8章 エルフの里へ 04
その日の夕方は農村の旅人小屋が満室で入れず、街道を少し外れたところで野営をすることになった。
もちろんそんなときのために『アイテムボックス』にはテントを買って入れてあった。前世のキャンプ用テントに比べれば重くて組み立ても面倒なものだが、野営においてテントのあるなしは天地の差がある。
出来上がったテントを見ながらスフェーニア嬢がつぶやくように言った。
「やはり『アイテムボックス』は高ランクパーティには必須ですね。ソウシさんがこのスキルをお持ちなだけでソウシさんのパーティの価値は高くなると思います」
「自分もまだ得たばかりのスキルですが、非常に便利だと思いますね。ちなみに料理の用意もしてありますので」
まな板や包丁や鍋、そして野菜や肉などの材料を取り出す。かなり値は張ったがガスコンロのような魔道具も買ってしまった。10階以上の深いダンジョン攻略に必須だと思ったものは今回一気に買い揃えてしまった。
「これはすばらしいですね。旅の途中で温かいものが食べられるというのは非常にありがたく思います」
「あらソウシさん、お料理なら私がやってもいいかしら? それくらいお役に立たせてくださいな」
料理道具一式を目にしたホーフェナ女史がニコニコ嬉しそうな顔をしながらそう言ってきた。キャンプの料理っていうのは確かに一種のアトラクションではある。
「ではお願いできますか。調味料も揃っていますので」
「まあまあ、これだけあれば美味しいものが作れそう」
「水が必要なら私が魔法で出します」
スフェーニア嬢も自然と手伝う感じになっている。というか魔法で水が出せるのも野営だと地味に大きいな。一応それなりの量を『アイテムボックス』に入れてはあるが、好きなだけ使えるのはありがたい。
そんなことを考えてると、ラーニがやってきて「やっぱりスフェーニアさん欲しいよねっ」とか耳打ちしてくる。ドヤ顔が復活してるのがなんとも言葉を返しがたい。
一方でフレイニルはホーフェナ女史のところに行って、材料を切るところを覗き込んでいる。
「あの、私もなにか手伝えることはないでしょうか? 料理を覚えたいので……」
「あらフレイちゃん、いいわよ、一緒にやりましょう」
どうやら旅の途中で料理教室も始まりそうな気配だ。
「そうだフレイ、結界魔法を使ってこの周りを覆ってくれないか? 風が入ってくると火が消えてしまうしな」
「はいソウシさま」
フレイニルの『結界魔法』内は窒息しないのは確認済みだ。空気は通すということらしいが風は通さないのが不思議なところだ。ある程度の運動量があるものを弾くとかそんな感じなのかもしれない。
フレイニルが『結界』を張るとスフェーニア嬢が感心したように言った。
「フレイさんは『結界魔法』を使えるのですか? これならソウシさんのパーティは野営で困ることがなさそうです。ホーフェナが指名したのも頷けます」
「うふふ、そんなことは知らなかったんだけど。ラッキーだったわね」
なおホーフェナ女史が作ってくれたスープは大変美味であった。スフェーニア嬢の水魔法で水がふんだんに使えるのでお湯を沸かして身体を拭くことも可能であり、非常に恵まれた野営をすることができた。
しかもフレイニルの『結界魔法』のおかげで夜番もいらないので、強さ以外も恵まれ過ぎたパーティになっていることが判明した。この点スフェーニア嬢のポイントが爆上げしただろう……というのはラーニの言である。
翌日も街道を歩くだけである。
そのはずだったのだが、昼過ぎにホーフェナ女史の体力が切れてしまったらしい。休憩を取りつつは進んでいたのだが、歩くペースががっくりと落ちてしまったのだ。
確かに歩くペースも少し早かった気がするし、『覚醒』していない一般の人にはキツかったかもしれない。ホーフェナ女史はどちらかというとインドア派な感じでもあるし。
