10章 黄昏の眷族 06
道中2日目の夜までは特に何事もなく過ぎた。
野宿はいつもの快適仕様で、マリアネもその点についてはかなり驚いていたようだ。
『グランドバイパー』の件などもそうだが、『アイテムボックス』に俺ほど色々と入れられる冒険者は稀らしい。収納量が体力や筋力に依存するスキルだから、条件を備えた冒険者となると確かに数は少ないかもしれない。
もちろんフレイニルの『結界』とスフェーニアの『属性魔法』の存在も大きく、
「これなら『ソールの導き』はどこでも宿のように過ごせますね。大規模ダンジョン攻略や長期の任務などでも非常に有利だと思います」
と太鼓判を押してもらった。最近まとまった収入があったので、寝具までいい物を揃えていることも評価されたらしい。
問題は3日目に起きた。
なだらかな丘に続く街道を歩いていると、その丘の上あたりで20人ほどの旅人が立ち止まっているのだ。馬車も3台見えるが、つながれた馬が怯えているのでどうもその丘の先になにかがあるらしい。
遠くから剣戟の音や唸り声らしきものが聞こえてくると、マリアネが俺の方を見て言った。
「どうやらあの丘の向こうで冒険者がモンスターと戦っているようですね。この付近で討伐依頼が出ていましたので、そのモンスターが街道に出てきたのかもしれません」
「その場合、近くを通りかかった冒険者は手助けをするべきなんでしょうか?」
「基本的には向こうが助けを要請してこない限り手を出さない方がいいでしょう。報酬の取り分などでトラブルになることもありますので」
「なるほど。どちらにしろあそこまでは行って見てみましょう」
小走りで丘の上まで行くと、その向こうはなだらかな下りになっていた。
その下り切ったあたりの場所で、確かに冒険者とモンスターが対峙している。冒険者は4人パーティで、遠目から見ると男1人女3人の組み合わせのようだ。
一方のモンスターは6本足の巨大トカゲだ。尻尾がずんぐりと短いのだが、それでも全長は15メートルほどありそうだ。全身が赤い鱗で覆われていて、いかにも火を吐きそうな雰囲気がある。
「やはり討伐依頼がでていた『サラマンダー』ですね。しかし情報よりかなり大型です。もしあのパーティが元の情報どおりのつもりで依頼を受けたのであれば少し危ないかもしれません」
マリアネが危惧した通り、どうも前衛の男女の剣と薙刀では十分なダメージが与えられてないように見える。後衛の魔導師が放つ氷柱の槍はCクラス相当ありそうなのだが、10発まとめて命中しても鱗が剥がれる程度だ。
冒険者パーティの動き自体はそれなりに連携が取れていて練度は低くないように見える。ただマリアネが言う通りモンスターが予想より格上だった感じではある。
見ているとサラマンダーの全身から炎が噴き出した。炎をまとった巨大トカゲがそのままパーティの方に突進していく。6本足だからか巨体の割にかなりのスピードだ。
どうなるかと見ていると、なんとパーティはこちらの方に向かって走って逃げ始めた。当然サラマンダーも追いかけてくるわけだが、こちらには一般人も多数いるのでいきなりパニック状態になる。
「えっ、あいつらバカなの?」
ラーニの言葉は相変わらず遠慮がないが、さすがにこれは同じ意見だ。
しかしこちらに一般人がいるのに気付いたのか、前衛の女冒険者が何かを叫び、その場に立ち止まってサラマンダーを迎え撃つ態勢を取った。だがさすがに無茶なのは一目瞭然だ。
「スフェーニア、魔法と弓で足止めを。フレイニルは回復の用意をしておいてくれ。ラーニは俺が討ち漏らしたら足止めを頼む」
「分かりました、『アイスジャベリン』」
「はいソウシさま」
「オッケー」
俺が駆け出すと同時に10本の氷柱がサラマンダーに突き刺さる。明らかにさっきの魔導師のものより強力で、サラマンダーがギャアと叫んで勢いを止める。
駆けていく途中で逃げてくる冒険者とすれ違う。3人とも少年少女に見える。彼らは逃げるのに必死で、俺が「こっちに来るな」と言っても聞こえていないようだった。
サラマンダーの方に目を向けると、ひとり残った女冒険者が薙刀で斬りかかっていくところだった。頭部に一撃与えたようだが、炎をまとった体当たりを受けて吹き飛ばされる。
倒れた女冒険者の方にサラマンダーが頭をめぐらす。食べる気まんまんのようだ。だがその頭部に矢が突き刺さり一瞬動きが止まる。その一瞬でようやく俺はサラマンダーの目の前に到達する。
こちらに燃える目を向ける巨大トカゲ。その眉間に俺は渾身の一撃を振り下ろした。




