10章 黄昏の眷族 04
15階層Dクラスダンジョンを踏破した俺たちは、そのまま冒険者ギルドに顔を出した。受付嬢マリアネを呼び、別室での対応をお願いする。
「またなにか特殊な状況が発生したということでしょうか?」
台帳と筆記用具を用意しながら、マリアネはもう慣れたという目を俺に向けた。
「ええ、5階層と最下層でレアボスが出現しまして」
『アイテムボックス』から素材を取り出してテーブルに並べる。鎧ミノタウロスの黒ツノには特に反応を示さなかったマリアネだが、ドラゴンの漆黒の鱗や巨大なツノには軽く腰を浮かせるほどの驚きようを見せた。
「これは……間違いなく『ダークフレアドラゴン』の鱗、そしてツノ……。まさかDクラスダンジョンに出現するとは……」
「『ダークフレアドラゴン』? もしやBランクモンスターの、でしょうか?」
スフェーニアが聞くと、マリアネは息を飲むようにして頷いた。
「ええ、その通りです。Bランクでも最上位の一角に入るモンスターですね。Dクラスダンジョンに出現する可能性があるというだけで脅威ですが……。済みません、疑うわけではありませんが冒険者カードを確認させていただいても?」
「どうぞ」
俺たちのカードを受け取るとマリアネは席を外し、5分ほどして戻ってきた。その顔は幽霊でも見たかのように呆然としている。
「確かに『ダークフレアドラゴン』の討伐が記録されていました。おめでとうございます。これで皆さんは『ドラゴンスレイヤー』の称号が自動的に付与されます」
「『ドラゴンスレイヤー』?」
前世のどこかで聞いたことのある言葉だ。まさかこの世界に実際にあるとは思わなかった。俺が聞き返すとラーニが反応した。
「えっ、ソウシ知らないの? ドラゴンを倒した冒険者につけられる称号で、持ってると冒険者として尊敬されたり、いい依頼が来たりするんだって」
「肩書きみたいなものか。でもあの程度はBランク以上なら普通に倒せるだろうし、結構いっぱいいるんじゃないか?」
「え~、そんなにいないんじゃないかな。ねえマリアネさん」
「ええ、ギルドが把握している限りでは少ないと言っていいでしょうね。そもそも正規のドラゴン自体数が少ないですし、それを討伐するとなるとかなりの実力が必要になりますので。ちなみに『ダークフレアドラゴン』はBランクというだけで倒せるものではありません」
マリアネの言葉にはちょっと俺の無知をたしなめるような響きがある。俺が考えるより強敵だったのだということだろうが……。
「そんなに強かったか? 皆の攻撃は普通に効いていたと思うんだが」
「いえ、並のパーティならあのブレスで全滅しています。『ダークフレアブレス』は城を一瞬で灰に変える力があると言われていますから」
スフェーニアに言われてああそういうことかと納得する。なるほど攻撃力に振ったモンスターということか。ならばそれを凌いだ時点で勝ちだったのだろう。
「わかった。どちらにしろ俺たちはかなり派手なことをやってしまったということだな。ちなみにマリアネさん、その『ドラゴンスレイヤー』という称号は周知されたりするんでしょうか?」
「いえ、本人が望まなければギルドがそのようなことをすることはありません。ただしギルド内では情報として共有され、依頼などを斡旋することはあります。また必要があれば王家にその情報を伝えることもあります」
「わかりました。でしたら特に周知はしないでください。皆もそれでいいな?」
「ソウシさまのお考えの通りに」
「ん~、ソウシは面倒ごとがあるかもって思ってるんでしょ。ならいいんじゃない?」
「然るべきランクに上がるまではそれがいいと思います」
ということでマリアネにはなるべく周知しない形で処理してもらうことになった。
マリアネは「わかりました」と言いつつ、さらに言葉を続けた。
「ソウシさん、もし資金に余裕があるのでしたらこちらの鱗とツノは買取に出さない方がいいと思います。ドラゴンの素材が流通すれば自然と噂が流れますし、それに取っておけば後で防具の素材などにお使いになれます」
