10章 黄昏の眷族 02
翌朝、ギルドのマリアネに3日間のダンジョン攻略を行うことを告げ、Dクラスダンジョンに向かった。俺たちはすでにCランクパーティなので格下のダンジョンとなってしまうが、多くの冒険者を阻んできた15階層ダンジョンである。気を抜くことはあり得ないだろう。
エウロンの町から走って一時間半ほど、小高い丘の上にそのダンジョンはあった。一見すると地面に開いた落とし穴のように見えるが、一方が階段状になっており穴の中に下りられるようになっている。
「準備はいいな。今日は5階までだ。時間はある、慎重に行こう」
「はいソウシさま」
「気を抜くなってことね。オッケー」
「楽観しないことが一番だと思います。頑張りましょう」
パーティメンバーの意思統一を確認し、俺たちは地下一階に下りた。
まず出てきたのは『ホブゴブリン』。要するに大型のゴブリンだが、身長が一気に2メートル近くなるので完全に別物である。持っている武器が棍棒程度なのがまだ救いだろうか。
ラーニの『疫病神』によって出現数は15体前後になるが、開幕と同時にフレイニルとスフェーニアの魔法で半分になるので何の問題もない。素材の肝(薬の素材になるとか)を集めながら3階まで下りていく。
3階からは前にも戦った『アサルトタイガー』が、やはり15匹前後で現れた。開幕の魔法が有効なのも同じだが、特にラーニがスピードで圧倒して切り裂きまくっていたので俺の出る幕はほとんどなかった。素材の毛皮は主にカーペットになるとか。
5階ではFクラスのボスだった『ベアウルフ』が最大7体で出現するようになる。やはり開幕で3体前後が消えるので、ラーニが1体、残りは俺が一撃ずつで爆散させる。素材の肉は宿でも出てくるやや高級な食材だ。
物理属性しかも近接メインのモンスター群だったので特に危なげもなくボス部屋扉前に到着する。
「ボスはミノタウロスだな。前と同じようにやれば問題ないだろう」
「レアボスだといいねっ」
ラーニの気楽な発言を聞きながら扉を開ける。
ボス出現時の靄の量は通常通り、現れたのは鎧を着たミノタウロス1体。レアボスはきっちり引いたらしい。
グオオォッ!
勇ましい咆哮を上げた鎧ミノだったが、フレイニルの『後光』を受け弱体化したところにスフェーニアの『白鷺の矢』で動きを止められ、ラーニの首筋への一撃を受けて絶命してしまった。
いや確かに格下のダンジョンではあるがこれはちょっと……と思ったが、俺でも一撃で終わっただろうからこんなものか。
「あ、宝箱の色が違う」
ラーニの言う通り、現れた空箱は銀色をしていた。どうもレア宝箱のようだ。
「順番だからフレイが開けてみて」
「はい、開けてみますね」
フレイニルが蓋を開けると箱がすうっと消え、そこにはやたらと凝った意匠のガラス瓶のポーションが残された。
「なんだ、装備品じゃないんだ。つまんない」
とラーニが文句を言うが、スフェーニアが首を横にふった。
「いえ、装備品以上に価値があるものかもしれません。これはおそらくエリクサーでしょう。死亡以外のすべての状態を回復する最上級のポーションです」
「えっ? エリクサーというとアーシュラム教会でも秘蔵の薬として扱われているものですか?」
フレイニルの言葉にスフェーニアは頷く。
「そう扱われてもおかしくはないでしょうね。タイミングにもよりますが、オークションに出せば5000万ロムは下らないでしょう。まさかDクラスダンジョンで出るとは驚きですが……」
『エリクサー』といえばゲームでもおなじみの薬だが、確かに実際に存在すれば恐ろしい程の値がつきそうだ。権力者なら喉から手が出るほど欲しがるだろう。
「まあせっかくだから売らずにパーティの最後の手段としてとっておこう。手に入れたのは秘密にしといたほうがいいかもしれないな」
「そうだね。そんなとんでもないもの持ってるなんて知られたらロクでもない連中に狙われそう」
ラーニの言うことはもっともだろう。俺が『エリクサー』を『アイテムボックス』にしまうと、3人はどことなくホッとしたような顔になった。
しかしこれがもし本当に『悪運』のせいなのだとしたら、俺はかなりとんでもないスキルを持っていることになる。なんとも隠すものにことかかないパーティだな、ウチは。
「ねえソウシ、そろそろ私たちのパーティも名前を決めた方がよくない?」
