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   ☆21☆


 ラクリスが慌てて部屋のすみにある机の引き出しから薬を取り出し、

「お祖父様、お薬です。どうぞ!」

 俺はその手を押し止め、胸ポケットから紙に包んだ薬を出し、水差しの水をコップにそそぎ、薬をコップに入れて混ぜる。

「東方の咳止め薬の飛角散です」

 モリスンに飲ませると瞬く間に効果が現われた。

「た、助かったよ、アールくん。い、いつも飲んでいる、く、薬は、どうも、効き目が悪くてね」

 俺はラクリスが持っている薬を受け取り、

「ちょっと調べていいですか?」

 モリスンがゼイゼイ言いながら、

「構わんよ、君は医学の知識があろのかね?」

「薬については多少の知識がありますよ。とくに、毒薬に関してはね」

 薬を別のコップに移し、実験用の薬と混ぜ合わせ、よく振る。

 思った通り、薬の色が無色透明から、薄い赤色に変わる。

「おそらく、ヒ素ですね。無色無臭、大量に取ると数時間で死に至りますが、少量だと少しずつ毒が身体に蓄積して、やがて麻痺や言語障害が起きて、死因不明の死に至ります。この薬を調合したのは誰ですか?」

 ラクリスが、

「かかりつけのお医者様は、もう三十年近くも、うちに通ってきてくださってます。わたしも子供のころは見て頂きました」

 俺は首をひねり、

「その医師が薬を調合しているって事か」

 モリスンが、

「彼は信頼出来る男じゃよアールくん」

 俺は、

「ご心配なさらなくて結構ですよ、モリスンさん。俺はただ事実を確認しているだけですから」

 突然かん高い居丈高な声が部屋に響く。

 オッサンが俺を指差し、

「それが無礼だと言うのだ! 人様の家庭の事情も知らずに、毒がどうの、こうのと、厚かましいにも程がある!」

 俺は、

「誰だい? このオッサンは?」

 うっかり口を滑らせると、

 オッサンがタコのように顔を紅潮させ、それを押し止めるようにモリスンが割ってはいる、

「弟のスコーピオン伯爵じゃよ」

 俺は、

「にしては、あまり似てませんね」

 スコーピオンはラクリスやモリスンのように、ほっそりとした細身の身体ではなく、横幅があり、ラグビー選手のようにガッチリした体型だ。

 額が広く、酷薄そうな薄いブルーの瞳。

 エラが張り、尊大なへの字口。

 猪鼻の下にはチョビ髭を生やしているが、これだけは似合っていた。悪い意味で。

 モリスンが言い訳めいた口調で、

「異母兄弟でな。しかも、だいぶ、年も離れておるから」

 スコーピオンが、

「めかけの子供だと、ハッキリおっしゃったらどうですか? 義兄さん。一族のなかで、やっかい者だと」

 モリスンが眉をひそめ、

「ワシはそんな事は一度も考えた事など」

 スコーピオンがたたみかける。

「私は認知されない妾の子ですからね。両親が亡くなった時も財産は一エンももらってませんよ」

 モリスンが、

「だから、ワシはお前に爵位を譲ったではないか。今まで通り、この屋敷で暮らす事も、それに必要なだけの受給金も与えているつもりじゃ」

 スコーピオンが鼻で笑う。

「イルブラン家の全財産と比べたら雀の涙ですよ」

 ラクリスの胸元のペンダントを指差し、

「それに、ペンダントはどうです。イルブラン家の象徴。当主の証。なぜ、それをラクリスが持っているのですか?」

 俺はすかさず、

「イルブラン家、繁栄の鍵を握るのが、そのペンダントだからさ。

 そして、そいつは同時にアヴァロン帝国繁栄の秘密の鍵も握っている。

 妾の子が持つには、ちょっとばかり荷が重すぎやしないか? 

 こいつはラクリスにこそ相応しい」

 アヴァロン帝国繁栄の秘密と聞いてスコーピオンが一瞬狼狽する。

 モリスンが、

「そのようなお伽話はまったく関係はない。

 そのペンダントは直系の子孫に送られるものじゃ。

 両親のむすこのワシ、その子供のラクリスの両親、二人が亡くなれば、当然、直系の孫であるラクリスが受け継ぐのは当然の事ではないか」

 俺は、

「だとさ、伯爵どの」

 茶化すとスコーピオンが憎々しげに俺を睨みつけ、

「フンッ! まあ、いいでしょう。今はそういう事にしておきましょう。だが、私にも、まったくその権利が無いとは言い切れませんぞ。

 なにしろ、この私にも、まごうことなきイルブラン家の血筋が脈々と流れておるのですからな!」

 そう言い残し、鼻息荒く部屋を出て行った。



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