23章 異界と冥府の迷い姫 15
ついに姿を現した、『冥府の燭台』の幹部イスナーニたちの切り札らしき『悪魔アンデッド』。
それは山と見紛うばかりの甲羅を持った。10本足の怪物であった。
その甲羅の上部に生えた3本の長い首、その先には、それぞれイスナーニ、ワーヒドゥ、サラーサ三人分の巨大な顔があり、アルカイックスマイルを浮かべてこちらを見下ろしている。
「ソウシ、あのふざけた奴ら、もうやっちゃっていいよね!」
「図体がデカいだけで勝てると思われてるのは癪だねぇ。ソウシさん、さっさとやっちまおうじゃないか!」
イスナーニたちの挑発を受けて、ラーニとカルマは今にも飛び出していきそうな雰囲気だった。見るとサクラヒメもマリシエールも、マリアネやライラノーラまでがその気のようだ。
「ソウシさま、まずは『神の後光』『神霊の猛り』を使います。その後は補助に徹して、サラーサの『影獄』には最優先に対処します」
フレイニルは冷静さを保っているようで、俺が指示するまでもなく自らの役割を理解してくれている。スフェーニアたちもすでに臨戦態勢だが、そちらは少し気が逸っている感じも受ける。
メンバーを落ち着かせるため、俺はなるべく静かな口調で指示を出した。
「シズナ、『精霊』を獣形態にしてくれ。後衛陣は『精霊』に騎乗して、距離を保って援護。あの上の顔の集合から魔法を撃ってくるだろうからそこを集中的に攻撃」
「承知したのじゃ。皆、『精霊』に乗るがよい」
シズナが『精霊』の鉄人形を四足歩行形態へと変化させると、フレイニル、スフェーニア、シズナ、ドロツィッテ、ゲシューラたち後衛陣は素早くそれに騎乗した。
「前衛は全周囲から攻撃だが、あの大きさはそれだけで脅威となる。足の動きには注意を払ってくれ。まずは末端から潰していこう」
「足を集中して攻撃すればよいでござるな。その前にあの腕が邪魔をしてきそうでござるが」
「上にいるイスナーニたちにも要注意ですわね。なにかを企んでいる感じもいたします」
サクラヒメとマリシエールの指摘も重要だ。足に踏まれるのは論外だが、無数に生える細長い腕も飾りではないはずだ。さらにイスナーニ達自身ももともと特殊な力を持った奴らだ。それら複合的な要素に注意が必要である。
『ではゆくぞ、オクノ侯爵よ、クヒャッ!』
イスナーニの言葉で、巨大な『悪魔アンデッド』が動き始めた。10本の足を交互に動かし、まるで巨大ロボットのような動きでこちらに迫ってくる。
「こんなゆっくりな動きでわたしたちと戦うつもりなんて馬鹿にしてるよね!」
ラーニがそう言って前に出ようとする。
「大きいからゆっくりに見えるだけで、あれは意外と速いぞ」
「そうなの? ま、近づけばわかるか。先行くわねっ!」
ラーニが前に出ると、前衛陣が一斉に動き出した。俺は正面から突っ込む形になるが、ラーニたちは左右に広がり、それぞれ周囲から攻撃をする形である。
「『神霊の猛り』!」
まずはフレイニルの強化魔法により、俺たち全員の身体がうっすらと発光する。身体の底から力が漲る感じは、身体能力が底上げされた証である。
「『神の後光』!」
さらに後ろからフレイニルの力強い声が聞こえ、巨大な『悪魔アンデッド』の上、イスナーニたち3つの顔の上あたりに強烈な光球が現れて周囲を神々しい光で包んだ。
『充填』『多重魔法』スキルなどを併用し、フレイニル最大の力で放たれたであろうアンデッド弱体化魔法『神の後光』。
それを受け、『悪魔アンデッド』は全身を震わせた。
『聖女の神属性魔法ですか。私の「影獄」も無効化する聖女、我々にとっては天敵に近い存在ですね』
『だがこの程度なら問題はなかろうのぅ~。さあ、者どもよ、偽の命を謳歌する愚か者に真の「人間」の力を見せてやるがよいぞぅ~』
ワーヒドゥの言葉を受け、『悪魔アンデッド』の甲羅の上部、そこに並ぶ顔が一斉に口を開いた。
そこから吐き出されたのは、表面に紫の光が走る黒い球体だった。球体といっても固体ではなく、魔法的なエネルギーを持つもののようだ。
直径で1メートル以上はありそうな魔法球は斜め上に射出されると、放物線を描いて全周囲に飛んでいく。その数五百はあるだろうか、どうやら絨毯爆撃を仕掛けるつもりらしい。
