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   ☆16☆


 アヴァロン帝国銀行は、帝都のちょうど真ん中あたりにそびえ立っている、巨大な銀行です。

 ライトアップされたビルの周囲は、物々しい屈強な警察官のかた達が、 十重、二十重に並んで、警戒厳重な警備体勢がしかれています。

 降りしきる雨の中、わたくしとガニマール警部は馬車から路上へ降り立ち、帝銀へ入りました。

 帝銀内は広壮、重厚なゴチック建築で、三階まで見晴らしの良い吹き抜けになっています。

 磨きあげられピカピカ光る大理石で出来たカウンターの向こう側は、営業していたなら、数百人の行員が忙しく立ち働くと思われる、広々としたオフィスが見渡せます。

 その一番奥に、黒光りする巨大な大金庫があります。

 金庫というより巨大な鋼鉄の部屋の入口、といった印象を受けます。

 五人の男性が金庫を囲むように立っていました。

 初老の背中の曲がった男性がうやうやしく腰をかがめ、

「これはこれは、ルパン捜査では右に出る者のないガニマール警部ではありませんか。それと、そちらのすこぶる別嬪なお嬢さんを、こんな場所にお連れしたのは、いったいどういったわけですかな?」

 ガニマール警部が、

「彼女はシャーロット・ホームズと申しますぞ、カジモト副頭取どの」

 カジモト副頭取が喉の奥で愉快そうにクックッと笑い、

「頭取が亡くなったので、まもなくワシが頭取となりますがね。うっふっふ。それはともかく、ホームズというと、あの世界一有名な名探偵といわれる、あのホームズ氏の事ですかな?」

 わたくしは、はしたないと思いながらも、殿方の会話に割って入りました。

「その通りですわ。そして、わたくしは、シャーロック・ホームズ叔父様の姪で、シャーロット・ホームズと申します。カジモト副! 頭取さま」

 カジモト副頭取が目を丸くして、

「ほほお、随分と元気なお嬢さんですな。まさか、とは思いますが、あなたがシャーロック・ホームズ氏に変わって、アルセーヌ・ルパンを逮捕するつもりではないでしょうな?」 

 わたくしは大変に恐縮して、

「まあ、それはどうあっても、ご無理なご注文ですわ、カジモト副! 頭取。なにしろルパンは神出鬼没の大怪盗です。わたくしのような、か弱い婦女子では、捕まえられるはずがありません。わたくしの目的は、聖なるサファイアを狙う悪党から、サファイアをお守りする事だけですわ」

 すると、オフィスの机に寄りかかっていたシルクハットにマントを羽織る、片眼鏡を光らせる壮年の男性がわたくしにツカツカと近づき、

「まったくシャーロット嬢のおっしゃる通りですよ。我々は王妃の聖なるサファイアを、ルパンから死守する事が、なによりの優先事項ではありませんか。ああ! これは申し遅れました。私はアケチノ・ゴドー。ゴドーとお呼びください」

 ガニマール警部が、

「ゴドー氏は男爵の爵位をお持ちの貴族で、帝銀の大株主でもありますぞ。他にもアヴァロン帝国の主要な企業の有力な出資者なのですぞ」

 ゴドー男爵が謙遜するように、

「なに、時代遅れの貧乏貴族ですよ」

 わたくしは、

「まあご謙遜を、こんな物凄い、お金持ちに会ったのは、わたくし生まれて初めてですわ。お会い出来て光栄ですわ、ゴドー男爵」

 当たり障りのないお愛想を振り撒くと、ゴドー男爵のマントの影からニューと薄汚い手が伸びてきました。わたくしは思わずあとずさります。

 やがて、姿を現したのは、中肉中背の貧相な青年で、モジャモジャに伸ばした髪を、先程の手でワシャワシャと掻き、フケを飛ばしながら、わたくしに向かってヘラヘラと笑いながら近づいてきます。

「おいどんはキンダイジ・ゴンスケというばい。遥か遠い、東方にある島国、ジパングから、はるばると、アヴァロンまでやって来た私立探偵ばい。シャーロットちゃん、今後もヨロシク頼むばい」

 わたくしはドン引きしながら、

「まあ、わざわざそんな遠いジバングからいらっしゃったのですか? わたくし、ジバングという国に関しては、スィフトのガリバー旅行記でしか知りませんわ。それで、お召し物が擦り切れて乞食のようにボロボロになっているのですね」

 ギンダイジさんが悲しげに、

「いんや、おいどんは単に貧乏なだけばい。替えの服がないから、かれこれ一年は着ているばい。洗濯する間もないから大変ばい」

 この独特の臭いは、

「もしかして、お風呂にも入っていなさらないのではありませんか?」

 ギンダイジさんが瞳を輝かせ、

「さっすがシャーロック・ホームズさんの姪ばい。その通り、おいどんは一年ぐらい風呂に入っとらんばい。なかなか鋭い推理力ばい」

 ガニマール警部が、

「君、臭いでわかるよ、臭いで、いいかげん、シャーロット嬢から離れたまえ、ですぞ」

 キンダイジさんが肩を落として悲愴な顔をしながらスゴスゴと引き下がります。すると、

 バターン!

