24章 異界回廊 11
『異界』を通ってアルマンド公爵領の鉱山へと出た俺たちは、鉱山を出て再び馬車に乗り、アルマンド公爵領の都へと向かった。
すでに夕方に近かったので鉱山跡地で一泊してもよかったのだが、それをせずすぐに鉱山を出たのには理由がある。
俺を案内してくれた兵士、恐らくは隊長格の兵士だろうが、彼がこっそりと「侯爵閣下がお連れになっているご婦人方はここの兵士には刺激が強すぎますので……」と言ってきたのである。さすがに侯爵である俺相手に不心得者が出ることはなかろうが、兵士たちが落ち着かなくなるということはあるだろう。そもそも『ソールの導き』で最も体力的に劣るフレイニルですら並の冒険者よりよほど強い。とはいってもトラブルは双方にとって面倒しかないので、隊長の言に従うことにした。
鉱山を出て一時間もすると日が落ちかけてくるので、今日進むのはそこまでとした。
野営はいつもの通りの快適さだ。夕飯を食べ終わって全員でお茶や酒でゆっくりしていると、サクラヒメがふと、
「やはり夜があるというのは大切なのでござるな」
としみじにと口にした。
シズナが反応して「どういうことじゃ?」と質問すると、サクラヒメは空を見上げて答えた。
「『異界』でこのように野営をしようとしたら、あの妙な明るさの下で眠らないといけないであろう。天幕の中とはいえ、あれでは眠れる気がしないのだ」
「なるほど、それはわらわも同じじゃのう。『異界』はどれだけ時が経っても空が変わらぬから落ち着かぬのは確かじゃ」
なるほど、『異界』に行ったことで夜の大切さを知るというのは面白い話である。シズナの「落ち着かない」という感覚もよくわかる。
「確かにシズナのいう通り、『異界』はずっと滞在していると身体や精神に変調をきたすかもしれないな」
「そうだね。人間の身体や精神っていうのは、夜になると自然と休まるようにできているみたいだからね。ずっと昼間だと身体も心も休まる暇がなくなってしまいそうだ」
俺の言葉に、ドロツィッテがそう付け足してくれる。
「そういえば、『異界』だと経過した時間がわからないのも困るな。今日みたいに1日で移動できる距離ならいいが、長く『異界』に滞在するとこっちの世界と時間の感覚がずれそうだ」
「それもあるね。時間の感覚がないから知らないうちに無理な移動をしてしまうかもしれない」
「そうするとやはり時計が必要だな」
この世界、魔石が発する魔力を動力源とする魔導具というものが発達しているのだが、魔力の特性なのか、いわゆる物理運動を生み出す道具がほとんどない。毒を感知するとか冷気を発するとか、現代地球から見ても高度な機能を持つ魔導具はあるのだが、例えば回転運動をする道具というものは存在しない。
ゆえに時計も発達しておらず、大型の機械式時計はあって、大きな町ではそれを元に時刻を知らせる鐘が鳴らされたりはしているものの、携帯用の時計は存在しない。
しかし携帯できる時計となると、その発明まではかなり時間がかかることだろう。この世界、まだ振り子すら発見されていないようであるし。
などと一部時計マニアの先輩の蘊蓄を思い出していると、ものづくりが趣味のゲシューラが俺の方を見てきた。
「『黄昏の庭』では、時計といえば太陽の位置や水の流れを利用するものがあるが、ニンゲンはどのような形のものを使っているのだろうか」
「俺は現物を見たことがないが、多分いくつかの歯車を組み合わせたものだろう。動力源は錘とかバネとかだと思うが、誰か詳しく知っているか?」
そこで答えてくれたのはマリシエールだった。
「帝城のものは水を流して歯車を回していたと思いますわ。回る力をいくつかの歯車などを用いて一定の速度に調整して時間を測っていると聞きました」
「なるほど。しかしそうするとかなり大がかりなものだな」
「持ち運びは無理ですわね。それに時計に用いられている技術は門外不出となっていますので」
「ああ、そうだろうな」
技術は莫大な富を生むものであるし、秘匿されるのはどの世界でも同じだろう。
俺も帝国では、特許のようなものを取得している身であったりする。
「ソウシはその時計についてもなにか知っているのではないか?」
ゲシューラがそう聞いてきたのは、俺が今までにいくつか現代地球の曖昧な知識を彼女に伝えているからだ。『ソールの導き』の馬車が高性能なのも、実は俺がサスペンションなどの知識を彼女に伝え、その結果彼女が馬車に改良を加えたからである。
「そうだな。聞きかじりで良ければ、正確な時を刻む機構の知識はなくもない」
「歯車を回す動力なら、すでに回転運動を生み出す魔導具は完成しているゆえそちらを流用できる。すぐにその知識を教えてもらってよいか?」
「回転運動の魔導具……できたのか?」
ゲシューラが何気なく言うので聞き逃すところだった。
だいぶ以前、自動車の話をした時に、確か作ると言っていた。しかしこの忙しい『ソールの導き』の活動の中でいつそんな研究をしていたのだろうか。本当に彼女の熱意には驚かされる。
「うむ。ただ動力源としての力はまだ小さいのだがな。しかし歯車をいくつか動かすくらいならできるだろう」
「なら俺の知ってることを教えようか」
どうも妙なタイミングでまた大きな発明がされてしまいそうだが、まあゲシューラはすでにパラダイムシフトを促すものを作っているから今さらと言えば今さらだろう。
俺が気にするべきは、その技術をいつ、どうやって広めるかということだろうか。もっともそんな重要なことを俺が上から目線で考えるというのも、この上なく僭越な気はするのだが。




