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   ☆20☆


 ラクリスの祖父。

 モリスン・イルブランの住まいは広壮にして手入れの行き届いた、モリスンの人柄を忍ばせる立派な屋敷だった。

「お祖父様は半年ばかり前から体調が悪くて、ずっと寝たきりなんです」

 ラクリスが心配そうに言う。

「アールさんにお会い出来たらいいんですけど」

 いつの間にかラクリスとは打ち解けていた。呼び方も子爵が抜けている。

 テラスをあがり、どっしりした重厚なオーク材の扉を開けて大広間に入る。

 すると、ムッとするような革製品の匂いが溢れかえり、気が遠くなりそうになる。

 山のように積まれた革製品の数々は、すべて高級ブランド、イルブラン社製の物だ。

 時代がかった古いデザインの物から、流行の最先端まで、まるで、

「博物館のようでしょう。この大広間はイルブラン社の歴史そのものなんです」

 思っていた事をラクリスに先に言われてしまった。

 他に何かないかな、と目をこらすと、

「あれは何だい? ずいぶんと古臭い皮のガウンなのに、大型のガラスケースに厳重にしまわれているね」

 たぶん羊の皮だろう。

 薄っぺらい上に、妙な模様がついている。

 でかいガラスケースの奥、かなり離れた場所に陳列されている。

 そのため、肝心のガウンはよく見えない。

 ギリギリまで近づいて目を凝らすと、かろうじて妙な模様が文字であることがわかる。

 恐らくゴート文字だ。が、とにかく離れすぎている上に、くせのある書体で、ごく小さな文字で書かれているから、さっぱり読めない。

「イルブラン社製の革製品の原点。歴史的な最古の革製品です。

 残念ながら、デザイナーが誰なのか? どれぐらい生産されたか? など、まったく分からないんです。本当に残念でなりません」

 ラクリスがマジに残念そうな顔をする。

 まあ、こんなペラいゴワゴワした着心地の悪そうな羊皮のガウンもどきが売れるはずもないだろう事は、ど素人ながらも分かるし、ともかく、俺にとっては、はっきり言って、全然関係がないから興味もないし、ラクリスには悪いけど、どうでもいい事だった。

 ラクリスが、

「はあ、本当に残念です」

 ため息をつきながら、本当に残念そうに呟いた。 

 大広間の奥、中央階段を登って二階にあがると、

 廊下を挟んで左右に三つ。

 合計六つの部屋が並んでいた。

 一番奥の右手の部屋が、

 モリスンの寝室だ。

 ラクリスがノックして部屋に入る。

「お祖父様、ラクリスです。お身体の調子はいかがですか?」

 ラクリスの問いかけに、半ば眠っていたかと思われた老人の瞳が開かれ、モリスンが穏やかな声で、

「ラクリス、ずいぶん早く帰ったね。今日も図書館に本を借りに行ったらのかと思ったよ」

 痩せこけた白髪白髭の老人だ。

 腹に響くバリトンは自然とモリスンの威厳を感じさせる。俺に目を移し、

「そちらの若者は」

 値踏みするように見定めたあと、

「ラクリスの恋人かね?」

「はあっ!? お、お祖父様! ち、父、違います! こ、このかたは、その」

「図書館で知り合いましてね。読書の傾向が似ていたので意気投合したんですよ」

 モリスンが俺を見据え、

「ほほう、たしかラクリスがよく読んでおったのは、アガサ、あ〜、クリスマス、だったかな?」

「クリスティですね」

「そう、それじゃ、代表作はたしか、そして誰も、誰も、おかしかった、じゃ」

「いなくなった、ですね」

「他にもたしか、シャーロット・ホームズの冒険」

「シャーロックですね」

「そうじゃ、それに有名なのは、

 美少女名探偵☆雪獅子氷菓じゃ」

「炎華ですね。それは誰も知らないと思いますが」

 モリスンがニヤリと不敵な笑みを浮かべ、

「アールくん。君はなかなか博識なようだね。まだまだ得体の知れない

ところはあるにしても」

 ラクリスが目尻をキッと吊り上げて、

「お祖父様、いくらなんでもアールさんに対して失礼な物言いではありませんか、まるで怪しい人みたいな言い草ですよ」

 モリスンが苦笑し、

「すまんすまん。なんにしろ、ラクリスに同年代の良い友達が出来て良気になって仕方ないのだ。なにしろ、ワシの面倒を見ると言って、学校にも行かないで、屋敷と図書館を往復するだけの毎日じゃからな、ゴボッ、ゴボッ」

 突然、モリスンが激しい咳に襲われる。


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