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閑散とした昼休みの職員室で、律華が得体の知れないトーストをパクつくタイミングで、俺は声をかけた。
「来ましたよ。律華先生。いったい、俺に何の用ですか?」
律華が鷹揚にうなづき、
「まあ、用ってほどでもないんだけどな」
そう言ってトーストと俺を見比べながら、トーストを皿に置く。
「単刀直入に言って、お前は誰だ? 何者だ?」
俺はドキリ、としながらも、顔には出さないように、
「有世竜破ですが」
律華がフンと鼻で笑い、
「怪しいな。私の知っている竜破は、自分の事を『俺』とか言わないし、アニメやゲームの話が出てこないのも、なんだかおかしいな」
俺は反論する。
「頭を打ったせいで、昔の記憶が出て来てるんですよ。子供のころは自分の事を『俺』って呼んでましたからね。それと、退院したばかりだから、最新のアニメやゲームの話は出来ないでしょう」
律華が俺を見据え、
「正論だな。だが、女に正論は通じないんだよ」
根性が曲がってんのか?
「感情的に話すのは、教師としてどうかと思いますが」
律華がニヤリと笑い、
「それはともかく、お前は今、どんなアニメを見ているんだ?」
え? 思わぬ質問に、
「だから、病院にいたんですよ。アニメなんか見ませんよ」
律華が疑惑の目を向け、
「スマホで見れるだろう。ゲームだって出来るはずだ。今はどんなゲームをしている? 言ってみろ」
俺は口籠る。
「そ、それは」
想像以上に手強い女だ。
律華が、
「ちなみに、私のオススメは、
ハメツのテイコクだな。
お薦めポイントは、
一話目で姉が首チョンパされ、
二話目で妹が首チョンパされ、
三話目で弟が首チョンパされるという、予想の斜め上をいく、まったく展開の読めない面白いアニメだ」
「残酷すぎて、とても見る気になりませんね」
律華がニヤニヤしながら、
「あと、今オススメのスマホゲームは、
ジャドーバーサスだ。流行のトレーディング・カード・ゲームだ。
驚く事に、
大会で優勝すると賞金一億円がもらえるんだよ。賞金目当てで、私もダメ元で挑戦してるんだが、これがなかなか難しい。
今の私のランクは、
エー・ゼロ・ランクだが、そのランクになるまで一年かかった。
エーランクの上には、
2エーランク。
その上には、
3エーランク。
さらに、その上にエスランクがあるから、結構大変なゲームだぞ。
初心者キラーとも言われていてな、初心者がスマホにジャドーバーサスをインストールしたあと、最初にする事は何だと思う?」
「さあ? チュートリアルをプレイする事とか?」
律華が大袈裟に首を振り、
「いや、アンインストールだ。
それだけ難しいゲームって事だな。それはともかく、アニメも見ない、ゲームもしないとなると、ますます怪しいな。しかし、私は寛大な先生なんだ。
お前がジャドーバーサスに登録して、新規入会特典のレアカード無料キャンペーンで、
萌え萌えルナちゃんカードをゲットし、私の雑魚カードと、そのカードを交換してくれたら、お前の疑いを解いて、綺麗さっぱり忘れてやろう。どうだ、いい話じゃないか? 竜破?」
俺は一応歯向かった。
「何で俺が萌え萌えルナちゃんカードをゲットしなきゃならないんですか? 意味が分かりません」
律華が話題を急に変え、
「そうかそうか。ところで竜破、お前は異世界転生物のアニメは好きか?」
だから、アニメは見てないっつーの。
「内容によりけりですが、最近は食傷気味ですね」
律華が急に詳しく話し出す。
「突然、死んだ奴が別の世界で生まれ変わる。
赤ん坊に生まれ変わったり、身体の弱い異世界の人間に乗り移ったり。まあ色々だが、一貫しているのは、転生した奴は転生前の記憶を持っている事だ。
見た目は以前通りだが、性格や生活習慣、好物や趣味は様変わりする。そりゃそうだ。なにしろ、中身は異世界から来た別人なんだからな。ところで、これって、誰かに当てはまると思わないか? なあ、竜破?」
俺はヒヤリとする。
「俺が転生した別人って事ですか? はは、アニメじゃあるまいし、呆れて物が言えませんね」
律華が鋭く切り返す。
「とぼけるのもいいが、性格診断や筆跡鑑定、ウソ発見器にかかったら、お前も、どこまで誤魔化しきれるかな?」
俺の事を疑わしげに見つめる律華。俺は、
「さあ、どうでしょうかね?」
俺の曖昧な返事に律華が、
「竜破、私もあとには引けないんだ。すでにジャドーバーサスに、毎月十万円課金して、合計百万円を超えている。
優勝しなければ大損害が出てしまうんだ。だが、萌え萌えルナちゃんカードさえあれば、私のデッキは完璧になるんだ。
萌え萌えルナちゃんカードの交換で片がつくなら、安いものだとは思わないか? 竜破?」
律華がキラリと瞳を光らせた。