12章 王都にて 03
ラーニに頼んで樹上の蜘蛛の巣を切りまくってもらうと、自由を取り戻した『ガルーダモス』は大きく羽ばたき空へと舞い上がった。
しばらく俺たちの上を舞っていた『ガルーダモス』だったが、大きく旋回をすると一気に高度を上げて、山の稜線の向こうへと消えていった。
「なんか最後お礼をしてるみたいだったね」
「私もそう感じました。ソウシさまの思いが通じたのだと思います」
ラーニとフレイニルがそんなことを言うが、少なくとも解放されても襲い掛かってこなかったのだからやはり『ガルーダモス』はモンスターではなかったのだろう。俺は自分の判断が間違いではなかったようだと安心する。
ラーニが採取してきた鱗粉は木の葉に包んで、『クイーンキラースパイダー』の死骸とともに『アイテムボックス』にしまった。そのまま小休止を挟んで、俺たちはバルバドザの町へと戻った。
町へ着いたのは陽が落ち始める頃だった。ギルドで納品して依頼完了の手続きをしていると、ギルドマスターと思われる中年の女性がマリアネのところにやってきた。ギルマスは二言三言話をして手紙をマリアネに渡すと、俺たちをちらと見てそのまま去っていった。
マリアネは依頼完了の事務処理を終わらせ、さきほどの手紙を俺に手渡した。
「ロートレック伯爵がソウシさんをお呼びだそうです。都合がつき次第来るようにとのことです」
「なんだろう、まさかもう王家の呼び出しがかかったのか?」
手紙を開いて見てみると、王家よりの連絡があるため至急来られたしとのことが記されていた。
3週間は待つという話だったと思うのだが随分と早まったものだ。まさか王家が俺たちに特別注目するようななにかがあるのだろうか。今のところは多少昇格が早い程度の普通のパーティ……というのはさすがに無理があるが、それでも王家が急ぎ召喚するほどのものでもないと思うのだが。
宿で着替えると、俺は一人で伯爵邸へと向かった。城門で話をすると護衛のレイセイ嬢が迎えに来てくれ、そのまま執務室で伯爵と対面となった。
「まずはこちらを貴殿に渡そう。王家よりの召喚状だ。王都に入る時、そして王城に入る時にも必要になるのでなくさないようにな」
伯爵より高級そうな封書を手渡される。まさか本格的な蝋印が押されている手紙を自分が受け取ることになるとは思わなかった。
「ありがとうございます。ところで以前うかがったお話よりもかなり早い召喚になりますが、何か理由があるのでしょうか?」
「ワシは特になにも聞いておらんのう。手紙に書かれているのではないかな?」
「そうですね。ここで開けて確認してもよろしいでしょうか?」
「うむ、むしろその方がよかろう。貴族の手紙というのは往々にして分かりづらいものであるしの」
伯爵の許可が下りたので、その場で開封して手紙に目を通す。
まずは「可及的速やかに登城せよ」ということが期日を指定した上で書かれていた。確かに回りくどい文章ではあったがまあそれはいい。問題は最後に「なお、謁見の場にて報奨を与えると同時に貴パーティに長期に渡る重要な依頼をする可能性があるゆえ、心に留められたし」との文言が付け足されていることであった。まさか王家に依頼をされるなど想定外もいいところだ。いくら俺たちが秘密の多いパーティであるとはいっても、そこまでの実績の信頼もあるとは思えない。
「この『依頼』というのは何を頼まれるのでしょうか?」
「ワシにも分からんのう。ふむ……『長期に渡る重要な依頼』とは多少重い文言であるの」
「『可能性がある』ということですから、確定ではないと考えてもいいのでしょうか?」
「そうさの。恐らく実際に貴殿たちを見て、能力が足ると判断したら依頼するということであろうな」
「なるほど。それなら依頼されない可能性の方が高いでしょうから問題はなさそうです」
と俺が言うと、伯爵は吹き出すように笑った。
「いやいや逆じゃよ。貴殿の態度と実績ならば間違いなく依頼はされるであろう。専属職員付きで『ドラゴンスレイヤー』、『トワイライトスレイヤー』の称号持ちじゃぞ。しかも『彷徨する迷宮』の発見者となれば、その辺りのAランクパーティよりよほど実績も信頼も上じゃ」
