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☆15☆
ドロシーさんは初め戸惑ったような表情を浮かべましたが、取り繕うように口許の端にだけ笑みを形作りました。
「驚いたわね。まさか、あなたのような、お嬢さんに、それだけの推理が出来るとは、本当に驚きましたよ。シャーロック・ホームズさんが推薦するわけね」
ガニマール警部が、
「それは、自分が犯人である事を認めた、という事ですかな?」
ドロシーさんが、
「その通りです。そのお嬢さんの、シャーロット嬢のおっしゃった通りですよ、ガニマール警部」
セイヤーズさんが、
「母さん! いったい何でこんな事をしでかしたんだ!?」
するとドロシーさんがわたくしを指差し、
「ウィムジーはあなたと結婚するつもりだったのよ、シャーロット」
わたくしは飛び上がらんばかりに、
「えええっ!?」
素っ頓狂な声をあげました。
セイヤーズさんも面食らったように、
「ど、どういう事なんだい、母さん」
ドロシーさんが指を下ろすと、憑き物が落ちたような眼差しで、
「ウィムジーは昔から探偵小説が好きで、シャーロットお嬢さんを一目見て恋に落ちてしまったんですよ。
そして、ウィムジーは私に離婚届を突き付けたのよ。
自分のサインを著名したものをね。
私は少し考えさせてください。
と断って一度部屋を出て、またウィムジーの部屋に戻ってから、お嬢さんの言った通りの事をしたのよ」
セイヤーズさんは唖然とした表情で、
「そんな、父さんとシャーロット嬢じゃ、親子ほども年が離れてるじゃないか」
ピーター卿が、
「まあ、昔っから恋は盲目っていうからな。この場合は、老いらくの恋か。
兄貴は直情型の性格だったからな。こうと思うと、もう、周りが見えなくなっちまうんだよ」
わたくしはヨロヨロとよろめき、
「そんな、わたくしのために、そんな、悲劇が起きるなんて」
ガニマール警部が、
「済んだ事は仕方がないのですぞ、シャーロットくん。それではドロシーさん。小生の部下と、ご同行いただけますかな」
屈強な警察官がドロシーさんのそばに立ちます。
ドロシーさんが弱々しく、
「ええ、ご随意に。ガニマール警部、私は死刑になるんでしょうか?」
ガニマール警部が悲しげに、
「アヴァロン帝国憲法においては、残念ながら、殺人は死刑と決まっていますぞ」
すると不思議な事に、ドロシーさんがうっすらと微笑を浮かべ、
「私にとっては残念でも何でもありませんわ。これで私は、ウィムジーのもとへ行けるのですからね。むしろ感謝していますとも」
そう言い残すと、屈強な警察官に付き添われて部屋を、そして屋敷を出て行きました。
ピーター卿が、
「セイヤーズ、すぐ弁護士に連絡するんだ。それも、とびっきり優秀な奴をな。
アヴァロン帝国憲法なんざクソ食らえだ。
義姉を死刑になんかしてたまるか。
悪いのは兄貴なんだからな」
セイヤーズさんがフラフラしながら、
「わかりました。すぐ電話します」
言うなり部屋を出ました。
ガニマール警部が、
「シャーロットくん。小生から君にじきじきに頼みたい事があるのだがな」
わたくしは戸惑いながら、
「え? 何でしょうか?」
「君にアルセーヌ・ルパンの逮捕を協力してもらいたいのだ」
わたくしは全力で、
「無理っ! 無理無理! そんな事は絶対に無理ですわ、ガニマール警部」
「何が無理なものかね。君なら間違いなくアルセーヌ・ルパンとも立派に渡り合えますぞ。
なにしろ君は、シャーロック・ホームズのお墨付きなのですからな」
わたくしは必死に、
「とにかく、無理な物は無理ですわ。雇い主もお亡くなりになりましたし。わたくしはこれでおいとまします」
わたくしが荷物をまとめて屋敷を退散しようとすると、ガニマール警部が仁王立ちして立ち塞がり、
「こういった方法は使いたくないのですが、背に腹は変えられないのですぞ、シャーロット・ホームズくん。
君にはアヴァロン帝国憲法のもと、正式に召集令状を発行しましたぞ。
今日中に書状が届くので、すみやかにアヴァロン帝国銀行までご同行を願うのですぞ」
わたくしはガニマール警部の強引さに辟易しながらも、従わざるを得ませんでした。
この書状はたとえ貴族であろうと王族であろうと、従わなければならない拘束力があるからです。




