24章 異界回廊 28
地下41階。
ここからは、帝国の『龍の揺り籠』でも経験のないモンスターが出てくる階層となるはずだ。
階段を下りていくと、そこはまるで野外のような空間になっていた。
地面こそ正方形の石畳が敷き詰められているが、天井はなく、頭上には一面雲が低く垂れこめた空が広がっている。
周囲を見回すと、このフロアは直径300メートルくらいの円形のようで、石畳の外側は木が密集した森になっていた。つまり森に囲まれた円形の舞台となっているようだ。
後ろを振り返ると小さな石の建物があり、入口の奥には俺たちが下りてきた階段が見える。逆に前方にも同じような小さな建物があって、その入口は扉が閉まっていた。
要するにダンジョンならではの不思議な空間ということになるが、すでにこれは王都のAクラスダンジョンで経験済みである。
ただもちろん未経験のメンバーもいて、ゲシューラなどは周囲を見回して、
「これはすさまじいな。どうのようにしてこのような空間を作り出しているのか想像もつかぬ。恐らく『異界』で見た、空間を拡張する技術の応用だろうが……」
と、彼女らしい形で感じ入っていた。
「ソウシさま、これはまたドラゴンが現れるのでしょうか?」
フレイニルがそう聞いてきたのは、Aクラスダンジョンの野外フロアがそうだったからなのだが、どうやらここはそうではないようだった。
というのも、俺たちがフロアの真ん中あたりまで歩いた時、周囲の森から急に物音がしたと思うと、周囲の森から次々と人型のモンスターが飛び出してきたからだ。
それはいわゆる『狼男』に近いモンスターであった。身体の作りこそ人間に似ているが、全身が灰色の毛皮に覆われており、その身には寸鉄一つ布のひと切れも帯びていない。頭部は完全に狼のそれで、爛々と赤く光る眼、そして口元の鋭い牙にはモンスターとしての凶暴性がにじみ出ている。
身体は大きく、2メートル半くらいはあるだろうか。毛皮越しに盛り上がる筋肉は、スピードとパワーを両立していると誰でもわかるほどのものである。
「『ウルフオーガ』というモンスターです。非常に強力な力を持ち、集団での狩りを得意とするモンスターのようです」
「これも初めて発見されたモンスターだ。情報はしっかり集めておきたいね」
マリアネとドロツィッテがそう言っている間に、ウルフオーガは森から現れ続けた。よく見ると頭の左右に短いツノが生えているが、それが『鬼』という名の所以か。
単体でもかなり強そうだが、今俺たちの全周囲を囲むウルフオーガは軽く500体はいる。集団戦は初めてではないが、このようなシチュエーションは滅多にない。
「ソウシさま、どのように戦いますか?」
「背中合わせに円陣になろう。俺は一人で円の半分を受け持つから、残り半分を皆でさばいて欲しい。シズナの『精霊』と合わせて前衛が半円を守って、後衛はその内側に入って援護だ。飛び道具を使ってくる可能性もあるから、フレイは『絶界魔法』も頼む」
「わかりました」
「全部は難しいが、『精霊』を使えば半分くらいなら余裕で守れるじゃろう」
「ねえソウシ、わたしみたいに『跳躍』使ってくる可能性はない?」
ラーニの指摘は盲点だった。
「ありそうだ。『精霊』の3体はそちらの守りにつかせておいてくれ」
「ソウシさま、『絶界魔法』を空中に張ることも可能です」
「本当か? 一番まずいのは後衛の間に飛びこまれることだ。後衛陣の頭上に張ってもらおうか」
「わかりました」
リーダーの足りなさを補ってもらえるのはありがたい。
その場で決まった作戦に従って、フレイニルやスフェーニア、シズナ、ドロツィッテ、ゲシューラら後衛陣が集まり、その少し離れたところをラーニ、マリアネ、カルマ、サクラヒメ、マリシエール、ライラノーラの6人が半円に立つ。その間を11体の『精霊』の岩人形と『絶界魔法』の半透明の壁が埋めれば、非常に強力な防御陣地が形成される。
ちなみにフレイニルの『絶界魔法』による壁は今最大5枚作り出せるようになっている。その強度は、懐かしの『暴走悪魔』の突進にすら耐えられるレベルである。Aランクモンスターの打撃も十分以上に防げるだろう。
され、一方で残り半分は俺の受け持ちだ。とはいえ、『圧潰波』を全開にすれば、こちらを突破できるウルフオーガは皆無だろう。
「ソウシ、そっち側は任せたからね!」
ラーニの言葉に「任せておいてくれ」と答え、俺は自分の受け持ちの正面を向いた。
このフロアの外側の森までは約150メートル、その向こうがわに、ズラリと並んだ巨躯のウルフオーガたちがいる。
ウオオオォォォン!
