24章 異界回廊 06
オーズ国の行政府『精霊大社』。
その応接の間にて、俺たちは大巫女ミオナ様と対談を行っていた。
挨拶と雑談が終わるとそこで話はいったん途切れ、そしていよいよ本題へと入った。
居住まいを正したミオナ様が、再び口を開く。
「さてソウシ殿、シズナからも聞きましたが、まずは『悪魔』の元を絶たれた由、まことにありがとうございまする。最近になって『悪魔』の出現が急に増し、その対応に追われていたのですが、数日前よりそれがピタリと止み、もしや更なる災いへの予兆ではないかと危惧をしていたのです。しかしそれがソウシ殿たちの手柄によってなされたことと知り、心底安堵をいたしました」
「それには我々も胸を撫でおろしているところです。『悪魔』を生み出していた機関は停止をいたしましたので、今後『異界』から『悪魔』が現れることはないでしょう。ただ既に現れてしまっていた『悪魔』がまだどこかに潜んでいる可能性はありますが」
「引き続き、しばらくの間は警戒を続けさせましょう。して、さらに驚くようなお話ですが、ソウシ殿たちは『悪魔』と関わりのあるその『異界』を利用して、なにやら壮大な計画を考えておられるとか」
「はい。簡単に申しますと、『異界』を通ることで、こちらの世界での移動時間を大幅に短縮できるのです。例えばメカリナン国の王都からこのガルオーズまで、1日もかからずに移動できるようになります」
俺がまず大雑把な話をすると、ミオナ様は深くうなずき、セイナは再び目を輝かせ、そしてその場にいた2人の神官は目を大きく見開いた。
「それはむろん国内での移動も容易になるということでしょうか?」
「はい。『異界の門』さえ設置すれば、例えばガルオーズから国境近くまでを短時間で移動できるようになります」
「それは実現すれば素晴らしい恵みがもたらされるように思いますのう。『精霊女王』様が速やかに受け入れよと託宣を下すのも当然でございまする」
そう言えば、事前にそんなことを聞いていた。
オーズ国は他国との交渉を一切断っている国なので、『異界回廊』については一番難色を示すと思っていたのだ。だが『精霊女王』様という絶対者からの指示という『抜け道』があったというのは俺としても盲点であった。
「これによりもたらされる変化は相当大きなものがあると予想されます。その中でも、直近でもっとも重要となるのは冒険者の移動が速くなるということです。『悪魔』は去ったものの、実はさらなる厄災がこの大陸に訪れそうなのです」
「『大いなる災い』のことでございましょう。『精霊女王』様も、未曽有の危機がこの地に訪れるとおっしゃっておられます。この度の『異界』の使用に関しても、そのことが理由にあるだろうというのは、我らの意見が一致しているところでございまする」
なるほど、そこまで『精霊女王』様が託宣を下しているなら話は早そうだ。
しかし『大いなる災い』とか『異界回廊』とか、裏を取りようもない話があっさり通じてしまうのはこの世界ならではかもしれない。
「では、『異界の門』の設置に関しては……」
「無論設置をお願いいたしまする。場所の選定も既に済んでおりますので、いつでも行っていただいて構いませぬ」
と答えて、一礼をするミオナ様。
『異界回廊』に関しては事前に話し合わないといけない事が多くあるとも思うのだが、どうやら『精霊女王』様の言葉が最優先されるようだ。
といっても、実際に『異界の門』を設置してみないとわからないことも多い。
ここは『精霊女王』様に感謝をしつつ、早速仕事に取り掛からせてもらうとしよう。
ゲシューラとライラノーラに相談をしたところ、『異界の門発生装置』はいつでも稼働できるとのことだった。
なので善は急げとばかりに、翌日の午前に『異界の門』を設置をすることにした。
ミオナ様に指定された場所は、なんと『精霊大社』の敷地内だった。
『精霊大社』の周囲は広大な和風の庭園になっているのだが、その一角に大きな白塗りの倉のような建物がたっている。
それはそのまま倉庫であったらしいのだが、ミオナ様に先導されて入ったその建物の中は完全にがらんどうだった。
