23章 異界と冥府の迷い姫 19
心から復活を信じているのか、悪あがきをする様子のないイスナーニ、ワーヒドゥ、サラーサの3人。
俺が3つの巨大な頭を破壊すると、『造人器』中枢区の広大な空間は、しんと静まり返った。
「なんかあいつら、最後まで自分たちは復活できるって信じてたみたいね」
ラーニの言葉には、呆れの感情は少なく、むしろ哀れみが混じっているように感じられた。
カルマが肩をすくめ、
「そうだねえ。 あまりに迷惑な連中だったからざまあみろと言ってやりたいけど、あそこまで間抜けだと少し可哀想に思っちまうね」
と口にすると、何人かのメンバーはかすかにうなずいていたようでもあった。
『興奮』スキルが解除された俺の心にも、確かにもう彼らに対する義憤のようなものは少なかった。彼らはもう断罪されたのだ。そして後は、本当の意味での刑が執行されるのを待つのみなのである。
正面には銀色の柱がそびえたち、その中ほどには『冥府の迷い姫』が拘束された状態で眠ったように目を閉じている。
俺たちは言葉少なに、その柱の方へと歩き始めた。
「ソウシさま、これで『悪魔』については解決するのですね」
柱の根元に着いた時、フレイニルがそう問いかけてきた。
「『冥府の迷い姫』の言うことが本当ならそうなるだろうな。問題は、この柱をそのまま破壊すればいいかどうかだが……」
振り返ってライラノーラを見る。
ライラノーラは柱の上の方に彫像のように固まっている『冥府の迷い姫』を見上げていたが、俺の視線に気づくとうなずいて見せた。
「『冥府の迷い姫』の言葉が聞こえました。この柱が間違いなく中枢だそうです。これを破壊してもらえれば、『根源』から『悪魔』……『人間』が作られることはなくなるとのことですわ」
「わかった。じゃあやるか」
改めて目の前の『中枢』を見上げる。
それは基部の直径が50メートル以上、上の細くなった部分でも30メートルはある巨大な柱だ。表面は継ぎ目のない銀色で、時折その表面に赤い光がなにかの模様を描くように走っている。
『冥府の迷い姫』はこれを破壊してくれと依頼してきたが、壊すだけでも並一通りではいかないと思わせる建造物である。
俺は皆に下がるよう指示し、『万物を均すもの』を手に柱に近づいた。
「では破壊するぞ」
そう宣言して、『万物を均すもの』を振り上げ、限界まで身体の後ろに引き絞る。
「おおッ!!」
両足を地面に固定し、そしてあらゆるスキルを一気に解放。俺の持つすべての力を、黄金の槌頭に乗せて柱に叩きつける。
その瞬間、無数のガラスが砕けたような、そんな音が広大な空間に鳴り響いた。
銀色だった柱の表面が一瞬で白く変色した。よく見ると、それは表面に微細なひびが入った結果であった。
そして白くなった柱の表面から、細かな銀色の粒子が一斉に周囲に広がり始めた。柱を構成していた物質が、細かい破片となって宙に拡散を始めたのである。
「うわ、なんか綺麗だね」
「これは不思議な光景じゃのう」
ラーニとシズナが見上げながら、感嘆の言葉を漏らす。
確かにそれは幻想的な光景であった。柱は次第にその形を失い、その分宙を舞う銀色の輝きは増えていく。そして最後に柱は完全に消滅し、広い空間は銀の粒子が無数に散らばる星の海となった。
そしてその銀の中を、ゆっくりと地上に降りてくる影があった。
それはライラノーラに瓜二つの、銀のスーツに身を包んだ美しい女性である。
その女性――『冥府の迷い姫』は、俺たちの前に静かに着地をすると、深く一礼をした。
「ありがとうございました。皆様のおかげで、私はようやく拘束から逃れることができました。これでこの『造人器』を私の管理下に戻すことができます」
そう言うと、『冥府の迷い姫』は妖艶な微笑みを浮かべた。
服装以外は本当にライラノーラと寸分違わず、ゆえに彼女が『神』によって作られた存在なのだと強く感じさせる。
「それならば結構なことです。ですが結局のところ、『造人器』を暴走させた原因は排除されたのでしょうか」