500匹のウルフオーガは、一斉に遠吠えのような声を上げると、凄まじいスピードで全周囲から突進してきた。構えた両手には鋭い爪が伸びていて、それで獲物を引き裂こうというのだろう。
当然のように『疾駆』スキル持ちなので、150メートルの距離を縮めるのに5秒ほどしかかからない。
無論それを黙って見ている後衛陣ではない。スフェーニアたちがそれぞれが放った魔法が、完全なカウンターで多くのウルフオーガに突き刺さる。一部超反応で躱そうとするものもいたが、一斉に突っ込んできている関係で動きが取れず魔法を食らっていた。
スフェーニアとシズナが放った『岩の槍』に貫かれ、ゲシューラの『真空の刃』に両断され、ドロツィッテの『レーザー』に斬り裂かれたウルフオーガが次々と消えていく。だがそれでも多くの者が残って、前衛陣に飛び掛かる。
しかもラーニの予想通り、6匹が前衛陣の直前で大ジャンプし直接後衛を狙いに来た。
だがその跳躍先には『精霊』のミスリル人形がいる。ウルフオーガより体格に優れた『精霊』は、ウルフオーガの飛び蹴りを正面からのパンチで迎撃し、相打ちながら力で打ち勝って倒していく。運よく後衛陣の真ん中あたりに着地できそうだったウルフオーガも『絶界魔法』の透明な壁に阻まれて、飛び蹴りを弾き返されていた。
その着地際に、なんとドロツィッテが細剣で滅多突きにして倒してしまう。普段魔法しか使わないが、ドロツィッテは細剣使いとしても達人の域にある。
一方前衛陣の方は危なげがない。
ラーニとマリアネはスピードで完全に圧倒し、1対2、1対3でも相手にしない。カルマなどは自慢の『獣王の大牙』で、2、3匹まとめて斬り裂いている。サクラヒメの薙刀『吹雪』はリーチの長さと手数の多さでウルフオーガをまったく寄せ付けず、マリシエールの『告運』スキルと卓越した剣技の前では、ウルフオーガはまるで一人相撲を取っているように手玉に取られて切り捨てられていく。ライラノーラは『装血術』で生み出した二本の剣を両手持ちして、華麗な動きでウルフオーガを圧倒している。もちろん『精霊』たちも打ち下ろすようなパンチでウルフオーガの頭部を粉砕している。皆が皆、凄まじい戦闘力である。
一方俺の方はというと、戦闘とも呼べない様相である。なにしろ『圧潰波』を10発放っただけで、300匹ほどのウルフオーガが血煙に変わって消えていったのだ。正直なところ、こういった開放空間の方が俺ははるかに戦いやすい。
500匹のウルフオーガが全滅するまでにかかった時間は10分少々だろうか。地面に散らばる500の魔石とその倍の数ツノだ。
「このツノはなにに使えるんだ?」
「粉にして調剤すると毛生え薬になるようです」
マリアネは鑑定結果をあっさりと言葉にしたが、俺はその価値の恐ろしさを直感した。
表情から、ドロツィッテとマリシエールもそれに気付いたようだ。
「これが本当に毛生え薬になるのなら、かなり高価なものになるんじゃないか?」
という俺の問いに、2人はすかさず、
「毛髪は実は貴族の間では大きな悩みでね。少なくない人間がかつらを使っているくらいなんだ。しかも男女問わずにね」
「その通りですわね。精神的なストレスと関係があるとか、髪の毛の悩みは根深いと聞いておりますわ。錬金術でも常に研究をしている人間がいるくらいですから」
と答えるくらいである。
「では研究者には申し訳ないことになるかもしれないな」
「ですがその研究者も《《必要があって》》研究をしておりますので、逆に喜ぶのではないでしょうか」
「なら救いはあるか」
と応じつつ、俺は苦笑いをするしかなかった。
しかし毛生え薬の需要はこの世界でも変わらずのようで、そこは少し安心をしてしまった。現代日本にもそんな薬があれば飛ぶように売れていただろうと思わずにはいられない。
俺の反応を不思議に思ったのか、フレイニルが俺を見上げて首をかしげた。
「毛の生えるお薬……ソウシさまには必要ありませんね」
「ん? ああ、今のところはそのはずだ」
「どんな姿になっても、ソウシさまはソウシさまですから」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが、まあ必要があれば使うさ」
冗談半分でそう答えると、カルマとサクラヒメが、
「いやいや、髪があろうがなかろうがソウシさんはソウシさんだからねえ。アタシは気にしないよ」
「うむ。それがしはソウシ殿のありように心を惹かれているゆえ問題ない」
とフォローをしてきて、なぜか俺に妙な疑いがかけられている雰囲気になった。
「いや、本当に今のところは大丈夫だぞ。親戚にもいなかったしな」
自然に語気が強くなる俺を、生暖かい目で見てくるメンバーたち。どうやら男にとって毛生え薬がどれほど重要か、自然と女性陣に伝わってしまったようである。