「『精霊女王』様の託宣があり、すぐに用意をさせたのです」
とのことで、早速『アイテムボックス』から『異界の門発生装置』を取り出して壁に立てかけ、その前にBランク魔石3000個を置く。
なおこの場には、『ソールの導き』の全メンバーほか、ミオナ様、セイナ、そして男女6人の神官と、元冒険者の近衛兵10人がいる。彼らは大型の魔導具である『異界の門発生装置』にも驚いていたが、その前に積み上げられた魔石の山にはさらに驚いていた。実はBランクの魔石3000個というのは、下手をすると小さな領地の年間予算に匹敵するくらいの価値があるので当然であるのだが。
「では『異界の門』を開きます。ゲシューラ、ライラノーラ、頼む」
俺の指示でゲシューラが『異界の門発生装置』を操作し、ライラノーラが魔石を『根源』に変換する。魔石から抽出された『根源』は、ライラノーラを経由して、赤い糸のような形状となって『異界の門発生装置』の水晶へと絡みつく。
ゲシューラがさらに操作をして座標を設定すると、『異界の門発生装置』は低くうなり出した。そしてなにもない空間に唐突に黒い点が現れ、それが徐々に広がっていく。そして5分ほどで、人が1人通れるくらいの楕円の穴となった。
「おお、これが『異界の門』。確かにこの穴の向こう側から、この世のものではない気の流れを感じまする」
ミオナ様は口元を扇子で隠し、目を見張りながらそう口にした。セイナもコクコクと何度もうなずいて、
「不思議な感覚です。この向こう側には、『精霊女王』様のお力がまったく感じられません。そのような場所がもしあったとしたら、それはお話に聞くような不毛の大地となるのでしょうね」
と、興味深いことを言った。それを受けて、シズナは手を叩いて、
「そういえばそうじゃのう。この先には『精霊女王』様のお力が感じられぬのじゃ。だからあのような土地なのじゃな」
と感心していたが、それによって彼女が「自分は大巫女に向いていない」と自認している理由がわかってしまい微笑ましい気分になる。
「ソウシ殿、この先の『異界』へと入ってみたいのですが、よろしいでしょうか?」
ミオナ様の言葉に「まずは私が入って確認をします」と断って、俺は新たに出来た『異界の門』に入ってみた。もちろんその先にはすでに慣れてしまった『異界』の、全てが紫がかった不毛の大地が広がっていた。
その後全員で『異界』へと入ると、ミオナ様たちは驚きの声を上げ、周囲を見回し始めた。
「これが『異界』……。まっこと不可思議な世界が存在するものですのう。しかもセイナが言うように、この世界では『精霊女王』様の声が届かぬようです」
「お母様、それでもシズナ姉様が『精霊』を呼び出せたのはなぜでしょうか?」
「『精霊』はその人間につくと言われておるゆえな。我らも呼び出すことはできようぞ」
面白いやり取りが聞こえてくるが、オーズ国の人間が扱う『精霊』というものも、『異界』に劣らないくらい不思議な存在である。
「ソウシさん、少し周囲を見回ってきます」
スフェーニアがそう言って、ラーニやカルマ、サクラヒメ、シズナとともに、シズナが呼び出した獣型の『精霊』に乗って周辺調査へと散っていった。彼女たちの目的は、今いる場所がどこなのかの確認である。
といっても遠くに『造人器』の塔が見えるので、現在位置の確認はそこまで難しいものでもないだろう。この『異界』は土地の高低がなく、しかも見える限りにおいて地平線が存在しない。もしかしたら完全な平面で構成された空間なのかもしれないが、それはともかく目が利くスフェーニアなら、メカリナン側に開いた『異界の門』すら目視できるだろう。
なお、彼女らには全員『通話の魔導具』を持たせてある。『通話の魔導具』はあまりに有用なものなので、ゲシューラに無理を言って時間がある時に製造を頼んでいる。
しばらくするとスフェーニアたちが全員戻ってきた。
報告によると、
「メカリナンに開いた『異界の門』の場所が確認できました。見た限りでは、冒険者なら2刻半、一般の人間でも一日かからず移動できるでしょう」