「ええ、それなのですが……あちらをご覧ください」
『冥府の迷い姫』はわずかに顔を曇らせると、自らの頭上方向を指さした。
見上げると、無数の銀の粒子の間に、黒い煙のようなものが固まって浮いているのが見えた。それは流動的に形を変えているのだが、時折人の顔のようなものが浮かび上がっては消えるを繰り返している。
「あれは……アンデッドモンスター、でしょうか?」
「いえ、あれは人間の『根源』の集合体です。太古から『造人器』内に蓄積されていた『根源』が変質してあのような存在になり、そして『造人器』の中枢に取りついたのです」
「なるほど。それが貴女をも拘束するに至ったのですね」
「そうです。しかも一時的に私すら操って、地上の一部の者たちに影響を与えていたのです。貴方がたが先ほど倒した『根源』の持ち主たちですね」
「なるほど……」
イスナーニたちは『冥府の迷い姫』の啓示を受けたと言っていたが、どうやらそれは彼らの勝手な思い込みなどではなかったらしい。まあだからといって奴らがしたことは一切正当化はされないが。
しかしこの話をイスナーニが聞いたらどういう反応をしただろうか。いや、奴らは『根源』としてまだこの周囲にいるのかもしれない。
「ところで、貴方がたの中に、あの歪んだ『根源』を元の姿に戻せる力をお持ちの方がいらっしゃいますね。可能なら、あの『根源』たちを元の姿に戻していただきたいのです。今のままではこの『造人器』から解放することもできませんので」
「『根源』を元の姿に……」
『根源』というのは俺たちの概念だと『魂』が近いようだ。それに干渉できるとすれば、それは聖女候補であるフレイニルだけだろう。
俺が振り返って目配せすると、フレイニルはこくりとうなずいた。
「『浄化』の魔法を試してみます」
フレイニルが『聖女の祈り』を掲げ、魔法を発動する。柔らかな光が周囲を包むと、上空を漂っていた銀の粒子がキラキラと美しく輝き、その場をさらに幻想的なものにする。
一方で宙を漂っていた黒い煙のような塊は、浄化の光を受けて周辺部から拡散するように消えていき、10秒ほどで完全に消滅してしまった。その中に、イスナーニたちの絶望したような顔が一瞬だけ見えたのは、果たして気のせいだったのだろうか。
それを見届けた『冥府の迷い姫』は目元を緩め、再度一礼をした。
「ありがとうございます。これでこの『異界』にある『根源』はすべて解放されるでしょう」
「解放されるとどうなるのでしょうか?」
「私を作り出した『神』は、人間の『根源』とはもともとこことは別の領域へと移っていくのだと言っておりました。ただそれ以上のことは私にもわかりません」
「我々が言う、本当の意味での冥府へと行くのでしょうか。ともかく、あの『冥府の燭台』の『根源』も同じにこの世界からは消えていくのですね」
「はい。あの強い力を持った『根源』も本来の流れに沿ってこの世界からは消えていくでしょう」
『冥府の迷い姫』のその言葉を聞いて、俺たちの間になんとなく安堵というか、一仕事終わったという空気が流れた。
俺が感慨に浸りながら周囲を見回していると、ライラノーラが『冥府の迷い姫』の前へと進み出た。向かい合うと、本当に2人は生き写しである。
「ところで『冥府の迷い姫』さん、貴方には名前はないのでしょうか?」
「私を作り出した『神』は、私をミシュエーラと呼んでおりました」
「良い名前ですわね。ではミシュエーラ、この『造人器』はどうなるのか、確認のためにもう一度教えてくださるかしら」
「破壊していただいた中枢は、長い時をかけて元に戻ります。しかしこの『異界』からは『根源』も消えつつありますので、『造人器』が稼働することは二度とないでしょう。もちろん稼働しないように私も管理をいたします。そのように『神』から指示されておりますので」
「なら結構ですわ。それと……ソウシ様は、この『異界』を使えないかと考えておりましたわね?」
