11
☆11☆
二階にあるウィムジー卿の部屋の扉の前で、わたくしたちは立ち往生する事になりす。
ピーター卿が酒焼けした顔をさらに赤らめ、
ドアノブをガチャガチャと鳴らします。
「何だこりゃ? 開かないぞ! 中から鍵が掛かっている!」
セイヤーズさんが、
「僕が変わりましょう、ちょっと調べてみますから」
ピーター卿が扉の前をどいて、入れ替わりにセイヤーズさんが、かがみこんで扉とノブを調べ始めます。
「う~ん、鍵穴に鍵は掛かってないですね。ただし、この部屋にはスライド式のロックがあるので、たぶんそれで鍵が掛かっているようです」
ドロシーさんが、
「まあ、それじゃ、いったいどうしたら中に入れるのかしら?」
ピーター卿が、
「決まってるじゃねえか! この程度の扉、体当たりしてブッ壊すまでさ!」
言いながらピーター卿が扉にタックルをします。何度か繰り返すと、扉はついに外れました。
部屋に入るとウィムジー卿が頭を撃たれて死んでいました。
「あなたっ!」
ドロシーさんが悲鳴をあげながら駆け寄ろうとするのを、ピーター卿が押し止めます。
「義姉さん! 現場を荒らしちゃなんねえ! セイヤーズ! 警察に、ガニマール警部に連絡してこい! すぐだ! 急げよ!」
セイヤーズさんが慌てふためき、
「わ、わかりました、伯父さん。す、すぐに行ってきます!」
顔面蒼白、秀でた額から脂汗を滲ませながら、足元をフラつかせながらも、一階の電話機に向かって駆け足ですっ飛んて行きます。
わたくしは部屋に入って室内の様子を観察しました。
七メートル四方の書斎の正面に机があり、机の上に顔を押し付けるようにウィムジー卿が死んでいます。
額には銃で撃たれた傷があり、銃弾はウィムジー卿の頭を貫通し、背後の窓から飛び出したようで、ガラスには蜘蛛の巣状の亀裂が走っています。恐らく即死でしょう。
背後の窓の鍵はしっかり掛かっていました。
他に出入口は無いようです。
扉の蝶番に細工した形跡もありません。
つまりこれは、
密室殺人事件ですっ!
ピーター卿が額の汗を拭いながら、
「やけに暑いと思ったら、もうじき夏だってのに、暖炉を焚いていやがるぜ」
確かに暖炉の火が煌々と燃えています。
ピーター卿が机に置いてあった水差しを手にして、暖炉に水をかけて火を消しました。その後、閉めっぱなしの窓も開け放ちました。
初夏の爽やかな風が、血生臭い室内の淀んだ空気を吹き流します。
わたくしは火かき棒を手にして、暖炉の中をかき回しました。すると、赤黒い、小指の爪の先ほどの小さな紙片を見つけました。
どうやら燃え残っていたようです。それと、暖炉の中には微かに火薬の匂いがしました。
それから、暖炉の反対側、扉を入って左側の壁に目を転じます。
壁の両方の角に大きな花瓶があって、薔薇が活けてありました。
その間に書棚があります。
わたくしはそこに並んだ本を見て感嘆の吐息を漏らしました。
「ほえええ! シャーロック・ホームズ叔父様とワトスン博士の活躍を描いた、サー・アーサー・コナンドイル卿の、冒険、回想、帰還、事件簿。それに、モーリス・ルブラン卿のアルセーヌ・ルパンもの。ポーのモルグ街の殺人。チェスタトンのブラウン神父。フリーマンのソーン・ダイク博士。フットレルの思考機械。隅の老人にレディ・モリー。それに、ディクスン・カーの蝋人形館の殺人があるじゃないか、それに、こっ、これはっ! ジパングの探偵作家、江戸川乱歩の二十面相じゃんっ! 世っ界中あらあなっ!」
はっ!
わたくしの興奮しきったあられもない姿を、ピーター卿とドロシーさんが怪訝そうな目で見つめておりました。
「す、すみません! シャーロック叔父様の影響で、こういった探偵本に、わたくし目が無いものですから!」
わたくしはペコリと頭を下げました。すると、視線の先に何かフワフワした白い物が目に付きます。
瞳を凝らしてよく、それを見てみると、親指ほどの羽毛でした。
ちょうど部屋の角の、花瓶と書棚の間に落ちていました。
ドロシーさんが感心したように、
「若いお嬢さんのわりには読書家でいらっしゃいますね。半分は主人の蔵書。もう半分は私の蔵書ですのよ。主人とは、探偵小説を通じて知り合ったようなものですから」
ピーター卿が、
「そいつあ初耳だなあ。兄貴とドロシー義姉さんは、ただのお見合いで結婚したのかと思ったよ」
そうこうしているうちにセイヤーズさんが戻って言いました。
「一時間もすればガニマール警部が到着するそうです。現場は絶対にいじらないように、との事です」