とのことだった。「2刻半」は約5時間だが、オーズ国とメカリナン国の都同士がその距離で結ばれてしまうことがこれで確定した。側で聞いていたミオナ様もセイナも神官たちも、それを察してひそひそと話を始めている。
その後再び『異界の門』を潜り、元の世界に戻った。
『異界の門』を開いた倉庫については、すでに衛兵が見守る体制はできていた。『異界の門』自体は人が一人通れるくらいのものなので、今のところそこまで管理は難しくはない。しかし世界初の、それも常識を覆すようなものなので、管理するにも使用するにも規則が、しかも国際的なルールが必要になる。
それについて、応接の間に戻って再度ミオナ様と話をすると、
「あの『異界の門』は、しばらくの間、わが国では冒険者のみの出入りを認める方向で話を進めたいと思いまする。扱いとしては国境の関所と同じとなりましょうな」
とのことだった。
「わかりました。メカリナン国、ヴァーミリアン王国、アルデバロン帝国にはそのように伝えておきましょう」
「よろしくお願い申し上げまする。しかしこれからこの世がどのように動いていくのか、まことにわからなくなって参りましたのう。特にあの『異界』、国によっては誰の領地とするのかで揉めたりもしそうですのう」
「領地、ですか?」
「うむ。新たな土地があれば、それが誰のものなのかというのは常に争いの種になるもの。特に商人などが行き来をして利を生むとなれば、通行権を誰が有するかなども問題となりましょうぞ」
「確かに……そうですね」
「もっとも、『異界』を開拓したのはソウシ殿であるゆえ、『異界』そのものはソウシ殿の所有ということになろうがのう。むしろソウシ殿がそれを主張せねば、つまらぬ争いのもとともなりましょう」
「なるほど……」
確かに『異界』の所有権については、皇妹マリシエールやハイエルフのスフェーニア、グランドマスターのドロツィッテも少しだけ口にしていたところである。彼女らはミオナ様の言葉に深くうなずいているが、全員が同じ考えのようであった。
「わかりました。出口側の管理などは各国で、ということになるでしょうが、『異界』については自分の所有物であるとして話を進めるようにいたします。ご助言ありがとうございます」
「お役に立てたならなによりでございます。ところであの『異界の門』を開くのに使用した魔石なのですが……」
とミオナ様が言いずらそうにするのは、実は事前に話をしていなかったからである。
これは完全に俺の手落ちで、普通に考えれば、『異界の門』を開くのであればその国で魔石を用意するとか、対価を払うとかの話になってもおかしくはないのである。
そもそも、メカリナンに開いた『異界の門』についても、リューシャ女王に、
「ソウシさんたちが『異界』に行って『悪魔』の発生を止めたということになれば、それにかかった費用、少なくとも『異界の門』を開くときに使った魔石分の費用は各国で出さないといけないものです」
と後から言われたのだ。マリシエールやドロツィッテもその点については「後で対価を要求することは必要」と口にしていた。
「それについては、やはり各国の代表と話をして決めたいと思います。国家間の力関係でいけばアルデバロン帝国の皇帝陛下の意見が強く反映されるでしょうし、そちらとの話し合いの後にしたいと思います。ただ少なくとも、あの魔石にかかった費用を補填してほしいという話を急にすることはありません」
「そうでございますか。もちろんもともと褒賞を出すことは決まっておりまするが、あの量の魔石分には到底及びませぬゆえ」
「オーズ国はシズナの母国ですから、私がなにかするのは当たり前のことです。それに対価を求めることは基本的にするつもりはありません」
俺がわざと「シズナ」を呼び捨てにしてそう言うと、ミオナ様は一瞬目を見開いて、それからこちらの意味を汲んでくれたのか、深く礼をした。
「ありがとうございまする。このご恩、オーズ国の者は未来永劫忘れることはないでしょう」
最後は大袈裟なことを言われてしまったが、そんなところで会談を終え、俺たちは一旦宿へと戻った。
1月23日の更新は休ませていただきます
次回は1月26日の更新になります




