8章 エルフの里へ 12
とりあえず峠からこの里に下りてきたときの道を歩いて行く。まずはフレイニルのアンデッド感知能力が頼りだ。
「う~ん、確かにちょっとイヤなニオイがするわね。まちがいなくゾンビのニオイよ」
ラーニが眉間にしわをよせると、フレイニルが立ち止まって周囲を見回し始めた。
「……あちらのほうに何かを感じます」
道の右に広がる木立の奥の方を指差す。『気配感知』をそちらに伸ばすと、確かになにかいるような感じもする。
「よし行ってみよう。俺が先頭、ラーニがしんがりだ。フレイニルは感じる方向を指示してくれ」
「はいソウシさま」
「了解っ」
「気を付けて参りましょう」
俺は盾を構えつつ木立へと足を踏み入れる。
下生えはほぼなく歩きやすい森である。フレイニルに指示を仰ぎつつ、ところどころ木の幹に印をつけながら奥を目指す。
「ニオイが強くなってきたわ。ソウシ、足元注意して」
ラーニの注意は足元からゾンビが現れるということだろう。そういうドッキリなアトラクションはゴメンこうむりたいのだが。
さらに歩を進めると、気配感知にいきなり複数の感。見ると前方の地面がいきなり盛り上がり、イノシシのような動物のゾンビが7~8体現れた。
「ラーニは俺の打ち漏らしを頼む」
俺は少し前に出て、突っ込んでくるゾンビイノシシを待ち構える。もちろん接近戦で爆散させるつもりはない。射程に入ってきたところを『衝撃波』ですべて吹き飛ばす。もともと衝撃に弱いゾンビだ、一撃で粉々になりながら消えてなくなる。ただしニオイが一気に広がるが。
「フレイ、『浄化』をかけてくれ」
「はい」
腐肉をそのままにしておくと悪臭と疫病のもとだ。フレイニルが『浄化』を発動すると臭いが一瞬で消える。とりあえず消毒にもなったはずだ。ラーニのしかめっ面も解消される。
「フレイの『浄化』はホントに助かるわ。ソウシもいいスキルを手に入れたわね。2人でゾンビ退治の専門家になれそう」
「それは勘弁願いたいな」
そんなことを言いながら隊列を組みなおし、俺たちはさらに奥を目指した。
その後も森の奥から湧いてくるアンデッドを倒しつつ進んだ。30分ほど歩いただろうか、フレイニルが「強い気配を感じます。強力なアンデッドだと思います」と警告を発した。
「分かった、フレイ、『後光』を『充填』で用意しておいてくれ。スフェーニア、アンデッドに効く魔法は何だ?」
「本来なら火属性なのですが森の中では危険ですね。次善は土属性になると思います」
「礫系魔法というやつか。準備をしておいてくれ。フレイの『後光』のあとに頼む」
「わかりました。魔法のあとは弓に切り替えますね」
気配感知を全開にしてゆっくりと進んでいく。
確かになにか大きな奴がいるな。『リッチ』とも『ヘッドレスソーディアー』とも違う、質量が大きい『なにか』だ。
慎重に歩を進めると、その『なにか』が見えてきた。全長が20メートル以上はありそうな爬虫類……ワニに似たなにかだ。しかしその表皮はワニ皮ではなく、何種類もの生き物の皮がつぎはぎされたような見た目になっている。邪法によって造られた人造生命体……そんな雰囲気の巨大モンスターだ。
「あれはもしや『フレッシュゴーレム』では……?」
スフェーニアがつぶやく。『フレッシュ』とは死体のことだ。つまり『フレッシュゴーレム』とは死体をつぎはぎした人造人間のことだが、なるほどそのワニ型バージョンというわけか。
「どうしますか、Dランクパーティで対応するモンスターではないと思いますが」
スフェーニアの忠告だが、俺は首を横に振った。
あのゴーレムはもう動き出しそうな気配であるし、里に戻ったところでいるのは最高でもDランクのパーティだ。変な話だが、スフェーニアの評価を信じるなら俺たちがこの周辺の最高戦力ということになる。
