24章 異界回廊 04
メカリナン国のBクラスダンジョンに潜り、新たに『シャンプー』を得たその翌日。
『異界回廊』開通の打診をしていた国のうち、まずはオーズ国から連絡が来た。
「『異界の門』を開くことについて、精霊女王様から受け入れよとの託宣が下った。ついては急ぎオーズ国まで来られたし」
との旨が冒険者ギルド経由で伝えられたのである。
時を同じくして、ヴァーミリアン王国及びアルデバロン帝国からも、
「『異界』によって距離的な障壁が取り払われることが事実であれば、『異界の門』の設置は必須と考えている。できるだけ王都・帝都まで速やかに来られたし」
という連絡が、メカリナン王室経由で伝えられた。
もちろんそれと同時に、各地に出現していた『悪魔』を止めた『ソールの導き』に対する感謝の言葉も添えられていた。そちらについては、どうやらやはり各国で褒賞をもらう話になるようだ。
「メカリナンでも『ソールの導き』に対しては新たに褒賞をお出しします」
とリューシャ女王にも言われているのだが、メカリナンは国家再建中であるし、後日にしてもらいたいとこちらからお願いしているところである。
ともあれ早速翌日にオーズ国へ発つということにして、その日は旅の準備をして過ごした。
夜、自分の部屋でベッドに寝転がっていると、廊下に人の気配が近づいてきて、そしてドアがノックされた。
入ってきたのはなんと、灰色の髪の少年にも見える少女、リューシャ女王だった。
昔見たようないたずらっ子のような表情で、小さく舌を出しながら部屋に入ってくる。
「お休みのところ済みません、お話をしたくて来てしまいました」
「それは構いませんが……、しかしその、お一人でというのは問題があるのでは……?」
そういえば、似たような会話を以前もしたような気がする。
ただあの時はリューシャ女王は少年だと思っていたので、そこまでマズいとも思わなかった。だが彼女が女性であるとなると、男の部屋に一人で入るというのは非常に重い意味を持ってしまう可能性がある。
「見られなければ大丈夫ですよ。それにむしろ見られた方がいいんです。だって僕の相手がソウシさんとなれば誰も文句は言えませんから」
そう言いながら椅子に座るリューシャ女王。
とんでもない冗談を言うものだが、周囲に人の気配はないので見られてはいないはずだ。せいぜい後でラーニが匂いで気付くくらいだろう。
「リューシャ様が無茶をされると、ミュエラが後で頭を抱えると思うのですが」
「ふふっ。実はミュエラは知っているんですよ、僕がソウシさんのところに行くって」
「いや、それは、そうなのですか……?」
「ええ。だって本来ならミュエラが来るべきでしょう? 明日にはソウシさんはまた旅立ってしまうんですし」
言われてみればその通りで、むしろ俺も彼女が来るのではないかと内心思っていたところではあった。
しかし、そうだとすると猶更リューシャ女王がここに来るのはなにか深い意味があるのではと、少し不安というか妙に落ち着かない気分になる。
その気持ちが顔に現れていたわけでもないだろうが、リューシャ女王は再びいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「でも、ソウシさんが僕のことを男だと思っていたというのは知りませんでしたね。確かに男の格好はしていましたが、ソウシさんほどの人なら見破っているかと思っていたんですが」
「それは……ああ、アースリンから聞いたのですね」
「ええ。アースリンさんも驚いていましたよ。ミュエラは笑ってましたけど」
「先入観というものはどうにも厄介なもので。特に自分のように頭が固いと修正が効かないのです」
「頭が固い人が、『異界』を利用して世界を変えようなんて考えつきませんよ。僕はソウシさんはとてもすごい人だと思います。あの城壁をものともしない力もそうですけど、普段の言動も落ち着いていますし、全然飾ったりもしないですし、偉ぶったりもしないですし、パーティの皆からも慕われてますよね」
「そのあたりは、年を取った人間なので多少は……というところでしょうか。元はただの商人くずれですから」
