17
☆17☆
アヴァロン帝国。
千年前、
いずこからとも知れない地から降り立った、
初代アヴァロン大帝により建国された大陸最大の帝国。
南に海があって、その先に暗黒大陸モルグーンとモルグ市。
帝国から東に行くと、広大無辺な中央大陸が広がっている。
中央大陸は北と南に、巨大な王国があり、
北はローレシアン聖王国。
南はガンダーラ王国。
さらに東へ行くと、
大華帝国という東方不敗神話を誇る、超巨大な化け物じみた国がある。
そこから、さらに先に行くと、ひたすら海が広がる。
いわゆる世界の果て、と呼ばれる大海原が広がり、その先は底無しの巨大な滝と化し、底無しの暗黒、奈落へ繋がっている。
と、アヴァロン帝国国教会では不変の神話として、つい最近まで誰もが信じてきた。が、
マルコ・ポーラ嬢の大航海日記、東方見聞録によって、神話は完全に引っくり返された。
海の先にはジパングという黄金の王国があり、その先にも小さな島が連なり、謎の大陸、ムーがあるという。
俺が行った事があるのはジパングまでだが、サクラ姉ちゃんは今も元気かな? その時、俺はほんのハナタレ小僧のガキだったけど、サクラ姉ちゃんの事だから、今でも人型蒸気戦車・桜花に乗って、魔物を狩りまくっているのだろう。
俺はそんな過去を懐かしく回想しながら、聖なるサファイアを眩しい太陽の光にかざす。
キラキラと輝くその光はまるで第二の太陽のようだ。
車に揺られながら俺はそう思う。
車といっても屋根も壁もない。
大きな椅子にエンジンとタイヤを取り付けただけの、いたってシンプルな一人乗りの超小型車だ。
無論、天下のアルセーヌ・ルパンとはいえ、こんな凝った物は作れっこない。
こいつを作ったのは南方の、海を越えて行った先にある、アヴァロン最南端の辺境、モルグ市に住む、フラン博士という、ちょっとした天才少女だ。
フルネームは、
フランシーヌ・シュタイン。
だったかな?
俺がそんな事を考えていると、歩道を歩いていた少女と目が合う。
というか、アヴァロンではまだ珍しい自動車を見ていたのかもしれない。ところが、その少女が横道から突進してきた大型車両に突然、道を阻まれ、車から飛び出してきた大男が少女の腕をつかみ、ひねり上げた。
無論、天下のアルセーヌ・ルパンは車を歩道に乗り上げて大男に正面衝突した。
その時の大男の表情を的確に表現するなら、目玉の飛び出たヒキガエル、といった所だろうか?
大男は三メートルほどぶっ飛んで気絶した。
続いて小男が運転席から飛び出し、汚い言葉をわめき散らしながら少女の胸ぐらをつかもうとしたので、俺は気合いもろとも掌ていを小男に叩き込んだ。
寸勁〈すんけい〉と言われる、密着した常態で手のひらを敵に当てて吹き飛ばす、サクラ姉ちゃんから習ったバリツという武術の技の一つだ。
小男も大男と仲良く並んで気絶する。が、すぐに大男が目をさまし、小男を起こしにかかる。
俺は少女に笑みを浮かべながら、空いた座席を人差し指で示す。
「一人乗りですが、詰めれば充分、お嬢さん一人ぐらいは座れますよ」
少女が戸惑ったように俺と悪漢二人を見比べていたが、意を決したように、
「お願いします!」
少女が車に飛び乗ると同時に急発進。
悲鳴のようなタイヤの軋みと吠えるようなエンジン音を残し、その場を去る。
悪漢二人も慌てて大型車に乗り込み追っかけてくる。
窓から体を乗り出した大男がバンバン銃を撃ってくる。
窓やミラーがガラスの破片と化して飛び散る中、
俺は、
「舌を噛まないよう、歯を食い縛ってください」
少女にそう告げ、ハンドルを切る。
小型車は激しく揺れながら百貨店の玄関前にある階段を駆け上がる。
そのまま店に突っ込んで行く。
あちこちで悲鳴が上がる中、右へ左へ、鋭くハンドルをさばきながら、俺は冷や汗をかきつつ、客と商品の間をすり抜けバックヤードを爆走した。
さすがにここまでは追ってこないだろう。と、たかをくくっていたら、バックヤードに通じる別の入口から大型車が突っ込んできた。
ボディがあちこち傷だらけになっているから、相当、無茶な運転をしたのだろう。
俺は搬入口から裏通りに飛び出す。
河に面した通りを防波堤沿いに車を爆走させる。
帝都アヴァロンを流れる蛇のようにクネクネ曲がりくねっている大河だ。
水面を大きく揺らしながら大型貨物船がゆったりと河港へ向かっている。その先には帝都名物、跳ね上げ式で有名なアヴァロン大橋が待ち構えている。
俺は大型貨物船を抜き去り、
アヴァロン大橋へと向かう。
「つかぬことをうかがいますがね、お嬢さん」
少女が俺を見上げ、
「は、はい、な、なん、でしょうか」
カナリヤのように澄んだ、心奪われるような美声だ。
背後から傷だらけの大型車が、
バンバン銃を撃ちまくり、
迫っかけてくる。
かなり危機的状況にもかかわらず、落ち着いた返事を返してきたので、俺はちょっと意外に感じつつも、
「ジェットコースターは好きですか?」
と、問いかける。
この状況下で何を言ってるのか? といった、戸惑ったような表情を浮かべ、
「ええ、遊園地では、三番目に好きです。が、それが何か?」
「そいつは結構!」
俺はニトロのレバーを引く。
エンジンが凶悪な咆哮をあげ、真っ黒い排気ガスを吹き上げ、一気に加速する。
フラン博士が気まぐれで取り付けた特殊燃料だ。
爆発するから使うな、と言われていたが、まあ、仕方がない。
急に加速した俺の小型車に驚きながらも、大型車が馬力にものを言わせて追い付こうとする。が、しょせんはウサギとカメ。
瞬く間にその差は広がる一方だ。やがて、そびえ立つアヴァロン大橋が、目の前に壁のように立ちはだかる。
大型貨物船を通すため跳ね橋が上がっているのだ。
俺はそのまま小型車を突っ込ませ、急勾配の跳ね橋を一気に駆け上がる。
一瞬、重力が消失する。
数十メートル下を大型貨物船がゆったりと通り過ぎている。
小型車は跳ね橋を飛びこえ、向かい側に着地する。
ブレーキをかけるが、ほとんど役に立たない。
小型車は橋に叩きつけられて大破した。
幸いにも、座席がクッションになって、俺も少女もケガ一つない。
スクラップになった車から少女をエスコートし、路上に降り立たせる。
直後、激しい水飛沫と水音があがった。
大型車が跳ね橋を飛び越えようとして失敗したようだ。