まあそれにプラスして、俺の勘……というか『悪運』スキルの働きからして、勝てない相手ではないという妙な確信がある。
「いや、ここで倒してしまおう。あれが里の城壁を乗り越えたら大変なことになりそうだ。それにあれは十分倒せる相手だと思う」
「私もそんな気がする。フレイの『後光』もあるしね」
「その『後光』というのは?」
ラーニの言葉にスフェーニアが聞き返す。
「モンスターを弱体化させる魔法なの。Bランクでも効いてたから十分行けると思う」
「そんな魔法が……? わかりました、どちらにしろ私たちより強いパーティは里にはいませんし、やるしかないでしょうね」
話がまとまったところで再度接近する。
できれば先制攻撃を……と思ったが、どうやら向こうもこちらに気付いたようだ。感情のない虚ろな目をこちらに向け、巨大な顎を開いて「ゴフウゥッ」とうなりを上げた。
「来るぞ。フレイ、やってくれ。『後光』のあとは隙を見て『二重聖光』を頼む」
「わかりました。『後光』行きます」
ゴーレムの周囲を一瞬光が包み込む。「グウゥッ」と苦悶の声を漏らしたので効いているようだ。
「スフェーニア、魔法を」
「はい、『ストーンランス』」
スフェーニアが短い杖を掲げると、前方に1メートルほどの石の槍が10本ほど現れ、ゴーレムに向かって射出された。見事にすべての石の槍がゴーレムの横腹に突き刺さる。
ゴーレムがガクッと動きを止める。かなりのダメージを負ったようだ。
「ラーニ、行くぞ」
「オッケー!」
俺とラーニが並んで駆け出す。ゴーレムがこちらに向きを変えようと動き出す。
「お先!」
ラーニが『疾駆』でゴーレムの側面に回りこみ、太い前足を長剣で薙ぐ。さすがに一撃で切断とは行かなかったが、深く切り裂いたようで黒い体液が裂け目から吹き出す。
俺が目の前まで近づいたときには、ゴーレムはデカい口をこちらに向けていた。俺を見据えて、牙が並んだ顎を開いて噛みついてくる。
俺はその噛みつきを盾で払い、横っ面にメイスを叩きこむ。脳筋スキル群が乗りに乗った強打撃は、一撃でゴーレムの頭部の三分の一を爆散させる。
「後ろ足もらいっ!」
ラーニ叫ぶと、ゴーレムの巨体が大きく傾いた。後ろ足を切断したのだろう。
ゴーレムの胴体に矢が連続で刺さり、さらに追い打ちで二本の光線が貫いた。
ガアァッ!
満身創痍のゴーレムがうめいて暴れ出す。俺はその頭部にめがけて二発目をお見舞いする。大上段からの渾身の一撃、ゴーレムの頭部は大半が爆散し、巨体が一瞬ビクンと跳ねるとそのまま動かなくなった。
「やった! 大物を仕留めたわねっ!」
「ソウシさま、さすがです」
「見事なとどめでした」
と3人が集まってくる。俺は「これは全員の力を合わせた結果だ」と答えておくが、実際その通りである。
横倒しになったゴーレムを見返しながら、スフェーニアが美しい眉を寄せる。
「しかしこれほど巨大なゴーレムが出現するなど近隣でも聞いたことがありません。ソウシさんの言うように何か裏がありそうな気がしますね」
「そうだな。とりあえず魔石を回収して里に戻ろう。モンスターの死体はギルドに検分してもらおうか」
「うえぇ、これを解体するの? このままアイテムボックスに入らない?」
ラーニが無茶を言い出した時、遠くでドォンッ! と大きな衝撃音が鳴り響いた。
明らかに里の方からである。全員がそちらを振り返る中、フレイニルが俺の方を見て言った。
「大きな気配を二つ感じます。このゴーレムと同じものだと思います」
俺が冒険者になってから最大の緊急事態かもしれないな、それは。




