10章 黄昏の眷族 03
翌日は11階からだ。
さすがにダンジョン3日目ともなると陽の光が恋しくなる。日本にいた時は太陽なんてあまり意識したことはなかったのだが不思議なものだ。
まず出てきたのは『ホブゴブリンリーダー』、上層で出てきた『ホブゴブリン』の上位種だ。身体が一回り大きくなり、武器も棍棒から金属製のメイスにランクアップしている。
とはいえ完全物理属性は相性がいいので最大10体出てきても問題はない。素材はそのままメイスが落ちるが、恐らく溶かして再利用するのだろう。
13階からは『ギガントバイパー』の小型のものが現れるようになる。小型と言っても全長は7~8メートルあり、しかも太さが普通のヘビより太い。巻き付かれたら相当な力自慢冒険者でも脱出は無理らしいが、その前に頭を潰せばいいだけである。なお興味本位で一度巻き付かれてみたが、普通に力で脱出して首を素手で引きちぎることができた。すでに俺の方がモンスターである。
15階に現れたのは『ポイズンルーツ』という植物型モンスターなのだが、毒・麻痺・幻覚の効果がある花粉をまいてくる面倒なモンスターだ。低クラスダンジョンでしっかりと耐性スキルを得ていないと厳しい敵だが、全員それなりに耐性スキルがある上にフレイニルの『浄化』で無効化できるので敵にはならなかった。スフェーニアの『火属性魔法』で燃える姿はむしろ哀れなほどだ。
素材はなんとデカい木材で、『アイテムボックス』持ちでないと運べないものであった。前世で見た黒檀に近い感じで、高級家具などに使われるらしい。
さてようやく最下層のボス部屋だ。
15階層のボス部屋はいつもの部屋より縦横に倍ほどあって恐ろしく広い。これだけでかなりの圧迫感を感じるが、部屋の中央に集まり始めた黒い靄の量もかなり多めだ。
ただこれは複数登場する前兆ではなく、ここのボスが『スモールドラゴン』だからだろう。『スモール』とはいえCランクの登竜門となるボスの一体だ。スフェーニアの話によれば相当に大きいらしい。
現れたのは漆黒の鱗を持つかなり精悍な見た目のドラゴンだった。ゲームに出てくる姿そのままの翼の生えた巨大な恐竜といった見た目だが、立派な角が生えた頭部の造形はむしろ神々しさすら感じられる。頭部から尻尾の先までは30メートルはあるだろうか。頭部は10メートル近く上にあるのでメイスで叩くのには一工夫いりそうだ。
「これで『スモールドラゴン』ということは本物のドラゴンはもっと大きいのか。さすがにモンスターの王者だな」
という俺の感想に、スフェーニアが慌てたように首を横に振った。
「いえ、あれは恐らく普通のドラゴンです。しかも鱗の色からして上位種の可能性もあります」
「えっ、じゃあレアボスってこと? ラッキーじゃない!」
ドラゴンを目の前にして「ラッキー」と言えるラーニは相当に感覚が麻痺してる気がするが、まあどちらにしろ戦うしかないのだ。身がすくむよりいいだろう。
「いつもの通りやろう。ブレスは俺の『衝撃波』でなんとかするが、一応注意してくれ。あとは噛みつきと尻尾と手足の爪もか。とにかく末端から削る。飛ばれると厄介だ、はじめは翼を潰そう」
「了解っ」
「分かりました」
「『後光』行きます。その後は『聖光』で翼を狙いますね」
『後光』が輝く。しかし直後にフレイニルが「効果が弱い気がします。耐性があるようです」と伝える。なるほどさすがにモンスターの王だ。
ギャアアアオオオオゥ!!
攻撃を受けたと判断したのか、周囲を圧するほどの音量で咆哮するドラゴン。精神系スキルの補助がなければこれだけで身動きが取れなくなっていただろう。
「『フレイムボルト』」
スフェーニアの魔法が片方の翼に突き刺さる。『貫通』スキルは魔法にも適用されるらしく、ドラゴンの翼の被膜にいくつかの穴が開く。
ギャオウッ!!
ドラゴンが怒りを込めて身体を半回転させた。巨大な尻尾で横薙ぎにするつもりだろう。だが俺はその一撃を大盾で受け止める。『安定』『不動』『鋼幹』『鋼体』そして『筋力』スキルが、ダンプカーの突撃にも匹敵する破壊力を受け止める。
鎧のような鱗で覆われた尻尾に、お返しにメイスを叩きこむ。尻尾の一部がミンチになって飛び散るが、さすがに切断までには至らない。
ギャウッ!?
ドラゴンが慌てて尻尾を引いて体勢を立て直す。その隙にラーニが『跳躍』で飛び上がり、翼の中ほどをザックリと斬り裂いた。一撃で切断までは行かないが、同じ場所をフレイニルの『聖光』が薙ぐと翼が中ほどからバサリと落ちた。
ギャウッ! グルゥッ!