ライラノーラが確認を取ったのは、俺が以前口にした、この『異界』をショートカット通路にしようという案のことである。
この『異界』と地上では空間の尺度が違うらしく、『異界』で1キロ移動すると地上では10キロ以上移動をすることになるらしいのだ。そこで『異界』と地上をつなぐ穴を複数開けば、例えば1カ月以上かかる帝国の帝都と王国の王都を数日で移動するなどということも可能になるのはずなのである。
「ああ、そうなんだが……」
「どのようなお話かお聞かせいただけますか?」
『冥府の迷い姫』――ミシュエーラの言葉に従って、俺は考えていることを説明した。
ミシュエーラは説明を聞き終えると、少しの間考え込む様子を見せたが、やがて顔を上げて答えた。
「私が『神』から受けた指示は、『造人器』の永久凍結と、この『異界』の監視です。しかしそこに、この『異界』に侵入してくる者たちの排除は含まれておりません。また『異界の門』についても、開いたものを閉じるようにも言われてはおりません。ですので、地上の人間が『異界の門』を開いてこの『異界』に入って来ても、私がなにかすることはありません。『造人器』に関しては入口をすべて閉じてしまいますので、人間が干渉しようとしても不可能でしょう。ですので、お話のことに関しては私は一切干渉をいたしません」
「そうですか……。では近いうちに試すこともあると思います」
どうやら、これでこの世界にパラダイムシフトを促しかねない大事業が現実のものとなりそうだ。
そしてこれで、今回の『異界』来訪でやるべきことはすべて終わった。
俺が大きく息を吐き出していると、ドロツィッテが満面の笑みを浮かべながら俺の肩を叩いてきた。
「素晴らしい話がまとまったみたいだね。これで世界は未曽有の変化を迎えることになりそうだ。その場に立ち会えたことを私は感謝するよ」
「そうだな。だが今度は『大いなる災い』対策をしないとな。それが終わらないと心が休まりそうもない」
「ふふっ、ソウシさんは勤勉だね。まあでも、まずはメカリナンに戻って祝杯を上げつつ一休みしようじゃないか。リューシャ王もラーガンツ侯爵も首を長くしてソウシさんの帰りを待っているだろうからね」
「そうだな」
答えて、俺は『ソールの導き』のメンバーの方を振り返った。
皆、明るい顔でこちらを見返してくれるが、そこでようやく全員が無事で大きな仕事を終えたのだという実感が湧きあがってきた。
「皆、今回は厳しい戦いだったがよく戦ってくれた。これで『悪魔』と『冥府の燭台』については完全に解決したと見ていいだろう。『ソールの導き』はかなり大きな仕事をしたことになったと思う。皆にはリーダーとして最大の感謝をしたい」
「ソウシさまのお力になれて嬉しく思います」
「ちょっとソウシ固すぎ。これくらいいつものことでしょ。でもそう思うなら今日は美味しいもの食べようね」
「そうだねえ。今日は美味い肉と美味い酒で騒がないといけないよ」
「これでわらわたちは完全に伝説の冒険者とやらになったのではないかのう。それくらいのことだと思うのじゃが」
「普通に考えればそうなのですが、あまりそう感じがしないのが『ソールの導き』らしいですね」
最後のマリアネの言葉に、皆が笑いながらうなずく。
思えば今回の件は、俺が前世でやったゲームにあった、『世界を救うイベント』と言えなくもない。しかし当事者となって思うのは、そこまでの特別感も達成感もないということだ。『ソールの導き』が大きな功績を挙げたのは確かだが、その影に多くの人間の理解と協力があったからこそというのは忘れてはならないだろう。
ただ、これで『冥府の燭台』の犠牲になった人々が、せめて安らかに眠れることを祈るのみである。
更新が一日遅れて申し訳ありませんでした
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次は1月5日更新となります