「なるほど、ありがとうございます。そのようにさせていただきましょう」
さすがの敏腕受付嬢であるが、いくぶん俺たちに肩入れをしすぎな気もする。彼女としては大丈夫なのかと思わないでもないが、俺が心配することでもないだろう。
「そっか~、ドラゴン素材の防具って確かとんでもなく高いのよね。素材があれば作ってもらえるんだ」
ラーニが嬉しそうに言うが、実際に防具を作ってもらうのは最低でもBランクに上がってからだろう。さすがに今の段階でドラゴン装備は目立ちすぎるだろうしな。
その後フレイニルとラーニのCランク昇格が告げられ、俺たちは晴れて全員Cランクの正規Cランクパーティとなった。
冒険者になりたての頃はCランクの『フォーチュナー』を見て「あんな化物になれるのか?」と思った気がするが、実際自分がなってみるとそこまで大したものでもないように思える。人間の感覚なんて適当なものだ。
さて『ドラゴンスレイヤー』の件はともかく、直近の問題は今後のパーティの活動予定である。
当然エウロンのCクラスダンジョンに挑むべきなのだが、エウロンのダンジョンは20階層あるダンジョンで、Cクラスダンジョンとしては難易度がかなり高いらしい。
マリアネに情報を聞いたところ隣のロートレック伯爵領にいいCクラスダンジョンがあるとのことで、近日中にそちらに向かうということで意見が一致した。
翌日マリアネに3日後にエウロンを出ることを告げると、「皆さんが出発する時に依頼をしますので、必ず出発の前日に声をかけてください」と言われた。
依頼内容は教えてもらえなかったのだが、マリアネが変な依頼をすることもないだろうと思ってとりあえず承諾した。
出発の日までは、15階層のDクラスダンジョンに潜っての実戦&スキルトレーニングである。
「『範囲拡大』はダンジョンだと『聖光』くらいしか使えないようです」
フレイニルが少し残念そうに言う。
俺たちの目の前では今、10体以上のホブゴブリンが地面に倒れ虫の息になっている。頭上から降り注いだ『聖光』の雨にうたれて全身に小さな穴が開いているのだ。
『遠隔』を使って発動場所をモンスターの上にして『範囲拡大』で拡散させた『聖光』を使った結果であるが、なかなかにエグイ攻撃だ。これでさらに『充填』『二重魔法』を使ったら恐ろしい気がするが、さすがにそこまでするにはまだ体力が足りないらしい。
「結界も大きくなるならモンスターを閉じ込められそうだが、中に攻撃できないか」
「そうですね。『遠隔』を使えば結界の中に『聖光』を出せるかもしれません」
「なるほど、次試してみようか」
と言う感じでスキルの検証もしっかりとやっておく。ちなみに拡大した結界に閉じ込めることはできたが『遠隔』+『聖光』での攻撃はできなかった。フレイニル曰く「『結界魔法』の方が『遠隔』よりレベルが高いからかもしれません」とのことなので、継続して検証が必要だろう。
ラーニの『伸刃』はレベルの関係でまだ10㎝くらいしか刃を延長できないようだ。刃を延ばした場合打点が変わるのでその分剣の振りも変えなくてはならず、思ったよりテクニカルなスキルのようだ。
「でも間違いなく強いスキルだよ。レベルを上げてアナトリアみたいにならなきゃねっ」
ということだが、ラーニは『身体操作』に優れているから問題ないだろう。
スフェーニアの『先制』は思った以上に有用で、戦闘開始と同時に魔法で先制、その後弓を連射、時間がきたら間髪容れずにまた魔法……といった感じで制圧力が非常に高まった。一撃の強さはともかく手数で圧倒できるのは大きい。
「ここ数週間で今までの倍くらい強くなった気がします。」
というスフェーニアの言葉はそのままスキルの重要さを物語っているのだろう。
しかし俺としては、やはり素の能力も大切だと感じてはいる。上位ランクの冒険者として日々の地道なトレーニングを欠かすことはできないはずだ。