ドラゴンが首を持ち上げた。口元が赤く光っているのが見える。
「ブレスです!」
スフェーニアが叫ぶ。俺はドラゴンの前に立ち、正面から受ける体勢を取る。
ドラゴンが首を前に突き出す。その口から赤黒い炎の奔流が噴き出した。
「ふんっ!」
同時に俺は『衝撃波』を最大威力で放つ。もちろん一発だけではない。『翻身』スキルを全開にして、連続で何重もの『衝撃波』を発生させる。
俺とドラゴンの間で二つの力がぶつかり合う。炎が飛び散るごとに部屋の温度が上がっていくので相当な威力がありそうだ。スキルの連続使用でこちらの体力も相応に削られていくが、ブレスが『衝撃波』の守りを突破することはなく、ついにドラゴンの口から炎が途切れた。
「前に出る、援護を!」
「はいっ」
『聖光』がドラゴンの頭部に直撃し、さらにそこに幾本もの矢が突き刺さる。一瞬動きを止めるドラゴン。俺はその隙に一気にドラゴンの足元に接近、鱗に守られた太い足に渾身のメイスを叩きつける。
足が爆ぜ、巨体が大きく傾く。ドラゴンは羽ばたいて体勢を維持しようとしたが、ラーニが飛び上がってその翼を切り裂く。
遂にドラゴンの身体が地に落ちる。落ちながらもドラゴンは執念で首をめぐらせ、俺を噛みつきにきた。
迫る竜の顎、しかしそれは俺にとって待ち望んだ瞬間でもあった。俺はメイスを振り上げ、モンスターの王の頭に振り下ろした。
「すばらしい戦いでした。まさかドラゴンをこれほどあっさりと倒せるとは、正直信じられません」
スフェーニアが頭部の消失した竜の亡骸を見ながら多少興奮したような声で言う。
「あっさりでもないさ。皆の力がうまくかみ合って勝てただけで、実際は紙一重の戦いだったと思うぞ」
俺がリーダーらしく兜の緒を締める発言をすると、フレイニルは「さすがソウシさまです」と言い、ラーニは「ブレスを正面から受けきるのは紙一重って言わないと思うけどね」と呆れ顔をした。
「でもこんな大物倒したんだから、きっとすごいスキル来るよね!」
ラーニが言うと同時に脳内にスキルが滑り込んできた。
フレイニルは『範囲拡大』で、魔法の効果範囲を広げるスキルだ。地味なようだが、フレイニルが使える各種補助魔法の効果が広範囲に及ぶようになるのは特にフィールドでは重要な意味を持ちそうだ。
ラーニは『伸刃』、斬撃の瞬間、剣先を任意で延長するスキルらしい。要するに攻撃範囲が広がるということだろうが、これは恐らく『紅のアナトリア』が使っていたスキルだろう。ラーニの手数の多さと合わせれば有用性は語るまでもない。
スフェーニアは『先制』というスキルで、なんと魔法を精神集中なしで発動できるというとんでもないものだった。ただしこのスキルで魔法を発動すると次の魔法を発動できるようになるまでにそれなりの時間が必要になるらしい。ただ他の行動はできるので、弓も使えるスフェーニアにとって相性の良すぎるスキルである。
「これでさらにソウシさまをお助けすることができるようになりますね」
「アナトリアが使ってたスキルってことはもしかしてAランク相当ってこと? これってヤバくない!?」
「これほど強力なスキルを得られるとは……。ソウシさんたちとの出会いに感謝をしなくてはいけませんね」
と3人共納得のスキル群なのだが……。
「で、ソウシは何がきたの?」
「それが……『将の器』というものなんだが、簡単に言うとパーティメンバーの能力を少し高めるスキルなんだそうだ。それはいいんだが、それに加えて一度に率いる兵の数を増やせるらしい。だけど兵を増やせるっていうのがよく分からないんだ」
そう、俺が得たスキルは名前はいかにもすごそうなのだが、一部効果が意味不明なものだった。
「兵が増やせる……ソウシさまのおっしゃる通り確かに意味がよくわかりませんね。兵が私たちをあらわしているとして、それを増やせるのは当たり前のような気がしますが……」
フレイニルの言うことに頷いていると、スフェーニアが「多分ですが……」と口を開いた。
「冒険者のパーティは一般的に最高でも5人までとなっています。ソウシさんはその理由はご存知ですか?」
「いや、単にそういう習慣なのだと思っていたが」
「いえ、実はダンジョンボスの間は6人以上同時に入れないようになっているのです。なので長い歴史のなかで自然とパーティは5人までと考えられるようになったのです。もはや暗黙の了解になっているので、ギルドのガイドにも書いてありませんが」
「そうだったのか……いやそうすると『将の器』スキルは、ボス部屋に同時に入れる人数を増やすスキルということか?」
「その可能性はあると思います。もしそうならかなり面白いスキルかもしれません。高難度ダンジョンの中には、ボスが未だに攻略されていないものもあります。そういったボスを攻略するのに有利になるのだとしたらかなり有用だと思います」
ふうむ、するとこのスキルは俺に仲間を増やせと暗に示しているということだろうか。どうもレベルに応じて増やせる人数が増えるスキルのようで、今のところは一人増やすだけのようだ。どちらにしろこのスキルの効果を検証するにはあと2人の仲間が必要ということになる。正直それはドラゴンを倒すより難易度が高い気がするのだが……。まあ機会があったら試せばいいくらいに思っておくか。