俺は『吸引』スキルを全開にして『不動不倒の城壁』を斜め上に構える。こちらに近い半分ほどの魔法球が軌道を変え、俺の方へと一斉に降り注いでくる。
盾に着弾した魔法球は、瞬間強烈な爆発を引き起こした。その威力は強烈で、一発一発があの巨大暴走悪魔の体当たりくらいの衝撃を伝えてくる。
一発二発なら平気であっただろうが、さすがに数十発が連続で来ると俺の身体もズルズルと後ろへ押し込まれる。
「ソウシさま!」
「俺は大丈夫だ! 構わず攻撃をしろ!」
『吸引』の範囲外にあった魔法球は、地面に着弾して派手な爆発を起こしている。
ただ後衛陣のほうへは流れていないし、弾幕もかなり薄くなったので、『疾駆』スキル持ちの前衛陣が食らうことはないだろう。
「魔法参ります! 『ライトニング』!」
「我も放とう」
スフェーニアが叫び、ゲシューラがそれに応じると、数条の稲妻が走って『悪魔アンデッド』の甲羅の上、顔の集合部分に直撃した。十以上の数の顔が破裂して、灰色の破片と黒い液体を撒き散らす。
「わらわの魔法も通じるかのう」
シズナは『二重魔法』スキルも使い、炎を槍を100本ほど生成して放った。それらは次々と甲羅の上に着弾し、いくつかの顔を炭に変えた。
「ソウシさん、私の『レーザー』でイスナーニたちを攻撃してみてもいいかな」
「やってみてくれ」
ドロツィッテの提案に許可を出すと、一条の光線が、上から見下ろしてくる巨大な顔に突き刺さった。貫通することはなかったが、頬のあたり爪で抉られたような傷を残した。
『クヒョッ! 雷魔法に光の魔法か! 面白い魔法を使う者たちよ! これはますます仲間になってもらわねばならんな』
『イスナーニ、あまり悠長に構えているとつまらぬ被害を受けますよ』
『そう焦るなサラーサ。侯爵らにはまず恐怖と絶望を十分に味わってもらわねばならんのだからな、クヒャヤッ!』
そう話をする間に、イスナーニの顔は急速に修復されていく。
魔法で潰したはずの数十の顔も、内側から新たな顔が生まれてくるような形で徐々に再生を始めているようだ。
「『再生』スキル持ちか。厄介だな」
「再生が追い付かないレベルで破壊をするしかないだろうね。やはりソウシさんの一撃が必要だよ」
「かもしれないな」
ドロツィッテに答えて、俺は『悪魔アンデッド』へ向けて駆けだした。
先に前に出た前衛陣は、左右から『悪魔アンデッド』に肉薄することに成功していた。
彼女たちが足元に行くと、『悪魔アンデッド』の巨大さがはっきりと実感された。その10本の足はそれだけで直径3メートルを超えているように見える。甲羅の腹側は5メートルは上にあるだろうか。完全に巨大な重機かロボットと戦っているような構図である。
「これくらいならなんとか斬れるでしょ!」
ラーニが風属性を付与した長剣『紫狼』を水平に振るい、一本の足に斬り付けた。
『悪魔アンデッド』の足は形状こそ人間の足そのままで、足首の部分は比較的に細い。ラーニはそこを狙い、確かに刃は皮膚を切り裂き肉も断ったようなのだが、ガツンと音がして刃が止まってしまった。
「なにこれ、骨が硬すぎ!」
剣を引き抜いて体勢を立て直すラーニ。その横からカルマが前に出る。
「アタシに任せな! おらァッ!!」
大剣『獣王の大牙』は鋭い光を発している。カルマの必殺スキル『虎牙斬』による斬撃は、見事に『悪魔アンデッド』の骨を断ち切った。
『悪魔アンデッド』の足は脛の下あたりから斬り落とされ、巨体がわずかに傾いだ。しかし足は残り9本もある。『悪魔アンデッド』がそれ以上体勢を崩すことはなかった。
「これは確かに骨を断つのが厄介でござるな!」
サクラヒメは『繚乱』による分身を伴って、『幻刃』スキルによって薙刀『吹雪』の刃を増やし、圧倒的手数で『悪魔アンデッド』の足を集中攻撃している。それによって太い足は見る間に皮と肉を削ぎ落されていくのだが、骨だけは容易に断つことはできないようだ。
「サクラヒメさん、危ないですわ!」
マリシエールが叫びながら、長剣『運命を囁くもの』を連続で振るう。『飛刃』によって生じた三日月型の光の刃が、サクラヒメの頭上に迫っていた太い腕を切り裂いた。
『悪魔アンデッド』の甲羅の端から伸びる腕が、サクラヒメを攻撃しようとしていたのである。どうやら甲羅に並ぶ長い腕は接近戦を行うためのものらしい。




