8章 エルフの里へ 10
宿に戻り、飯を食って部屋でゆっくりしていると、スフェーニア嬢が戻ってきた。
「お疲れ様です。疫病の対応の方は順調ですか?」
「はい、特に問題はありませんね。ホーフェナの薬はよく効きますので投薬した者は回復に向かっています。ソウシさんの方は?」
「予定通りFクラスを踏破しました。明日はEですね」
「ちなみに踏破まではどのくらい時間がかかりましたか?」
「1刻半(3時間)くらいですね。今日はその後トレーニングをして、少し里を見て回りました。といっても店を回ったくらいですが」
「さすがに早いですね。店では何か気になったものはありましたか?」
「ええ、アクセサリー店に行きましたが、補助効果のあるものはまだ手が出ないということが分かりました」
そう言って肩をすくめて見せると、スフェーニア嬢は目を細めて薄く笑ったようだ。それだけで神秘的な感じすら受けるのだが……この娘さんをパーティに加えたらそれだけで目立ってしまう気がするな。
「2人はなにかありましたか? どことなく嬉しそうに見えますが?」
スフェーニア嬢がフレイニルとラーニに声をかける。ここから先は女子トークなのでおっさんは引っ込むことにする。
「あっ、やっぱり分かる? いいペンダントを買ってもらったの。フレイとお揃いのやつ」
「これです。どうでしょうか?」
「ふふっ、可愛いのを選んだのですね。フレイの好みですか?」
「そうです。動物をモチーフにしたものが好きなんです」
「私も好きですね。買ってもらったということはソウシさんに?」
「そうそう。パーティ組んで初めてかな」
「私は冒険者になった時に装備を……」
「それはプレゼントじゃなくない……?」
「ふふふっ、フレイにとっては嬉しかったのですね……」
うむ、なんかこの部屋にいるのが少しツラくなってきた。日本ならこんなときスマホとかに逃げられたんだが……。そうか、明日は空き時間で本屋をさがしてみるとしよう。
翌日は朝一に里の外に出てトレーニングを行い、そのままEクラスダンジョンに潜った。
ここのEクラスダンジョンはやはり大木に洞が開いているタイプのもので、登場するモンスターは犬面人身のコボルト、狼型のナイトウルフ、そして動く樹木のキラープラントと初見のメンツだった。
とはいえキラープラントが毒を持っている以外は物理型、それも防御力が低いタイプなのでラーニとの相性が良く、最大10匹でてきても何の問題にもならなかった。
もちろん先制で3~4匹をフレイニルの『二重聖光』で倒せるのも大きい。
むしろ俺の出番がない感じだったが、ボスの『コボルトリーダー』は任せてもらえた。といっても一撃で上半身が爆散してしまったので、2人には「あ~」みたいな顔をされてしまったが。
得たスキルは俺が『不動』で、攻撃を受けても踏ん張りがきくスキルだ。『安定』と近いが、こちらは足の裏が地面に吸い付いたような不思議な感じがある。一見守りのスキルに思えるが踏ん張りがきくなら攻撃力もあがるはずで、地味ながら有用なスキルな気がする。
フレイニルは『聖気』というスキルを得たが、どうやらアンデッドを遠ざけるオーラを出すと同時にアンデッドへの攻撃力が増すものらしい。聖女感が増すスキルである。
ラーニの得た『軽業』は体重移動がスムーズになるスキルで、どうも俺が持っている『翻身』の下位スキルのようだ。とにかくこれもラーニの戦闘スタイルに合うスキルだ。
ダンジョンのあと森の広場でトレーニングをして里に戻り、買取のためにギルドに向かう。
するとそこでフレイニルが急に周囲を見回し始めた。
「どうしたフレイ?」
「あ、はい、なにか妙な気配を感じたのです」
「それはアンデッドの?」
「そうですね。近い感じがするのですがモンスターそのものではないようです。……あちらの方ですね」
フレイニルが指さす先には、まさに今向かおうとしていた冒険者ギルドの建物がある。
「一応気をつけるか。怪しまれないように普通の態度でいこう」
そう注意をしてギルドに入る。いつもの通り冒険者が数組いて、あとはカウンターに職員がいるのみだ。
ちらりと冒険者の方に目を走らせる。一組だけ少し気になるパーティがいた。
4人パーティだが3人男、1人少女の組み合わせだ。目を引くのは、男たちが揃って似たような軽鎧を着た戦士風の姿なのに対して、少女の装束がどことなく和風……あえて言えば巫女服に見えることだ。彼女が黒髪のボブカットであるのも和風っぽさを強めている。さらに言えば、額のあたりから短い角が一本突き出ているのもなんとなく日本の『鬼』を連想させる。
俺の視線を追ったのか、ラーニが横に来て耳打ちした。
「あの娘が気になるの?」
「ああ、ちょっと変わったパーティだと思ったんだ。あとあの女の子の格好が俺の故郷のものに似ててね。よく見ると違ったが」
「ふうん……。でもあのパーティ、少しだけこの間の『奴隷狩り』と同じニオイがするのよね。ちょっとヤな感じ」
「本当か? フレイ、さっき感じた気配というのは……」
「はい、あの女性から感じます」
まさか冒険者にアンデッドの気配を感じたというのだろうか。彼女はどう見ても生きている人間だし、モンスターということもないだろう。ただあの巫女服風衣装がイメージ通り宗教的なものであれば、アンデッドを扱うことができる人間ということだろうか。
「どうする? 話でもしてみる?」
ラーニがそんなことを言うが、さすがにこういう場合の対応など知るはずもない。ただ一つ言えるのは、素人が軽挙妄動してもロクなことがないということだけだ。
「やめておこう。そもそも彼らが何かしたかどうかも分からないしな」
「まあそうか。でもフレイの勘も当たるんでしょ?」
「そうだな、なにかあるのは確かだろう。ミーランさんには伝えておこう」
というわけで、ミーラン女史にそれとなく注意しておいてほしいと伝えたのだが……。
「はい? ああ、彼女はオーズの人だそうです。少し前からここで活動してますね」
ミーラン女史が聞き慣れない単語を口にした。
「オーズ?」
「はい、呪術国家と言われている国です。どことも国交をもたない国なのですが、アンデッドやモンスターを使役する国なんて言われてます。冒険者ギルドだけはつながりがあるので、ごく稀にですがオーズ出身の冒険者さんが外に出ることはあるんです」
呪術国家オーズ、なんかいかにも『それらしい』名前が出てきたな。個人的にはあの服が日本的なので妙な親近感を感じてしまうが、やはり注意はした方がいいのかもしれない。
「なるほど、ありがとうございます」
お礼を言って俺たちはその場を後にした。
いわゆる『フラグ』的な情報を得てしまった気もするが、今のところ先のパーティがなにかをしたわけでもない。そもそもアンデッドが人為的に出現させられているという事実すらまだ確認されていないのだ。気を揉むのは時期尚早がすぎるだろう。




