24章 異界回廊 01
俺たち『ソールの導き』は『異界』にて『冥府の燭台』を倒し、そして『悪魔』を作り出していた『造人器』中枢を破壊することに成功した。
『造人器』の管理者たる美女ミシュエーラに勧められ、『造人器』内にあった部屋でで一泊をした俺たちは、翌日彼女に別れを告げ、やってきた長い道のりを戻って『異界の門』から地上へと戻った。
「ミシュエーラさんも外に出られるとよかったのにね」
帰り際に狼獣人のラーニがそんなことを口にして、メンバーの多くも同意をしたが、女吸血鬼のライラノーラは静かに首を横に振った。
「彼女は以前のわたくしと同じで、あの場所から外に出られるように作られていないのです。彼女自身それが当たり前ですから、心配には及びませんわ」
「そうなのかなあ……。ライラノーラみたいに、ソウシに一回倒されたら出られるようにならない?」
「彼女はたぶんそのようには作られていないと思います。わたくしはダンジョンを管理するとともに、倒されることによって人に力を与えるように作られていましたから、このような状態で存在することも可能なのです」
そもそもミシュエーラは、『造人器』を完全に封鎖すると言っていた。彼女に会うこと自体もう不可能になるだろう。彼女は彼女を作った『神』とやらが会いに来るまで、永遠に『造人器』内で生き続けるのかもしれない。
『異界の門』を出た先は寺院跡の、岩壁をくりぬいて作られた部屋の中である。光の差し込む入口から外に出ると、日の位置からまだ昼前であると知れた。
遺跡を見張っていた衛兵たちに言葉をかけて、俺たちはメカリナン国の王都へと向かった。
約20キロの道のりだが、俺たちの馬車ならば1時間もかからない。昼頃には王都の城門をくぐって、王城前まで到着した。
馬車を下り、馬車を牽いていた『精霊』を送還したり、馬車を『アイテムボックス』にしまったりしていると、少年のような姿のリューシャ王と、女宰相のミュエラ、それから宰相の右腕のアースリンやその部下が迎えに出てきた。
全員が真剣な顔なのは、もしかしたら俺たちが帰るのが早すぎて、途中撤退したと思われているのかもしれない。
「お迎えありがとうございます。『異界』ではすべてが片付きましたので、今後『悪魔』が出現することはなくなると思います」
と手短に報告すると、その場にいた全員がホッとした顔になった。どうやら予想が当たっていたようだ。
心持ち少女らしさが増したリューシャ王――もうリューシャ女王と呼んだ方がいいだろうか――が、満面の笑みを浮かべて俺の前にやってきた。
「お疲れ様でした、そしてありがとうございました。ソウシさんたちのお陰で、またこの国は救われたことになりますね。いえ、今回はこの大陸全体が救われたといっていいのでしょうね」
「結果的にはそうなるでしょうか。我々は冒険者として目の前の仕事を片付けたに過ぎませんが、それがこの地に生きる人々のためになったのなら嬉しく思います」
「ふふっ、ソウシさんは格好良すぎますね。今回の件は、急ぎ各国の王にも報せます。それによってソウシさんたち『ソールの導き』は少なくとも四カ国から称揚されるでしょうが……いえ、少し気が早いですね。まずは城でゆっくりお休みください」
「そうさせていただきます。今回はさすがに少し疲れましたので」
その後俺たちはそれぞれ割り当てられた部屋に向かい、風呂に入り、昼食を摂り、後は各々自由に過ごした。
と言いたいところだが、リーダーである俺は昼食の後、すぐにリューシャ女王の執務室へと向かった。なおドロツィッテとマリアネも同じタイミングで冒険者ギルドへと向かっている。まあ休むにしても、急がなくてはならないことはどうしてもある。
執務室に入ると、いたのはリューシャ女王と宰相のミュエラの2人だけだった。
俺の顔を見るなりリューシャ女王はミュエラに一言二言なにかを伝え、そしてなぜか執務机を離れて窓の外を眺め始めた。
一方でミュエラは俺のところにくると、スッと身体を寄せて抱き着いてきた。
「貴殿が帰ってきて心底安心をした。やはり共に行けぬのは辛いな」
俺の胸に顔をうずめるようにしながら、ミュエラが小声でそんなことを言う。
なるほど、そういうことか……と納得し、俺は彼女を優しく抱き返した。そういえば以前メカリナン国に飛ばされた時もフレイニルたちと同じようなことをしたな、などと考えてしまったのは多少不誠実であっただろうか。
「そうか、心配をかけたな。だがまあこうして無事に戻ってこられたし、これからも帰ってくるさ」
「ソウシ殿の強さはよく知っているはずなのだがな。私もそれで割り切ることができないほどには女だったらしい」
「ミュエラのことは最初から美しい女性だと思っていたが」
「ふふっ、そういうことも言えるのか。少し意外だな」
少しだけ意地悪そうな笑顔を見せると、ミュエラは身体を離し、そしてリューシャ女王の方へ歩いていった。
俺もそれについて行き、うながされて2人とともに応接セットに座る。
それまでニヤニヤと笑っていたリューシャ女王が、一転して真剣な顔を向けてきた。
「お疲れのところだとは思いますが、こちらへ来ていただいたということはお話をお聞かせいただけるということですね?」
「ええ。こういったことは早い方がいいでしょうから」
「ソウシさんのお心小遣いに感謝します。では、『異界』でなにがあったかについて詳しくお話をお聞かせください」
「では、あったことを順に追ってお話いたします」
俺は『異界の門』を潜った後のことについて、なるべく事実だけを詳細に述べていった。
『冥府の燭台』のこと。『造人器』のこと。そして『冥府の迷い姫』ことミシュエーラのことなど全てである。
