9章 再会と悪魔の足音 04
翌朝は朝一でダンジョンに向かう。
10階層なのでダンジョン内一泊の予定だが、ダンジョン泊経験者のスフェーニアがいるので心強い。
ちなみにスフェーニアはエウロンのダンジョンは全踏破しているが、ここトルソンのダンジョンは初めてとのことだ。
一時間ほどでたどり着いたDランクダンジョンは、上が平らな小型ピラミッドのような建造物に石組の入り口があるもので、なんとなく古代の墓所の中に入っていく感じである。
一階の通路は幅がかなり広い。その理由は出現したモンスターの数で納得できた。
『ガードマミー』、つまり包帯姿のミイラ男が一度に17体現れたのだ。ラーニの『疫病神』があっても今までにない数である。つまり最初は数の洗礼を受けるダンジョンというわけだ。
「多いですね。これほどの数は見たことがありません」
言いつつスフェーニアが杖を構える。フレイニルはすでに『二重聖光』の準備に入っている。
「ウチのパーティはモンスターが多めに出てくるからそのつもりでいてねっ」
ラーニがそう言って剣に炎をまとわせる。
「『聖光』行きます」
二条の光線が『ガードマミー』5体を両断して消滅させる。
「『聖光』が二本、『二重魔法』スキルですね、素晴らしいです」
少し羨ましそうなスフェーニア。杖の先から火球がほとばしり、同じくミイラ男4体を消滅させる。
「お先っ!」
ラーニが『疾駆』ですれ違いざまに2体の『ガードマミー』の首を落とす。そのまま後ろに回りこんでさらに連続で斬り倒していくと、結局俺のところに来たのは1体だけだった。
「やはり多数を相手にするのに慣れているのですね。なるほどこれがこのパーティの強さの秘密の一つなんですね。この先さらになにがあるのか、私とても楽しみです」
「うふっ、ガッカリすることはないと思うわ。一緒に強くなりましょ」
ラーニとスフェーニアが楽しそうに笑い、それにフレイニルが加わってちょっとピクニックみたいな感じになってきた。おっさんリーダーとしては一人兜の緒を締め直しておかないとな。
その後2階までは『ガードマミー』をひたすら大量虐殺しながら進んでいった。本来なら毒効果のある包帯を伸ばして攻撃したりしてくるらしいのだが、フレイニルとスフェーニアの先制魔法攻撃とラーニの超高速攻撃の前にほとんど攻撃らしい攻撃ができない有様だ。
魔石と素材の綿みたいな布を回収しながら3階に下りる。
3階から出現するのは『マミーハウンド』、大型犬のミイラだ。犬なのだが遠距離から火の玉を吐き、接近しては毒噛みつき攻撃とかなり嫌らしいモンスターである。
同時に出現するのは最大10匹、その数で火の玉を一斉に吐かれるとかなり厄介……なはずなのだが、俺の『衝撃波』で火の玉が消し飛ばせることが分かると一気にザコ以下の敵と化した。レアスキルの存在は完全にズルである。
落とす素材は赤い水晶で、火を扱う魔道具の材料になるらしい。
5階からは『マミーシャーマン』という魔法使い系のミイラが登場した。『ガードマミー』とパーティを組んで現れ、最大で前衛10体後衛7体という厄介さだったが、魔法の石礫が俺の『衝撃波』で……というわけで特に問題とはならなかった。ちなみに魔法の差し合いでもフレイニルとスフェーニアが圧倒することは言うまでもない。
なお素材は黄色い水晶で、やはり魔道具の材料だ。
そんなわけで休憩を入れつつ5時間ほどでボス扉前までたどり着く。
「エルフの里で一緒にダンジョンに入った時も感じましたが、やはり進むスピードが尋常ではありませんね。10階層ダンジョンは同じDクラスでも格段に危険度が上がるのですが、ここまで楽に進めてしまうのは驚きます」
スフェーニアの表情は驚きを通り越して呆れているように見えなくもない。俺としてはこれが初めての10階層ダンジョンなので何が特別なのか実感がないが、先達の言うことは虚心坦懐に聞いておくべきだろう。
