10章 黄昏の眷族 05
出発の前日となり、夕方マリアネに声をかけると、いつもの別室に案内された。
「では依頼についてご説明します。依頼は護衛任務、護衛対象は私、マリアネです。目的地はバートラン冒険者ギルドですね」
バートランは俺たちが向かおうとしている町の名だ。
「それはつまり、マリアネさんがバートランのギルドに異動になるということですか?」
「ええそうです。異動するのはソウシさんたちが滞在する間だけですが。ちなみにソウシさんたち『ソールの導き』が再び別の町に移動するときには、再度同じ依頼をいたします」
んん? それはもしかして……。
「すみません、間違っていたら恥ずかしいのですが……今の話だと、マリアネさんは私たちの専属職員みたいな感じになるんでしょうか」
「はい、その通りです。『ソールの導き』の特異性を考えて申請をしたところ、冒険者ギルドのグランドマスターから許可が下りました。以後よろしくお願いいたします」
マリアネはいつもの無表情でしれっと言うが、これは相当に特別な扱いだというのはさすがに分かる。
「その、どうしてそのような扱いに……?」
「ソウシさんたちの今までの活動内容から特別に対応する必要があると判断しました。もちろん例外的な処置ですが、前例はいくつかありますので『ソールの導き』だけの対応というわけでもありません」
なるほど、つまり特殊なスキルを持ったパーティや特に能力が高いパーティに対しての特例と言うことか。
『ソールの導き』のレアモンスターに遭遇しやすいという特性は、ギルドとしても価値が大きいと判断したのだろう。その特性の元になるであろう『悪運』スキルを隠蔽するのにも有利な差配であるし、こちらとしても断る理由はない。
もっともこの扱いの裏にはフレイニルやスフェーニアの出自なども関係していそうだが……。
「分かりました。今後ともよろしくお願いいたします」
ということで、Cランクにしてまさかの専属職員付きパーティとなってしまった。これはこれで周りに知られたら目立つ案件ではあるのだが……そろそろその辺りは諦めた方がいいのかもしれないな。
翌朝ギルド前でマリアネと合流した俺たちは、徒歩で4日ほどかかるバートランの町へ向けて出発した。
別の貴族領に行くというのはそれなりに面倒があると思ったのだが、Cランク冒険者は基本的にその面倒からは完全に解放されるらしい。それだけCというランクは信用があるということだろう。
「マリアネさんが元冒険者だったなんて思いませんでした。ソウシさまはご存知だったのですか?」
街道を歩きながら、フレイニルが俺を見上げてそんなことを言ってきた。
そう、今日の朝知ったのだが、マリアネは元は冒険者だったらしい。
それを証するように、彼女は今、黒に近い紫色の、どこか忍び装束のような服に身を包んでいる。忍び装束といってもかなり体のラインが出るもので、普段の態度からは想像もできない体型……語弊を恐れず言えば極めて女性的な体型……をしていることが分かるものである。
腰にはショートソードを佩き、防具はラーニよりも軽量で動きの邪魔にならないものを身につけている。ゲーム的に言えば『斥候』、もしくは『暗殺者』みたいな格好に見える。
「いや、俺も知らなかった。冒険者かどうかは見分けがつくと自分では思ってたんだけどな」
「やっぱり……。私も他の人なら見分けがつくのですが、マリアネさんだけは分かりませんでした」
マリアネの顔を見るといつもの無表情だ。ただちょっと聞き耳を立ててる感じはある。
「マリアネさん、もしかして普段気配を殺してる感じ?」
そこに突っ込んでいくのは怖いものなしのラーニだ。マリアネは少しだけ眉を動かして答える。
「そうですね、そのようなスキルも持っていますので」
「あ、もしかして普段マリアネさんのところに誰もいかないっていうのはそういう理由もあったり?」
「それは私にはわかりません。普通にしていてもあまり話しかけられないので違うとは思いますが」
地雷原スレスレのことを平気で聞くのが怖い。俺としてはかなりハラハラしてしまうので、この際気になったことを聞くことにした。
「その、マリアネさんはどうしてギルドの職員になったのですか? というか、冒険者を離れて職員になれる条件みたいなものがあるのでしょうか?」
「ええ、そうですね。表立っては知られていないのですが、特定のスキルを取得すると冒険者以外の道に進むこともできるようになります。冒険者が取得するスキルはモンスターとの戦い以外にも有用なものが多数ありますので。例えばソウシさんがお持ちの『アイテムボックス』などもそうですね」
「なるほど、確かに『アイテムボックス』は商売などにも使えそうですね」
「ええ。私の場合は『鑑定』というスキルを持っているのでギルド職員にスカウトされました」
「『鑑定』って、道具とか装備品の効果が分かったりするやつ?」
ラーニがすかさず飛びつく。まあ確かに俺も気になるスキル名だ。
「そうです。素材の真贋や価値なども分かりますし、呪いの有無も分かります。大きな支部にはたいてい一人はいますね」
「そのような貴重な人材のマリアネさんが専属になって大丈夫なんですか?」
「……私はもともとそのための人間なので。私自身は冒険者としてはもう上が見えているので、上に行ける方のお手伝いをしたいのです」
俺の問いに答えるマリアネの横顔には多少の寂しさが見え隠れしていた。冒険者として上を目指すことを諦めるというのは、人によってはどこまでもついて回る影のようなものなのかもしれない。
その雰囲気に思う所があったのか、それまで黙っていたスフェーニアが口を開いた。
「ところでマリアネさんは職員として随行するということになると思いますが、専属となれば一緒にダンジョンに入ることもできるのですか?」
「はい? そうですね、可能ではありますが、現役のCランクである皆さんのパーティにはついていけないと思います。一応元Cランクではありますが、今はダンジョンにはほぼ入っていませんので」
「そうですか。ところでこれから行くバートランのダンジョンを踏破したことは?」
「ありません。ギルドへは職員として一度行ったことはありますが」
それを聞いてラーニが耳をピクピクさせた。俺の方を見てなにか言いたそうにソワソワしている。まあ何を言いたいのかはさすがに分かる。俺は少し考えて、ラーニに頷いてみせた。
「あっ、じゃあ、マリアネさん、一度一緒にダンジョンに入ろうよ。担当するパーティの力を知っておくのも職員としては大切でしょ?」
「は……? それはまあ、確かにそうですが……。よろしいのですか?」
マリアネが俺を見る。
「マリアネさんの仕事に支障がないのであれば、一度見ていただいた方がいいと思います。我々が特別扱いに値するのかどうか常に確認することも必要でしょうし。ギルドのグランドマスターへの報告も定期的に必要なのではありませんか?」
「え、ええ。お気遣いいただきありがとうございます。そうですね、でしたら一度ご一緒させていただきます」
ということになったのだが、マリアネもまさかこれがギルド職員取り込み計画だとは思わないだろうな。