リューシャ女王とミュエラはそれらを黙って、時には質問をしながら聞いていたが、共通するのは2人とも度々小さく溜息をついていたことだ。
確かに俺がする話はあまりに荒唐無稽すぎて、ただ聞いているだけでも疲れてしまうものだったろう。特に2人は俺が話していることが嘘ではないと確信しているだけに、それらをすべて受け止めるのにはかなりの精神力と体力が必要なはずである。
「……我々が『造人器』から出ると、その扉は完全に閉ざされました。ライラノーラによると、『造人器』そのものの動きは完全に止まっているとのことです。またその後『異界』を歩きましたが、『悪魔』の気配は一切ありませんでした。ライラノーラやミシュエーラが口にしていた『根源』なるものの存在も消えていたとのことですので、今後『悪魔』が新たに発生することはないと思われます。ただこちらの世界にすでに出現している『悪魔』が残っている可能性はありますので、それはご注意いただいた方がいいでしょう。『異界』での顛末はそのようなところになります」
と、俺が話を終えると、2人は「ふぅ」と大きく息を吐き出した。
「たった数日でそこまでのことをされたというのが本当に信じられませんね。いえ、ソウシさんの言うことはすべて信じますけれど」
「自分でも今話していてなにを言っているんだと感じるくらいですから」
俺が苦笑いをしてみせると、そこで2人の表情はようやく和らいだ。
多少の余裕ができたのだろう、ミュエラの目には鋭さも戻った。
「それで、『異界』については今後どう扱うべきなのだろうか。あの『異界の門』は閉じることができるのか?」
「閉じられるかどうかはわからなかった。ミシュエーラもその技術には詳しくないそうだ。あの『異界の門』を発生する装置を研究すれば閉じる方法は見つかるかもしれないが、しばらくはあのままだな」
「そうか。ならばこちらで立ち入りできないように管理は続けよう」
「すまないが頼む。それから、これは初めて話すんだが――」
俺は思い切って、『異界』を使ったショートカットの話を2人に伝えることにした。
異界は地上と距離の感覚が違うこと。『異界の門』を地上に複数作り、その『異界』を通るルートを開拓すれば、地上での移動を大幅に短縮できることなどである。
その重大性は2人もすぐに気づいたらしく、揃って目を大きくした。
リューシャ女王は、
「それってとても素晴らしい構想だと思います! 是非実現をしましょう。メカリナン国は全面的に協力をしますよ!」
と拳に力を込めて言ってくれた。しかし一方で、実務をつかさどるミュエラは色々と先が見えてしまうようで、難しい顔をしていた。
「それが実現すれば、もしかしたらこの大陸には未曽有の変化が訪れるかもしれん。もちろん各国各領地で厳しく管理をすればそこまでではないだろうが、しかし有効に使わぬ王も領主もいないだろう」
「人の移動や流通に革命が起こるからな。しかし距離という障壁を取り払うことは、一方で非常な危うさもあるというのは理解しているつもりだ」
「例えばメカリナン国内だけに『異界の門』を複数設置して利用するだけなら問題は少ないが、国を跨いで設置するとなると、各国の代表が一カ所に集まって協議をする必要すら出てくるだろう」
「だろうな。どちらしろ必要な魔石の量の関係で『異界の門』は簡単には開けられない。現状で開いている『異界の門』は、今回開いたものと、ヴァーミリアン王国のアルマンド公爵領に開いているものの2つだけだ」
ちなみにアルマンド公爵領の鉱山に開いたものらしき『異界の門』は、帰りにスフェーニアが発見している。といっても遠目から穴があるのを確認しただけだが、あれが公爵領につながっているなら、メカリナン王都から公爵領まで一日かからず移動できるということになる。
俺とミュエラが難しい顔を突き合わせていると、リューシャ女王はプッと吹き出した。
「2人とも真面目だね。でも正直、ソウシさんが必要だから『異界の門』を作らせてくれと言ったら断る人はいないんじゃないかな。アルデバロン帝国もヴァーミリアン王国も、それにオーズ国だってソウシさんはこれ以上ないくらい太いつながりを持っているんだからね」
「そうでしょうか?」
「それに各国で行き来が楽になるいうのは、『大いなる災い』を前にしている今一番必要なものなんでしょう? だったら誰も断らないと思いますよ。事前に『通話の魔導具』で話を通しておけば、ソウシさんたちが現地に行くまでに向こうも用意をしておくんじゃないですか?」
リューシャ女王の言う通り、『異界』ショートカットは、喫緊の『大いなる災い』対策には是非とも必要なものである。特に冒険者を素早く動かすのにこれほど有用なシステムはない。ドロツィッテもそこは非常に気にしているところである。
正直、ここで考えていても埒があく話ではない。実際に動いてしまった方がはるかに話は早いだろう。
「リューシャ陛下のおっしゃる通りですね。すぐに話をしてしまいましょう」
「ヴァーミリアン王国とアルデバロン帝国には僕の方で連絡をしてしまいますよ。ただオーズ国の大巫女様は『通話の魔導具』をこちらとつないでないのでできないのですが」
「それはギルド経由で話が行くようにします。では、どう話を伝えるかですが――」
その後3人で話をまとめ、王国と帝国にはすぐに話が届くように手配が済んでしまった。
『異界』から帰って来てから間髪入れずに次の仕事の話をするあたり、俺のこのブラックな体質は依然として改まることはないようだ。
もっとも『大いなる災い』についてはリミットが3カ月弱なので、急がないといけないのは確かである。
また『ソールの導き』のメンバーには慌ただしく動いてもらわないとならないが、リーダーとしてはそれだけが気がかりである。




