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☆18☆
俺は、
「いかがでしたか? アール子爵のジェットコースターは?」
まさかアルセーヌ・ルパンとは言えないので、普段はアール子爵と名乗っている。
青ざめ、肩を震わせている少女が、大輪の花が咲くように口許をほころばせ、瞳を太陽のように明るく輝かせ、興奮冷めやらぬといった調子で、
「ジェットコースターというよりは、その、例えてみれば、急降下爆撃機で敵に突撃する。みたいな感じではないでしょうか? いえ、急降下爆撃機に乗った経験はありませんが」
アヴァロンでは、今から十年ほど前に飛行機が開発され、時代は爆撃機全盛期を迎えている。
まあ、少女が爆撃機のたとえを用いるのは、ちょっと奇異な印象を受けるけど。きっと、見た目と違って、ちょっと勇ましい少女なんだろう。
戦場で戦う兵士の中には女性兵士も増えているらしいからな。
それはともかく、改めて少女を見直し、胸元に少女に似つかわしくない、古風なペンダントをぶら下げている事に気づく。
さっき大型車両に乗っていた小男が少女の胸ぐらをつかもうとしていたが、俺の勘違いで、狙いはこのペンダントだったのかもしれない。
俺は、
「なにしろ、無事、着陸出来て良かったですよ。ところで、そのペンダント。随分と古い物のように見えますが、もしかして、あの悪党どもは、そいつを狙っていたって事はありませんか?」
少女がとっさにペンダントを抱きしめ、警戒感あらわな鋭い光を瞳から放つ。が、それも一瞬の事で、
少女が口調を改め、
「わたしを助けてくださったアール子爵を疑うなんて、どうかしてますよね」
少女がそうつぶやくと、ためらいがちに、だが、ペンダントを差出してくれた。
俺はそれを受け取って、しげしげと眺める。
くすんだ鈍い金色のペンダント。
相当年数を経た年代物だ。
ペンダントの中央にアヴァロン帝国王家の紋章が小さく刻まれている。
そのまわりに文字が刻まれている。
ゴート文字だ。
その内容は、
光とともに、
鏡に写りし、
最愛の娘に、
光あれ。
何の事かさっぱりわからん。
ペンダントのフタを開ける。
フタの裏は磨きあげられた鏡になっている。
ペンダントの内部には、セピア色にくすんだ古い写真が納まっていた。
5歳ぐらいの幼い少女を挟むように、若い男女が立っている写真だ。
少女がペンダントを覗き込みながら、
「父と母です。5年前にタイタニック号の沈没事故で亡くなりました」
俺は大いに嘆き、
「あれは悲しむべき大事故です。
タイタニック号の通信員が、仮眠など取らずに、他の大型旅客船から送られた、氷山に関する電信文を、すみやかに船長に渡しさえしていれば、あのような悲惨な大惨事、大事故は回避出来たかも知れないのに」
俺は全身を震わせて悔やしがる。
それを見て少女も感じ入ったのか、涙ぐんでいる。
少女が落ち着きを取り戻した頃を見計らって、俺は紋章を指差す。
「これは王家の紋章ですね。あなたは王族の者ですか? それとも、
その関係者か何かですか?」
少女が首を振り、
「わたしの先祖の女性は王家の娘
だったのですが、王族間の政略結婚を嫌って、民間へ嫁いだのです。そのさい、このペンダントを国王から授けられた、と聞いています」
俺は納得した。
「なるほど、降嫁したってわけですね。そのさい、嫁入り道具として国王から渡されたと。おっと、そういえば、失礼ながら、あなたの名前をまだ、うかがっていませんでしたね。よかったら教えてくれませんか?」
少女がすっと背筋を伸ばす。
川から吹き寄せる風が少女のドレスと豊かな髪をなびかせた。
「わたしは、ラクリス。
ラクリス・ド・イルブランと申します」
俺はちょっと考え、一瞬で思い出す。
「イルブランっていや、例の、高級革製品ブランドの、イルブラン社のことかい? たしか、イルブラン一族が代々経営しているという」
ラクリスがうなずき、
「ええ、そうです。今は引退して名誉会長になっている、
モリスン・イルブランお祖父様が、わたしのお祖父様になります」
俺は驚きを隠さず、
「ははあ、するってえと、お嬢さんは生まれつきの、生粋のお嬢様ってわけだ」
ラクリスがちょっと顔を赤らめ、俺は彼女にペンダントを返す。
「奇跡のイルブラン社。世間ではよくそう言いますよね」
俺がそう言うと、まだ顔に赤みの残るラクリスが、
「たまたま運が良かっただけではないでしょうか」
と、暗に否定する。
ラクリスはなにげなくそう言ったつもりだろうが。
イルブラン社は過去、三百年の間に、アヴァロンを襲った災厄のほとんどを奇跡的に回避している。
大地震、大火、大嵐は言うに及ばず、魔族の大規模な侵攻から、国家間の争いまで、つい最近だと第一次アヴァロン大戦がそれにあたる。
イルブラン社はまるで世界大戦を予期していたかのように、それまでのブランド志向をかなぐり捨て、いち早く耐久性の高い兵士用の革ジャンやコート、革靴、背嚢などを開発した。しかも、それらは戦場で戦う兵士たちの間で、すこぶる高い評価を得ていた。
災い転じて福となす。
一度や二度なら奇跡ですむが、三百年の間、何度も何度もそれが続くと少々不気味だ。
神がかっているにも程がある。
「そのペンダントは、もしかしたら、イルブラン社三百年の奇跡の謎を解く、重要な鍵かもしれないな、ラクリス。こいつぁ面白くなってきやがったぜ!」
俺は腹の底から笑ってやった。