セーフティゾーンにテントをたてて車座になって夕飯を食べていると、ラーニがそんなことを言ってきた。
「私も賛成です。ソウシさまのお力が分かるような名前をつけるべきだと思います」
「そういえばパーティ名を聞いていませんでしたが、まだ名前がなかったのですね」
フレイニルの言葉はともかく、実は俺も少し気になってはいたのだ。ただなんというか、自分達のパーティに名前をつけるという行為がおっさん的に気恥ずかしかったのも確かである。
「なにかいい名前があるなら教えてくれ。俺はそういうの苦手なんだ」
「ええ~、そこはリーダーがまず案を出すところじゃないの? でもまあそう言うなら……『群狼』はどう? カッコ良くない?」
「私は……『ソウシさまの導き』がいいと思います」
「そうですね……古い力の神の名で『ソール』というのはいかがでしょう。大槌を武器とする神で、ソウシさんのイメージに合うと思いますが」
と三者三様の案が出た。さすがにフレイニルのはそのまま採用できないとして、『群狼』はカッコいいが女子が多いパーティには合わない気がするな。スフェーニアのいう『ソール』は前世でも聞いた神の名だが……さすがに神様の名前をそのままつけると罰当たりではないだろうか。
「『群狼』はいい名だけど、女の子が多いパーティだからやめておこう。神様の名前をそのままつけるのも個人的に抵抗があるので『ソールの導き』はどうだろうか」
「確かにフレイとスフェーニアに『狼』は合わないかあ。『ソールの導き』、いいんじゃない」
「ソウシさまがソール神の生まれ変わりということですね。とてもいいと思います」
「素敵な名前だと思います。賛成します」
フレイニルの解釈はちょっと問題があるが、まあ個人の解釈くらいは神様もお目こぼししてくださるだろう。
「よし、じゃあ俺たちのパーティの名は『ソールの導き』で決定としよう」
とりあえず懸案事項が決まってホッとした。これで明日からのダンジョン攻略もはかどるというものだ。
翌日はやはり他のパーティに先んじて6階に下りる。
まず出てきたのは『ハイオーク』。以前戦った『オーク』の上位種で、身体が一回り大きく手には片刃の斧を持っている。10体前後で現れるが、ラーニのスピードにまったくついていけないので相手にならない。
素材はひと固まりのブロック肉なのだが、元が人型なのを気にしなければ美味しそうな豚肉と言えなくもない。
8階からは『アイアンリザード』が出現するようになる。やはり以前戦った『ハードロックリザード』の上位種で、非常に硬い外皮を持つ……のだが、俺のメイスの前では紙に等しかった。ラーニの『切断』やスフェーニアの『貫通』にはそれなりに耐えていたので紙装甲ということはないはずなのだが。
素材は鉄塊で、そのまま鉄として使われるらしい。
10階には『ハンターホーク』という鳥型のモンスターだ。超高速での急降下攻撃がかなり厄介で、特にフレイニルとスフェーニアの後衛組を狙ってくるのが嫌らしかったが、『結界』を張ると勝手に突っ込んできて自爆することが分かり事なきを得た。フレイニルの『結界魔法』がレベルが上がり非常に強固になっているのが頼もしい。
素材は鳥肉で、こちらは普通に美味そうである。
というわけで10階のボス部屋に入る。
「ちぇっ、普通かあ」
ラーニの言う通り、現れたのは通常ボスの『ギガントトータス』。甲羅だけで全長10メートルはあろうかといういう巨大リクガメだ。噛みつきも恐ろしいが、一番の恐ろしさは巨体を活かした体当たりだろう。
開幕フレイニルの『後光』で弱体化しても甲羅の防御力は圧倒的に高いのだが……俺を噛みつきに来たところをカウンターで一撃したら頭部が消失してしまった。
スフェーニアが「まさにソールの一撃ですね」とほめてくれるまで微妙な空気が流れたのは言うまでもない。
宝箱はスフェーニアが開け、出てきたのは金色のサークレットだった。着けて試してみると集中力が高まる感じがするそうだ。『集中力+1』の効果が確定、「私はすでに同じ効果の指輪をしていますのでフレイがつけるのがいいと思います」とのことでフレイニルがつけることになった。フレイニルが金色のサークレットをつけるとどう見てもお姫様にしか見えないのだが……実際お姫様の可能性もあった娘なんだよな。




