24章 異界回廊 13
翌日、俺たちはアルマンド公爵領を出発した。
ここから王都までは、最短ルートの獣人の里経由でも10日ほどかかる。
しかしラーニやカルマが、
「里はこの間帰ったばかりだから寄らなくていいよ!」
「長旅になるって追い出された後だからねえ。こんな短期間で戻ったらしまりが悪くていけないよ」
と口を揃えるので、いよいよ『精霊獣』こと『聖獣ガルーダモス』を呼んでみようということになった。
「オーズ国からは離れているが来てくれるのか?」
「『精霊獣』さまはオーズ国だけのものというわけでもないからのう。ソウシ殿たちが助けたのも、王都の近くであったのあろう?」
とシズナにも言われてその通りと思い、街道から外れたところで『招精の笛』を使うことにした。
笛を吹くのは巫女であるシズナである。『精霊獣』を呼ぶための曲があり、シズナはそれを幼少より練習して身につけているのだそうだ。
『招精の笛』はいわゆる横笛で、シズナが吹くと、遠くまで届くような、腹に響くような不思議な音色を奏でた。
笛の演奏が終わってから十分ほど経ったろうか、空を見ていたスフェーニアが、
「どうやら来たようですね」
と、空の一点を指さした。
そちらに目を凝らすと、ゆったりと羽ばたいて飛ぶ巨大な蛾の姿があった。
「本当に飛んでくるとは、驚きましたねソウシさま」
「ああ、信じられない光景だな。しかし本当に乗せて飛んでもらうだけで呼んでよかったのだろうか」
「しかし今が緊急時なのは間違いありませんから良いのだと思います」
「そう思ってもらえるとありがたいんだがな。ま、文句を言われたらシズナに説明をしてもらおう」
とフレイニルと話をしているうちに、『精霊獣』こと『聖獣ガルーダモス』は、空を覆うほどの大きな姿を上空まで運んできていた。
無論好奇心の塊であるドロツィッテが騒がないはずもない。
「これが話に聞いていた『聖獣ガルーダモス』なのか! なんと神々しい姿! ソウシさん、そうは思わないかい!?」
「実は最初モンスターかと思っていたんだけどな」
「でもそこで並の存在ではないと気付いたから助けたんだろう?」
「それもあるが、マリアネが『鑑定』を使えたお陰でもある」
俺の国に巨大な蛾が人間の味方になってくれる物語があったからだ、と言ったらどんな反応をされるだろうか。
なお、当然ながら初めて『聖獣ガルーダモス』を目の当たりにするカルマ、サクラヒメ、マリシエールは空を見上げて固まっていた。
「いや、これはたまげたね。話には聞いていたけど、こんなのに乗って空を飛ぶのかい?」
「今思い出したが、確か昔読んだザンザギル家の古い書物に、空を覆うほどの羽根を持つ聖なる神の使いの話があったはず……」
「まるでおとぎ話のような光景ですわね。このような存在の力を借りられるなどというお話は、それこそ神話まで探さないとないのではないでしょうか」
それぞれ感想を言っているが、特にサクラヒメの言葉にドロツィッテが反応して、ザンザギル家の古書を見せてもらえないか交渉を始めている。
なお『黄昏の眷族』であるゲシューラや、超越的存在であるはずのライラノーラも、『ガルーダモス』がやってきて目の前で着地をすると、
「これほどの不思議な光景は滅多に見られるものではない。ソウシの元にいると飽きることがないな」
「この大きな蛾は、普通の生物でもモンスターでもないようですわ。このような不思議な存在が地上にはいるのですね」
と、それぞれ感じ入ったようにうなずいていた。
しかしライラノーラの反応からすると、『ガルーダモス』の存在は、『神』も認識をしていなかったようだ。ライラノーラを作った『神』は遥か昔にこの地を去ったようなので、『ガルーダモス』はその後に生まれた存在なのかもしれない。
ともかくシズナに『ガルーダモス』と話をしてもらうと、どうやらここから王都まで、さらには王都から帝都までも乗せてくれるらしい。
「どうやら『精霊獣』さまは、『ソールの導き』が『大いなる災い』に対して力を尽くしていることをご存じのようじゃ。それを手助けするよう、『精霊女王』さまから依頼されておるとのことじゃ」
シズナがそう言っているが、それはそれでとても不思議なことである。
「『精霊女王』様は『大いなる災い』のことを知っているということか」
「うむ。どうやら『大いなる災い』は、放っておけば『精霊女王』さまの居所にまで災いをもたらす存在らしい。だからこその助力ということじゃ」
「意外と現実的な理由があるんだな」
まあそもそも『ガルーダモス』は恩がえしという、ある意味現実的な理由で背に乗せてくれていた。『精霊女王』様が自分にも利があるから助けるというのであれば、それはそれでわかりやすくてありがたいかもしれない。