飾らないとか偉ぶらないなんていうのはただ小心者なだけなので、それを評価されるのは俺としては居心地が悪いことこの上ない。メンバーから慕われているというのも色々あってのことなので、そこも素直に首肯しがたいところである。
「私などよりも、リューシャ様があまりにご立派な様子なので驚いています。そのお年で王……いえ、女王という位をお務めになるのは並大抵のことではないと思うのですが」
あまり俺のことを突っ込まれても困るので、逆にこちらが褒める側に回ることにした。というか、これは彼女に再会してからずっと言っておきたいと思っていたことだった。
急に褒められたからか、リューシャ女王ははにかむように笑った。
「ソウシさんにそう言ってもらえると照れますね。でも実務はほとんどミュエラがやっていますから。僕は上がってくる件について了承をするだけなんです」
「いえ、人の上に立つというのはそれだけで大変な重圧があるものです。自分などパーティのリーダーというだけで胃が痛いくらいですからね」
「あはは、ソウシさんでもそういうことがあるんですか? 信じられませんね」
「そんなことばかりですよ。今回のように未知の場所に行って戦うとなるとなにがあるかわかりませんからね。彼女たちが傷つくのは最大限避けないといけませんし」
と言うと、俺の言葉のなにに反応したのか、リューシャ女王は急に俺の顔をじっと見つめるようになった。
「……そういう風にソウシさんに思ってもらえるのは少し羨ましいですね。ミュエラも……」
そこで言葉を切って、少しだけ拗ねたような表情を見せるリューシャ女王。
しかしすぐに元に戻って言葉を続けた。
「そういえばソウシさんたちとダンジョンに入る約束をしていましたが、先延ばしになりそうですね」
「北の帝国まで足を伸ばすことになりそうですが、その後はこちらに戻って参りますので。それに『異界』の通路が使えるようになればこちらに来るのも簡単になりますし」
「あ、そうか。帝都からここまでなんて、早くても2カ月くらいかかるものですけど、『異界』が使えればどれくらいになるんでしょう」
「実際作ってみないとわかりませんが、3、4日くらいには短縮できると思います」
「すごいですね! 開通したら是非使ってみたいです。他の国の王都や帝都にも一度行きたいと思っていますし」
「帝都には私の家がありますので、よろしければおいでください」
「えっ!? そうなんですか!? そういえばソウシさんは帝国の爵位をお持ちでしたね。あ、でしたらメカリナンにも家が必要ではありませんか。よければすぐに用意させますよ!」
急に目を輝かせて迫ってくるリューシャ女王。
考えてみれば、『ソールの導き』がその国に家という拠点を持っているというのは、為政者にとってみれば重要なことなのかもしれない。
俺自身は一人で国の軍隊に匹敵、というより圧倒するような意味のわからない人間だが、フレイニルやマリシエールのような『身内』とつながっているなら、そこまで警戒すべき存在ではない。となると、逆につながりを強固にする意味で家というものは大きいのだろう。ならばリューシャ女王が「用意させる」などと口走るのも仕方ない、というより為政者としては当然の話なのかもしれない。
「いや、そうですね……メンバーやミュエラとも相談をしてみます」
と答えを保留したが、たぶんラーニあたりは「あってもいいんじゃない?」とか言って決まってしまいそうだ。ただそうすると、流れからいってオーズ国にもヴァーミリアン王国にも持つことになりそうだが……。
その後もとりとめのない話をしたが、最後の方は会ったばかりの時のように、少し砕けた感じになっていた気もする。
そのせいか、リューシャ女王は部屋を出る時に、
「そうだ、あの時はミュエラに譲りましたけど、僕もソウシさんの無事の帰還を祝って抱擁をしてもいいですか?」
などと聞いてきた。
断るようなことでもないので軽く抱擁を交わしておいたのだが、リューシャ女王がしばらく離れようとしなくて困ってしまった。
その時に思い出したのだが、彼女は『覚醒者』なのである。まさかとは思うが、フレイニルと同じように『依存』スキルが身についてしまったなどということもあるのだろうか。
もっとも、彼女が依存するとしたら、俺ではなくミュエラに対してだろうとは思うのだが……。