「ボスも相応に強いということなら、気を引き締めてかからないといけないな。フレイ、『後光』を『充填』で頼む」
「はいソウシさま」
「フレイは『充填』も使えるのですね。魔導師として有用なスキルをいくつも持っているのは羨ましく思います」
スフェーニアがそう言うと、ラーニがニッと笑った。
「スフェーニア、大丈夫。私たちのパーティに入ったからにはきっと欲しいスキルが手に入るから」
「そうなのですか? いえ、ラーニがそう言うからには理由があるのでしょうね。期待させていただきます」
「期待を裏切ることはないと思うよ。でもまずは宝箱だね。ソウシ、いいのお願いね」
「いや別に俺が選んで出すわけじゃないからな」
そんなやり取りをしつつボス戦の準備をして、俺たちは扉を開けた。
ボス部屋は体育館ほどの広さの、今までより広い空間だった。
しばらく待っていると黒い靄が現れる。
「2匹来いっ!」
ラーニがとんでもないことを言うが、隣でフレイニルも小さく「来い」とか言っている。
なんかウチの娘さんたちバーサーカーに近づいてないだろうか。
「ボスが2体、確かに極まれにあるとは聞きますが……」
と首をかしげるスフェーニア。なるほどそんな扱いなのかと思っていると、どうも靄の量が増えた気がする。いやまさかラーニたちに応えたわけじゃないとは思うが……。
「やったソウシ、2匹来たよっ!」
ラーニの言葉通り、現れたのは2体の『グレイブキーパードラゴン』。『ドラゴン』とは言うが見た目は全長10メートル近い巨大ツチノコである。ただし胴の太くなっている部分に太い棘が無数に突き出ていて見た目的にかなり殺意が高い。
「『後光』いきます」
「魔法続きます、『フレイムボルト』」
フレイニルの『神の後光』で弱体化したところを、スフェーニアの10本の炎の槍が突き刺さる。開幕で一体に大きくダメージを与えられるのは大きいな。
「棘が来る。フレイニル、『二重結界』を外側に張って壁にしてくれ」
「はいソウシさま」
『グレイブキーパードラゴン』の胴体の棘は任意に飛ばせるらしい。遮蔽物のないこの空間では飛び道具は厄介だ。基本は避けるか防ぐかだが、遮蔽物を作り出せるならそれが一番である。
「『結界』張ります」
俺が盾を構えて棘を何発か防ぐ間に、フレイニルが『結界』を外側に単体で張る。俺たちを囲むように張ってしまうとこっちも手が出せなくなってしまうが、これなら透明な壁ができたのと同じ効果になる。
「ラーニは隙を見て手負いの方を仕留めてくれ。無傷の方は俺がやる。フレイニルとスフェーニアは援護を頼む」
「オッケー、任せて!」
「はいソウシさま」
「お任せください」
フレイニルとスフェーニアの安全が確保できたので、あとは接近戦で叩き潰すだけだ。
ラーニは『疾駆』『軽業』『空間蹴り』スキルを駆使して次々飛んでくる棘を避けながら接近、デカい頭部をザックリ切り裂いて一撃離脱の戦法を取っている。もともとダメージを受けている個体なので勝負は見えているだろう。
俺の方は盾で棘を弾きながらもう一体の方に歩いて行く。棘が効かないことに苛立ったのか、『グレイブキーパードラゴン』は太い胴体を横滑りさせて体当たりを仕掛けてくる。
もちろんそれは俺の思うつぼだ。『衝撃波』で棘を砕き体当たりの勢いを殺しておいて、その太い胴体にメイスを大上段から叩きこむ。
胴体がほぼちぎれるまで爆散し、さらに爆発的な衝撃が全身を伝わったのか、その一撃で巨大ツチノコは絶命した。
もう一体は、フレイニルの『二重聖光』、スフェーニアの矢を受けて悶絶したところをラーニが空中からの急降下脳天串刺しで討伐完了だ。こっちの方が普通の戦い方だな。
「いい感じで戦えたかも。フレイとスフェーニアのおかげでやりやすかったしバッチリだね」
ラーニが息を弾ませて戻ってくる。スキルを活用した立体的な戦い方が身についてきているのだろう。