ともかく全員で『ガルーダモス』の背に乗ったが、さすがに12人が乗ると、いかに巨大な蛾であってもかなり重そうである。
それでも『ガルーダモス』重さを感じさせずふわりと舞い上がり、そして高度を一気に上げると、すぐに速度に乗せて飛行を始めた。
乗るのは3度目となるが、前世でも味わうことのできなかったオープンエアでの空の旅である。
当然初めて乗るメンバーはその圧倒的な体験に声を失ったり、ひたすらはしゃいだり、空から見下ろす大地の様子に感動したりと、それぞれの反応をしていた。
見渡せば王国の様子が一望できるので、俺としてもつぶさに観察をすることにした。3回目にして余裕が出てきたからか、地上の様子が前世日本のそれと全く違うことにようやく気付くことができた。
違いというのはもちろん「圧倒的に人の住む領域が少ない」ということである。森や山は仕方ないとして、平原でも人の手が入っていない場所が少なくない。農村のような集落や小さい町などは散在しているが、その規模は日本とは比べるべくもない。やはりここは異世界なのだと再確認する。
さて、『ガルーダモス』の飛行だが、2時間ほど経った時に、シズナが「むっ」と急に声を上げた。
「どうした?」
「『精霊獣』さまによると、この先にモンスターの集団がいるそうじゃ。しかも逃げる人間を追いかけているらしいぞえ」
「それはまずいな。そっちに向かうよう頼んでくれないか?」
「了解じゃ」
ガルーダモスがわずかに飛ぶ方角を変え、さらにグッと飛行速度を上げた。
高度を下げ始めると、前方に街道が見えてきた。その街道を4台の馬車が王都方面に走っていて、後ろを10匹ほどのモンスターが追いかけている。
六本足で赤い色の巨大トカゲ『サラマンダー』である。尻尾が太く短いが、それでも全長が10メートル以上はありそうだ。サラマンダ―としては標準体型だが、Cランクモンスターの群れが地上に現れるというのは異常事態に違いない。
「シズナ、『ガルーダモス』に馬車が走っていく先に着陸するよう言ってくれ。着陸したらフレイニル、スフェーニア、シズナ、ドロツィッテ、ゲシューラは魔法を撃ち込んでくれ。倒すより動きを止めるのを優先で頼む」
「はいソウシさま。『聖光』を『範囲拡大』で降らせます」
「では私たちは、『アイスジャベリン』を私とシズナ、ゲシューラ、ドロツィッテの4人で広範囲に降らせましょう。サラマンダー相手なら氷が効くはずですので」
最適な攻撃プランをすぐに出してくれるメンバーに「それで頼む」と答える。
ガルーダモスが指示通り、馬車が逃げてくる方の街道の脇に着地した。
と、それはいいのだが、馬車の御者がガルーダモスを新たなモンスターだと勘違いして、顔を引きつらせているのが見えてしまった。
「ラーニ、マリアネ、御者にそのまま逃げるよう伝えてくれ」
「了解っ!」
「了解しました!」
2人は消えるように走り去り、一瞬で馬車のところまでたどり着く。しかもその後馬車と並走をして御者に言葉を伝えたようだ。その動きは完全に人間離れしていて、それはそれで御者も驚いているようだった。
馬車がこちらに来ると、後ろのサラマンダーたちの姿が見えてきた。赤い巨大トカゲの群れは速度こそ馬車よりやや遅いくらいだが、地響きを立てて迫る様子は一般の人間から見ると絶望以外何ものでもない。
しかもサラマンダーはCランクのモンスターなので、あの群れを相手にするには最低でもBランクの冒険者パーティが2つ以上必要だろう。
「ソウシさま、魔法行きます」
「頼む」
サラマンダーが射程に入ったところで、後衛陣が一斉に魔法を放った。
サラマンダーの群れの頭上から光の矢が降り注ぎ、200本を超える氷の槍が放物線を描いて飛んでいく。
それらの攻撃は10匹いたサラマンダーたちに満遍なくダメージを与え、それだけで5匹のサラマンダーが倒れ伏した。
残り5匹もすでに虫の息で、先行していたラーニとマリアネがすべて止めを刺してしまった。
「ちょっと、アタシたちにも残してほしいねえ」
とカルマが文句を言うが、まあCランクモンスター相手では全員が出る幕はないだろう。
その時はすでに俺たちを通り過ぎていた馬車だったが、サラマンダーが倒されたのを見たのか、速度を落として停車した。
その最後尾の馬車から恰幅のいい中年男性が下りてきて、こちらに向かって手を振りながら走ってくる。
「やはり『ソールの導き』の皆さんでしたか! いやはや、また助けられてしまいましたな!」
髭を生やしたその人物は、王都で三本の指に入る商会、トロント商会の会長であるトロント氏であった。
まさかこんなタイミングでこのような形で再会することになるとは、俺の『天運』スキルも細かい仕事をするものだ。だがまあ、大切な知己を失わずに済んだのはありがたい。ここは素直に感謝をしておこうか。