仕方ないので『アイテムボックス』から背負子を出して俺がホーフェナ女史を背負うことにした。まあこうなる気はしていたので想定内である。
「ありがとうございますソウシさん。こんなに歩けなくなっているなんて自分でも思っていませんでした」
背中でホーフェナ女史が申し訳なさそうな声で言う。
「いえ、冒険者の歩きについていくのはキツいと思いますよ。気にせず身体を休めてください。あまり休まらないとは思いますが」
「そんなことはありません、申し訳ないくらい楽です。でも重くないでしょうか?」
「いえいえ、正直羽を背負ってるくらいに軽いですよ。もともと力が余ってる人間ですから何も背負ってないのと変わりません」
真面目な話ほとんど重さを感じないのは事実である。恐らく今の俺が本気を出せば1トンくらいは余裕で持ち上げられるだろう。冒険者を始めてから人間をやめた感は日増しに募るばかりだが、数字を出してみると余計にその感が強まるな。
「ソウシさんはこのような事態もすでに考えていらっしゃったのですね。しかも自然と依頼人のフォローまでできるのは、上位の冒険者には必要な素質だと思います」
スフェーニア嬢がそんな評価をすると、ラーニが見えない所でサムズアップをする。
フレイニルがなぜか俺の手を握っているのは、俺がホーフェナ女史を背負っていることに思うところがあるからだろうか。なんか親子感が強まってる気がするな。
さてそんな感じでのんびりな旅になりつつある感じだが、これから向かう峠の前あたりが危険地帯ということらしい。
モンスターが山から下りてくることもあれば盗賊の類が出ることもあるそうで、俺の『悪運』を考えればそろそろ対人戦が来そうな感じはしている。
普通は冒険者がいれば手を出してくることはないという話だが、盗賊の中には冒険者崩れもいるらしいし、なによりこちらは美女美少女の一団である。その気がある連中なら多少体格のいいおっさんが一人混じったくらいで見過ごすということもないだろう。
スフェーニア嬢は恐らく対人戦は経験済みだろう(Cランク昇格の条件に盗賊等の討伐があるらしい)が、フレイニルと俺はない。
「ラーニは人間相手に戦ったことはあるか?」
「えっ? 冒険者になってからはないけど、その前は奴隷狩りとかと戦ったことはあるわよ」
「奴隷狩り?」
思いがけずとんでもない言葉が出てきて驚く。フレイニルも目を丸くしているので普通の話でもないようだ。
「そ。私たち狼獣人って身体能力が高いから違法奴隷商に狙われやすいのよね。中には強引に集落を襲う連中もいて、そういう奴らは一人残らず返り討ちにするの」
「そんなことがあるのか……。酷い話だな」
「ソウシさんは今までそういう話を聞いたことがなかったのですか?」
スフェーニア嬢が怪訝そうな顔をする。確かに俺の年齢でその手の話を知らないのは妙なのかもしれない。
「自分は他国の出身でこの国に来たのは冒険者になってからなんですよ。それもまだ数か月なので、この国や周辺のこともよく知らないというのが本当のところですね」
「数か月? 年齢からベテランだと思っていたのですが……いえそうするとその短期間でDランクに?」
「ええそうなります。幸い運はいい方らしくて、パーティメンバーにも恵まれてますし」
と言ったが、恐らくそれだけでは説明がつかないはずである。Dランクにはどんなに早くても1年はかかるらしいし、実に異常な昇格速度ではあるのだ。
そんな話をしながら街道を歩いていると、越えるべき峠のある山脈がだいぶ近くに迫ってきていた。とりあえず夕方までにはふもとには着くことができそうだ。
だが実は、ちょっと前から俺の気配感知の範囲ギリギリを出たり入ったりしている気配が複数あった。街道から離れたところが森になっているのだが、その中に『何者か』が潜んでいるらしい。
モンスターならこちらの様子をうかがうことなどしないはずなので、間違いなく野盗の類だろう。やはり『悪運』スキルはこういう仕事もキッチリするようだ。