「ラーニすごいね、どうやって動いてるのか分からないくらい」
「フレイの言う通りですね。早いだけでなく、攻撃も正確ですばらしいと思います」
フレイニルとスフェーニアに褒められて、ラーニは尻尾をブンブン振っている。
「ソウシほどじゃないけど結構強くなった気がする。でもまだまだスキルを使いこなしてないからもっと頑張らなきゃ」
「私も頑張ります。魔法の威力をもっと上げるようにしないと」
「そうですね、私もまだこんなところで諦めてる場合ではないと感じます」
3人がいい感じでモチベーションを高めあっているあいだに巨大ツチノコの死骸がダンジョンに吸収されていき、大きな魔石と絵に描いたような見た目の宝箱が現れた。もちろんそれぞれ2つである。
「本当に宝箱が2つ現れるのですね。初めて見ました」
スフェーニアが少し驚いたような顔をする一方で、ラーニが宝箱の側に行って俺の方を振り返った。
「ねえソウシ、開けていい?」
「ああいいぞ。もう一つは――」
「ソウシさまが開けてください。倒したのはソウシさまですから」
フレイニルがそう言い、スフェーニアも頷くので俺も宝箱の方に歩いていった。
「あっ、なにこれ、腕輪、かな?」
先に宝箱を開けたラーニが幅広のブレスレットを手に立ち上がった。装備品なら当たりらしいので幸先がいいのではないだろうか。
俺も宝箱を開ける。パカッと蓋が開くと宝箱がすうっと消えて、白い羽の装飾がほどこされた短弓がそこに残された。
「こっちは短弓だな。スフェーニア、使えそうか?」
手渡すと、スフェーニアはあちこち調べた後に構えてみて、さらに矢をつがえて試射まで行う。
射られた矢がキラキラと光の粒子を放つエフェクトをまとっていたので、どうも特殊効果がある弓のようだ。
「これは『白鷺の弓』と呼ばれる、Dクラスで出る武器としてはかなり珍しいものですね。確か一瞬モンスターの動きを止める効果があったはずです。使わせていただいてよろしいのですか?」
「もちろんだ。パーティ内で一番有効に使える者が使うのが当然だろう」
「ありがとうございます。使わせていただきます」
どちらかというと補助的な武器ということになるのだろうか。しかし一瞬でも動きを止められるというのは、使いようによってはかなり強力な気がするな。
「ねえ、こっちの腕輪はどう? スフェーニアはこれがどんなものか分かる?」
ラーニが腕輪を持ってくるが、スフェーニアは首を横に振った。
「その手のアクセサリー類はギルドで鑑定をしてもらうか、実際につけてみないと効果がわかりません」
「えっ、そうなの? じゃあ試しにつけてみていい?」
「ああ」
俺が言うと同時にラーニは腕輪を自分の左手首に装着した。
しばらく走ったり跳んだり剣を振ったりして効果を検証していたが、「あっ」と言って戻ってきた。
「なんか剣の振りが少し早くなった気がする。途中から加速する感じ?」
「それはきっと『剣加速』でしょう。剣を使うラーニがつけるのがいいと思います」
スフェーニアの言葉に全員賛同し、腕輪はラーニが使うことになった。
「えへへっ、これでソウシがキチンと私とスフェーニアを思ってるっていうことが分かったね」
ラーニが嬉しそうな顔をして言うと、スフェーニアも「そうですね」と口にしてニコッと笑った。一方でフレイニルが『亡者の杖』をぎゅっと握ってなにか言いたそうに俺に目を向けてくる。まさか今ので疎外感を感じたわけでもないと思うが……頭をなでてやると安心したような顔になったので大丈夫だろう。
その後ボス部屋の先に進むと、そこは広い空間になっていた。いわゆるセーフティゾーンで、冒険者はそこで一泊をすることになるらしい。
後から別の冒険者が来るはずなので端の方に場所を取り、そこで一泊をすることにした。
『アイテムボックス』と『結界』の有用性を再確認しつつ、俺たちは翌日に備えて早めに眠りについた。