「はあ……」
言われてみれば確かに肩書きは多い気がするな。
「しかも元公爵家のフレイニル嬢とハイエルフのスフェーニア嬢、王家としても無視できない人材を抱えておる。もう一人も狼獣人族の族長の娘であろう? 注目するなという方が無理があるのう」
「なるほど……ん?」
伯爵がフレイニルとスフェーニアのことを知っているのは当然ではあるだろう。ただ最後の「狼獣人族の族長の娘」っていうのは誰だ? いやまあ一人しかいないんだが……
「ラーニは族長の娘だったのですか?」
「なんじゃ、知らんかったのか? 冒険者になると言って家をすっ飛び出たまま行方知れずになったと族長が嘆いておったわ」
「えぇ……。伯爵様は狼獣人族の族長とはお知り合いなのですか?」
「狼獣人族の集落はワシの領地に接しておるからのう。その感じでは狼獣人族が獣人族でも最大の派閥というのも知らんのかの?」
「申し訳ありません、寡聞にして存じませんでした」
いやいや、王家の召喚、さらに王家からの依頼というだけでも胃がもたれそうなのに、その上さらに重い事実が判明してしまった気がする。
なぜ俺の回りにそんなヘビー級の肩書をもった女子が集まるのだろう……というのはさすがに白々しいか。現実から目を逸らしてもなにも産まないし、それならそれで対応をしていくしかない。とりあえずは実力をつけて実績を積み、コネを作ってパーティとしての地盤を固める、それしかないだろうな。
「では、すぐに王都へ向かうことになるのですね」
夕食の場で俺が王家からの召喚状が来たことを伝えると、フレイニルは少し不安そうな顔をした。訳ありの元公爵令嬢だけに王家に会うとなれば色々と考えることもあるだろう。
「さすがに呼ばれては行かないわけにもいかないからな。大丈夫、フレイは大切なメンバーだからパーティから外せと言われても断るさ」
「ソウシさま……。はい、ありがとうございます」
俺が言うとフレイニルは胸に手をあてて顔を赤らめた。ラーニがそれを見て「まったくソウシは」とつぶやく。
それを横目に見てかすかに笑ってから、スフェーニアが俺に目を向けた。
「それにしても最初のお話よりずいぶんと早まりましたが、なにか理由があるのでしょうか?」
「どうも俺たちになにか依頼をしたいことがあるらしい。たぶんそれが急ぎの依頼なんだろうと思う」
「依頼、ですか? 王家からの依頼となるとただごとではありませんね」
「ねえソウシ、私たちってもうそこまで有名になってるの?」
ラーニの疑問はもっともなのだが、しかしそれについては正直俺が知りたいくらいである。
「その辺りは分からないが、今回呼ばれるのはもともと『黄昏の眷族』を倒したからだからな。『ドラゴンスレイヤー』だという情報もいっているみたいだから合わせて評価されたのかもしれない」
「ああそうか。ソウシが平気な顔してるから忘れちゃうけど、結構スゴいことやってるんだよね私たち」
ラーニの言葉にスフェーニアが頷く。
「そうですね。思い返すと『ソールの導き』は普通の冒険者だと一生に一度経験するかどうかの出来事をいくつも乗り越えていますから。もしかしたら私たちの知らないところで評価がされているのかもしれませんね」
「あまり大きな声では言えませんが、『ソールの導き』は冒険者ギルドでももっとも注目されているパーティの一つです。王家が目をつけるのはむしろ自然といえます」
マリアネが無表情で結構な爆弾を投げ込んでくる。そういうのはもっと早めに言ってもらいたい……というわけにもいかないか。
微妙な空気が流れるなか、フレイニルが俺の手をつついた。
「ではソウシさま、出発は明後日ということでいいのですね?」
「ああ、王都までは冒険者の足でも1週間かかるようだ。明日しっかりと用意をしつつ休んで、それから出発しよう」
「そうですね。ソウシさまのことですからきっと途中でなにかをなさるでしょうし」
そう言ってうっとりした目を向けるフレイニル。一方でラーニとスフェーニアは目で笑っているのが分かる。
「いやそれは俺がしたくてしてるわけじゃないからな」
その弁解は決して嘘ではないのだが、空しく響くのも確かであった。