよう。これによると、
シビュレーの予言の書は、
最も古いコートである。
この屋敷にある最も古いコートといえば」
ラクリスが、
「大広間に展示されているガラスケースの中ですわ」
ラクリスがメイドにガラスケースの鍵を持ってこさせる。
俺はガラスケースの鍵を開け、
古いコートを取り出した。
俺は、
「紙みたいにペラペラだと思ったら、羊皮紙で出来た、大判の四つ折り本を裁断して作ったコートなんだよ。そして、模様かと思った物はゴート文字で綴られた予言だな」
俺はラクリスにコートを渡しながら、
「文字が消えたり浮き上がったりするのは、予言が成就すると消え、新たな予言が浮き上がってくる。って事です」
ラクリスがしばらくコートを見つめてから暖炉に走ると、俺が止める間もなく、燃え盛る暖炉の火の中にシビュレーの予言の書を投げ入れた。
「えっ!?」
俺は間抜けな声を出し、数秒フリーズしたあと、慌てて暖炉に駆け寄りコートを取り出そうとするが、
ラクリスが割って入り、かなり強い力でそれを阻止する。
ラクリスが、
「こんな物はこうしたほうがいいんです! モリスンお祖父様が亡くなったのも、スコーピオン叔父様がおかしくなったのも、全部、これが原因なんです! こんな物は燃やしたほうがいいんです!」
涙ながらに訴えるラクリスに、俺は反論する気力が失せた。
「わかりましたよ、ラクリス。もう大丈夫です。もう、みんな燃えちまいましたよ。ここにあるのは、ただの燃えカスです」
ラクリスが放心のていで、
「あ、あの、すみませんアールさん。つい、取り乱してしまって、でも、許せなかったんです。
こんな物が人を狂わせてしまう事が。
あたしは許せなかったんです」
俺は肩を落とし、ポケットに手を突っこみ、
「もう、みんな済んだ事です。全ては終わったんです」
俺の落胆ぶりが伝わったのか、ラクリスが弁解でもするように、
「あの、あたし、思うんですけど、人は予言なんかに頼らないで、自分の力で生きていくべきだと思うんです。
未来は自分の力で切り開くべきだと、その」
俺は快活に笑い、
「いや、君の言う通りだよ、ラクリス。未来なんざ知らないほうが、人生はよっぽと面白いに違いない」
ラクリスがホッとしたように俺を見つめ、
「ありがとうございます、アールさん。あなたなら、きっと賛成してくださると思っていました」
ラクリスの純粋で真摯な言葉を聞きながらも、一欠片でもいいから予言書が残っていないかと、ついつい、暖炉の中を覗いてしまう。
さもしい自分がいる事は否めなかった。