 と、玄関を激しく開いて、嵐とともに一人の少女がウェーブする金髪を風雨に踊らせながら颯爽と行内へ入ってきて、大金庫室の前まで歩いて来ます。

 バッタリ、わたくしと鉢合わせして、顔面蒼白、薔薇色に艶めくアーモンド型の唇をワナワナと震わせ、わたくしを指差します。

 わたくしもわたくしと同じ服装、帽子をかぶった美少女を指差し、

 しばらく鏡のパントマイムのように少女の驚きの様子を真似ました。

 堪らずに少女が叫びます。

「ななな、何でわたくしが、こ、ここにいるのでしょうか? 噂に聞く、ドッペルゲンガーという現象しょうか?」

 ガニマール警部が、

「シャーロット嬢が二人いるですと! こ、これはいったい!」

 カジモト副頭取が、

「め、面妖な! はっ! もしかして、もしかすると!」

 ゴドー男爵が悠然と、

「もしかするかも、しれませんな。つまり、どちらかが偽物。という事です」

 キンダイジさんが素っ頓狂な声をあげ、

「えええ~っ! すると、まさか、まさかばい!」

 わたくし、イコール、俺は、地である男の声に戻して、

「その、まさかさ」

 言いつつ、発光弾を床に投げつける。

 軽い爆音に続き、目の眩むような光に辺りが包まれる。

 俺はシャーロットの変装を解き、黒い皮のつなぎに目元をおおう仮面という、お馴染みの格好に変わる、

 俺は宣言する。

「アヴァロンの怪盗紳士、アルセーヌ・ルパンさ!」

 ガニマール警部が驚愕し、

「まさか! 頭取の屋敷にいた時から、ずっと貴様だったのか!」

 俺は聖なるサファイアーを取り出し、

「ガニマール、頭取の玄関でお前さんにブツかった時に、胸ポケットにあった聖なるサファイアはいただいたぜ」

「なにっ!」

 ガニマールが胸ポケットをまさぐる。取り出したサファイアは、カットは同じだが、原料は石炭の真っ赤な偽物だ。

「大金庫にあるサファイアは、よく出来ているが、偽物だと思ってな。本物を持っているお前さんから事前にすり替えておいたってわけだ。そのままとんずらしても良かったんだが。まさか本物のシャーロット嬢と鉢合わせする羽目に陥るとは思わなかったぜ」

 言い終わると同時に腕のリストバンドに仕込んだ超小型杭打ち銃を、吹き抜けの天井に向かって射出。

 強力なモーターで俺の体はグングン天井に昇って行く。

 ゴドー男爵が胸ポケットからカードを取り出して投げつける。

「小癪な盗っ人ばらが、逃がさん!」

 カードがワイヤーを切断、俺は天井付近で宙を舞うが、さらに杭打ち銃を撃ち、五階の廊下の手すりに着地する。

「なかなか、いい腕だなゴドー男爵、あばよ」

 俺はゴドー男爵に捨て台詞を残して、七階の上、屋根裏を目指す。

 屋根裏には釣り階段があり、それを下ろし、屋根へと上がる。

 ひどい嵐で暴風雨が吹き荒れるなか、尖った屋根のはしへと走る。

 屋根の両側は急角度な斜面で、滑って落ちたら命は無い。

 屋根のはしには、ブルーシートでおおわれた部分に、修理中と書かれた貼り紙がつけてある。

 無論、俺が前もって用意した偽の貼り紙だ。

 ブルーシートを取りのけると、バネ式の小型グライダーが設置してある。

 俺がそれに乗り込むと、ようやく警官隊が屋根に乗り出してくる。が、前にも言った通り、落ちたら命は無い。

 屋根裏からここまで、わずか十メートルほどしかないが、赤ちゃんのようにハイハイ、四つん這いになって慎重に進む警官たち。が、その歩みはナメクジのように遅い。

 ガニマールが激昂し、

「どけどけ! ワシか行く! お前らはすっ込んどれ!」

 ガニマールが恐る恐る近づいて来る。

「逃がさんぞルパン!」

 俺は感心しながら、

「勇気は認めるがね、ガニマールくん。君と俺とじゃ、天と地ほど、才能に開きがあるんだよ。こればっかりは、努力でどうなるものでもない」

 ガニマールが齒ぎしりし、

「抜かせ! 悪党が!」 

 ガニマールが銃を取り出す。

 俺は一瞬速く杭打ち銃を撃つ、ワイヤーは付けていない。

 ガニマールの銃に杭が当たり、天高く弾かれる。その刹那、

 凄まじい雷鳴と閃光が宙に舞った銃に落ちる。

 俺は、

「あと数秒遅れていたら、あんたに落ちてたぜ、ガニマールくん。俺は命の恩人ってわけだ。それじゃ、あばよ」

 レバーを引くとバネが外れ、弾かれたようにグライダーが空を舞う。

 あっと言う間に俺は空の人となった。

 警官隊の拳銃が一斉に火を吹くが、もう遅い。

 暴風雨の中、雨に煙る帝都上空を地上のガス灯に照らされながら、俺は悠々と飛び去った。


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