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第二話
〜聖なるたからもの〜
☆10☆
パンッ!
乾いた銃声に、ソファでうたた寝中のわたくしはビックリして跳ね起きました。
「いったい何事かしら?」
わたくしは音のした二階を見上げます。すると、
扉をノックする音とともに、若い男性が部屋に飛び込んで、わたくしに、
「シャーロット嬢! 今の音をお聞きになりましたか? きっと親父の部屋ですよ! 一緒に調べに行きましょう!」
血相を変えて訴える彼に、
「わかりましたわ、セイヤーズさん。すぐに参りましょう」
と、わたくしは快諾し、ソファから立ち上がって駆け出そうとしました。が、
視界が突然、床のアップに変わり、
「アニャアアアアアッ!」
ドテッ!
風刺漫画のような擬音と悲鳴を発して、わたくしは床にぶっ倒れました。
慌てて歩こうとしたら、スカートのすそを踏んづけてしまったのです。
「だっ! 大丈夫ですか? シャーロット嬢」
わたくしはセイヤーズさんを安心させようと、
「大丈夫ですわ。セイヤーズさん。いつもの事ですから、お気になさらないで下さい」
セイヤーズさんが駆け寄って、わたくしを助け起こそうとすると、ガタイのいい年配の男性が扉に寄り掛かるように現れ、
「お前ら~、いちゃついてる場合か~? 早く我が兄貴どのの様子を見に行こうぜ、もしかして、もしかすると、もしかするかもしれないぜ」
酒臭い息を吐きながらピーター卿がのたまいます。
セイヤーズさんがいずまいを正し、
「そ、そうですね、伯父さん。それではシャーロット嬢、二階の親父の部屋へ参りましょう」
するとピーター卿が酒焼けした赤ら顔をわたくしに近づけ、
「いよいよ名探偵シャーロック・ホームズの娘、ホームズ二世、女名探偵シャーロット・ホームズの出番か~? 期待してるぜ女名探偵シャーロットちゃん」
わたくしは呆れながら、
「まあピーター卿、まだ事件が起きたとは限りませんわ。それと、わたくしはシャーロック叔父様の兄、マイクロフト父様の娘で、だから姪になるのです。それはともかく、早く現場を確認しに行きましょう。もしも事件性があるなら、ガニマール警部をお呼びすると、よろしいかと存じますわ」
セイヤーズさんが、
「君の言う通りだよ、シャーロット嬢。何かあったら彼を呼ぶとしよう」
わたくしはセイヤーズさんの言葉にうなずきながら、昼間っから酒を飲んで酩酊状態のピーター卿の横をすり抜けようとしました。が、
突然、視界が床のアップに変わり、
「アニャアアアアアッ!」
ドテッ!
風刺漫画のような擬音と悲鳴をを発して、わたくしは床にぶっ倒れました。
慌てて歩こうとしたら、スカートのすそを踏んづけてしまったのです。
前にもこんな事がありましたね。きっとデジャブです。
「あらあら、若くて可愛らしいお嬢さんが、廊下で転んで壁に激突するなんて、さっきの銃声といい、今日は何て騒がしい日なのでしょうかね」
わたくしが顔を上げると廊下の向こう、広間の玄関でドロシーさんがわたくしを見下ろしています。
わたくしはほこりを払いながら立ち上がり、
「ドロシーさんもお聞きになりましたか? 先ほどの奇妙な銃声を」
ドロシーさんが、
「ええ、聞きましたとも、今日は日曜日で使用人もみんなお休みで、庭師もいないから、ゆっくりバラをいじっていましたのよ。バラの植え替えもしていたんです。そうしたら突然、屋敷の二階から銃声が聞こえてきて、慌てて戻って来たんですよ」
ドロシーさんが庭いじりの道具の入っている大きなバスケットを揺らしながらのたまいます。
その足元にフワフワと小さな羽が落ちてきました。
鳥小屋にでも寄ったのでしょうか?
ドロシーさんはこのお屋敷のご主人であるウィムジー卿の奥様です。
とても上品な初老のご夫人です。
ピーター卿が口を尖らせ、
「ドロシー義姉さん、緊急事態なんですから、さっさと二階に上がりましょうや」
ドロシーさんが鷹揚に、
「そうね、ピーター。私もウィムジーが心配になってきたわ」
わたくしたちは二階のウィムジー卿の部屋へと急ぎました。
一応、わたくしは玄関の扉の鍵が掛かっているかを確認しておきました。




