8章 エルフの里へ 06
山のふもとで野営をして次の日は峠越えである。
ふもとの森から斜面を登っていくが、一応登山道のようにはなっており、前世で山歩きをしていた自分にはまったく問題のないルートだった。
ただ体格的に小さいフレイニルには段差が多少キツそうだ。体力的には問題ないが、手足の長さの差はいかんともしがたい。その辺りは俺やラーニが手を貸してやる。
むしろ大変なのはインドア派のホーフェナさんで、結局途中から背負子の上の人になってもらった。
「すみません、ソウシさんにはお世話になりっぱなしで……」
「依頼主なんですから当然くらいに考えてください」
と慰めるが、さすがに護衛依頼に背負って運ぶという業務はない気はする。お得意様へのサービスと思えばいいか。
途中で一回モンスターが出てきたが、それはスフェーニア嬢とラーニだけで片付けてしまった。
ただ気になるのはそのモンスターが大討伐任務で見たゾンビ犬だったことだ。エルフの里で疫病が発生したことと合わせると、いかにも胡散臭さが漂ってくる話である。
嫌な予感を覚えながらも斜面を登ること4時間ほど、俺たちは峠にたどりつくことができた。
眼下に現れたのは、山に囲まれた集落……というにはかなり規模の大きい里であった。
山間の森が切り開かれ、木造2~3階建ての家が規則正しく立ち並んでいる。家は300軒はあるだろうか。中央には広場があり、そこには一際大きな館が立っている。恐らく領主……里長の家だろうか。雰囲気的には集会場も兼ねている感じがする。
周囲は木と石で組み上げられた塀に囲まれ、正門と思われる場所からは谷に沿って道が伸びている。恐らくあちらがこの里にアクセスする正規のルートなのだろう。
いずれにしろ俺が勝手に持っていた森の民の里的なイメージとはだいぶ違う、どちらかというと『普通の人間の町』という感じである。
「思ったよりも大きな里ね。私のいた集落の3倍くらいありそう」
ラーニが感想を言うと、スフェーニア嬢が頷いた。
「マルロの里は平均的なエルフの里よりは少し規模が大きいですね。外部との交流を行っている里なので経済的にも発展しています」
「それだけに流行り病とかはどうしても増えるのよね」
というホーフェナ女史の言葉ももっともなのだろう。何ごともメリットデメリットは表裏一体である。
「人通りがいつもより少ない気がします。疫病が思ったより広がっているのかもしれません。食事を取ったらすぐに向かいましょう」
スフェーニア嬢に促され行動食を手早くとった俺たちは、里に向かって峠を下りていった。
正門前にたどりつくと、門番らしい武装したエルフの青年たちに声をかけられた。
はじめは怪訝そうな顔をしていた彼らだが、スフェーニア嬢を見ると急に直立不動の体勢を取り、丁重に里の中に案内してくれるようになった。スフェーニア嬢はエルフの間では有名人なのかもしれない。
エルフの里マルロは峠から見下ろした通りのイメージの集落で、木造の建物が整然と並ぶほかは特徴のない普通の町であった。
ただ中央の通りにすら人があまりおらず、奇妙な静けさに包まれている感じはする。スフェーニア嬢の言った通り疫病対策を取っているということなら、状況は決して良くはないのだろう。
ともあれ俺たちはスフェーニア嬢の先導で、まずは中央の里長の館へと向かった。
館で迎えてくれたのは、他の住人よりもやや高級そうなローブを身につけたエルフの男性だった。身なりから里長だと思われるのだが、どう見ても20代中盤にしか見えないのはエルフの特性ということか。
「これはスフェーニア様、お待ちしておりました。そちらは……おお、ホーフェナか。よく来てくれた、これで里も救われる」
そう言って心底安心したような表情をするのは、やはりそれなりに大事になっていたからだろう。彼はそのあと俺たちを見て「こちらは?」とスフェーニア嬢に聞いた。
「彼らは私とともにホーフェナを護衛してくれた優れた冒険者です。彼らがいなければ私たちは今この場にいなかったかもしれません」
「そうですか……道中なにかトラブルでも?」
「奴隷狩りが出ました。それも恐らくメカリナンの手の者です。冒険者崩れが複数いましたので」
「なんと……!? このような時にまた厄介な……」
「安心してください、連中は彼らとともに一掃いたしました。一人も残していないのでしばらくは大人しくしているでしょう」
「それはようございました。なるほど、それでは彼らにも感謝をしなければなりませんな」
「そうしてください」
スフェーニア嬢に促され、里長は俺たちの方に向き直り一礼した。
「私はこのマルロの里の里長をしておりますゴースリットと申します。この度のご助力に感謝いたします」
「冒険者のソウシと申します。こちらはフレイにラーニです。ホーフェナさまの依頼通りの仕事をしたのみですのでお気遣いなく」
と最低限の社交辞令をかわす。所詮こちらは部外者である。
とりあえず挨拶が済むと、ホーフェナ女史が周囲をキョロキョロしはじめた。
「さっそく患者さんを見て薬の調合を始めたいと思うのですが、どちらへ行けばよいのでしょうか?」
「それは助かる。隔離所を作ってそちらに収容しているので向かいながら状況の説明をしよう。ソウシ殿たちはこの後どうされるおつもりか?」
「我々はこの里の周囲のダンジョンを攻略しつつ、ホーフェナさまの仕事が終わるまで待つ予定です」
もとは里に行くまでの依頼だったのだが、『奴隷狩り』が出たのと、背負子での移動が快適だったらしく契約を延長したのである。疫病対策は時間がかかるのではと思ったのだが、「重症者さえなんとかなれば後は薬を作り置きしておけばいいだけなので」とのことで、一週間ほどで終わるだろうとのことだった。
「なるほど。でしたらギルドに近い良い宿を紹介いたしましょう。妻に案内させますのでお待ちください」
俺たちは里長の好意に甘えることにし、ホーフェナ女史とスフェーニア嬢とはいったんここでお別れとなった。




