8章 エルフの里へ 09
焼却場は広場に深い半球状の穴が掘られた場所で、俺はその中に『アイテムボックス』から取り出した死体を次々と投げ入れた。ちなみに武具防具はもちろん衣服も貴重品なので剝ぎ取るのが常識らしい。日本人的感覚では死体から剥いだ物品を再度『アイテムボックス』に入れるのはためらわれるが、まあそれも今更ではある。
冒険者崩れのもの以外すべて投げ入れると、スフェーニア嬢が炎魔法を連続で発動してあっと言う間に灰にしてしまった。Cランク冒険者の魔法は恐ろしいまでの威力である。
しかし遺体の処理がこんな雑に済んでしまうのは、いくらファンタジー世界とはいえ驚きである。「賊の身元なんていちいち考えてたらキリがないわよ」とはラーニの言だが、相手が賊じゃなかったら……と思ったら、実は冒険者カードの謎機能で討伐した相手が賊かどうかは判別されているらしい。そういった裏のシステムがあってのこの扱いというなら一応納得はできなくもない。
ともあれ『アイテムボックス』もずいぶんと軽くなったので、俺たちはスフェーニア嬢と別れそのままダンジョンへと向かった。
マルロの里のFランクダンジョンは森の中にある大木型のダンジョンだった。トルソンの街で潜ったのと同じタイプで、出現するモンスターもキラービーやキラーシザース、キラーワームということで何の障害にもならない。
ボスは珍しく(?)通常ボスのキラービーソルジャー1体で、フレイニルの『聖光』一発で終わりであった。
新規獲得スキルは俺が『魅了耐性』、フレイニルが『鋼体』、ラーニが『毒耐性』だった。
男の俺が『魅了耐性』というのはなにか意味深な気もする。フレイニルが防御力アップの『鋼体』を得たのはかなり大きい。攻撃を受けやすい前衛のラーニが『毒耐性』を得たのも重要だ。疫病にも効果があるらしいのでなおさらである。
3時間ほどでダンジョンを踏破した俺たちは地上に戻った後、森の中に適当な広場を見つけてルーティンのトレーニングを行った。
里に戻るまでフレイニルがアンデッドを感知することはなし。例の件が俺の思い過ごしならいいのだが。
里の門をくぐるとラーニが俺の前に出てきて言った。
「ねえソウシ、夕飯までちょっと時間あるからエルフの里を見て回らない?」
「そうだな、せっかくだし見てみるか。買う物もあるかもしれないしな。フレイもいいか?」
「はいソウシさま。私もエルフの服や装飾品に少し興味があります」
珍しくフレイニルの言葉に積極的な感じを受ける。そういえば服は前も結構買っていたし、いわゆるファッション関係に興味があるのかもしれないな。
「なんかエルフの服ってちょっと違って面白いよね。アクセサリーとかお金がかかってる感じもするし」
「はい、そう思います。それにエルフの方がお造りになるアクセサリーは特別な力が宿っていると聞きますし」
ふむ、ゲーム的なステータス補正のあるアクセサリーとかなんだろうか。
中央通りを歩いて行くとまだ疫病対策中のため人は少ないが、店は普段通り開いているようだった。
食料品店や衣料品店など何軒か見たあと、俺たちは一軒のアクセサリー店に入った。
「いらっしゃいませ。……もしかして冒険者さんかな?」
奥のカウンターに座っていたのはエルフの男性だ。それまで装飾品の加工をしていたらしく道具を置いてこちら向き直った。
「はい。少し見せていただいてよろしいでしょうか?」
「もちろん構わないよ。目的は女の子への贈り物かな? それとも冒険に役立つ物を?」
「自分は役立ち品目当てですが……」
と言いつつフレイニルとラーニを見る。
「私は……両方です」
「私も両方かなっ」
「ということです」
と言うと、店主は「ははっ」と笑って、「向かって右が普通のアクセサリ、左が魔法効果が付与された実用品だね。まあゆっくり見ていってよ」と言ってまた元の作業に戻ってしまった。
俺は言われた通り左の棚にある実用品と言われたアクセサリを見ることにした。フレイニルとラーニは女の子らしく反対側のおしゃれアクセサリの方を一緒に見始めた。
棚に並んでいるのはお約束の通り、指輪や腕輪、首輪や足輪などだ。実用品と言われた通り装飾は最低限で、貴金属でできているわけでもなさそうだ。代わりに水晶のようなものがはめ込まれていて、なんとなく魔導具……魔法によってギミックを付加された道具……っぽさはある。
それぞれの商品の下には説明と値段の書かれた札が置いてあり、『炎耐性+1 700,000ロム』『身体強化+1 1,600,000ロム』などと書かれている。いいお値段がするのはまあ仕方ないとして、効果の表記がゲームっぽっくてどうにもインチキ品にしか見えないのが悲しい。
「そっちはどんな感じ……って、高っ!」
ラーニがこちらの棚を覗き込んできてのけぞる。確かにDランクなりたてパーティにはまだ早いといったお値段だ。
「値段は高いけど、上位ランクなら複数身につけるのが常識みたいなアクセサリだよ。命の値段だと思えば安いものさ」
店主が作業を続けながらそんなことを言う。まあ確かにその通りだろう。この表記通りの効果があるならできるだけ身につけておきたくなるものではある。
「ちょっと今の私たちには手が出せないね。それに今のところ自分のスキルで足りてない感じはしないし」
「もう少し稼げるようになって、Cクラスダンジョンあたりに行くようになったら考えるか」
ラーニの至極もっともな感想にそう答えて、俺はフレイニルが見ている方の棚に目を移した。
こちらは明らかにいかにもアクセサリーという感じの、様々な意匠が凝らされた装飾品が並んでいる。値段はピンキリで、屋台で売っていそうな数千ロムのものから大仰なケースに入った数百万ロムのものまでが並んでいる。棚にこんな高価なものを並べていいのだろうかという気もするが、エルフの里は治安がいいのだろう。
俺は熱心に見入っているフレイニルに声をかけた。
「なにか気に入ったものはあったかい?」
「あ、はい、そうですね……。これが可愛いと思います」
と言って示したのは、鳥をかたどった飾りのついたペンダントだ。値段は今の稼ぎでも十分に買える範囲。フレイニルはもと高位貴族なのでアクセサリーには目が肥えてると思うのだが、このあたり真面目な娘なんだろう。
「ふぅん、フレイって意外と可愛いもの好きだったり? もっとキラキラしたのに慣れてるんじゃないの?」
ラーニは相変わらずの遠慮のなさだが、フレイニルはその言葉にふふっと笑った。
「こういう動物をかたどったものは家でも教会でもつけさせてくれなかったんです。本当はこういうのが好きだったのですが」
「へぇ。じゃあ冒険者になってよかったねっ」
「そうですね。ソウシさまともラーニとも出会えましたし」
とちょっといい話になっているが、ちらと見ると奥で店主がこちらを見て笑っている。その目はどことなく「買ってあげるんだろ?」と言っている気がするが、まあそういう場面なんだろうな。
「あ~、じゃあそのペンダントは俺がプレゼントしよう。ラーニもなにか選んでくれ」
「えっ!? いいのですか? ありがとうございます!」
「ラッキー、高いの選んじゃおっ」
なんか祭りの出店で娘になにか買ってやる父親みたいな感じだな。まさか別の世界に来てこんなことをするとも思ってなかったが……こういうのも悪くはないかもしれない。




