23章 異界と冥府の迷い姫 14
『造人器』の中枢区で、無数の『悪魔』をしりぞけた俺たち。
だがイスナーニたちは、その『悪魔』から生じた『根源』までも糧として、強大なアンデッドを召喚したようだ。
今、俺たちの目の前には巨大な魔法陣が横たわり、その向こう側にイスナーニ、サラーサの二人が立っている。
ただこの光景を目の前にして、不安そうな顔をするメンバーは一人としていない。むしろラーニやカルマは、口元に笑みを浮かべているくらいだし、それは俺も同じである。正直、さっさと現れてくれと願っている自分がいるくらいだ。
魔法陣はいよいよ強烈な光を放ち、そこから吹き上がるよからぬ物の気配はもうそこまで迫っている。
その中で、イスナーニとサラーサが魔法陣の中にいきなり身を躍らせた。
『オクノ侯爵ヨ、我ラノ同胞トナルコトヲ楽シミニシテオルゾ! クヒョヒョッ!』
『私タチノ同胞トナレバ、真ノ「人間」ノ素晴ラシサハキットゴ理解イタダケマスヨ。ソレヲ教エテ差シ上ゲマショウ』
二体の人型『悪魔』は魔法陣の中に吸い込まれるように消えていってしまった。
まさかと思うが、これから出現するアンデッドに奴らも混じる気なのだろうか。考えただけでめまいがしそうな行動である。
「ソウシさま、出てきます……!」
フレイニルの声と同時に、地面に広がる魔法陣は爆発的に光を増した。
同時に煙のような瘴気が発生したこともあって、さながら巨大な光の柱が出現したかのようだ。そしてその光の中に、途轍もなく巨大ななにかが現れた。そうとわかるほどの強烈な気配がそこにはあった。
光が薄まると、漂う瘴気の中、そのアンデッドは姿を現した。
それはもはや山と言ってよかった。あまりに巨大なモノがそこに鎮座していた。
形としては亀に近いのだろうか、甲羅のようなものが本体としてあり、その甲羅の全周囲から、10本以上の巨木のような足が突き出て地面を踏みしめていた。
さらにその足と足の間から無数の細長い腕が伸びていて、虚空を掴むような不気味な動きを繰り返している。
さらに強烈なのは甲羅の背の部分だ。無数の灰色の人面がびっしりと並び、その中央部分はまるで塔のように人面が積み上がっている。
しかもその無数の人面の中に、巨大な顔が三つ並んでいた。無表情な他の人面と違い、アルカイックスマイルを浮かべたその灰色の人面は、怖気を催すような邪悪さに満ちていた。
「ソウシさま、これはいったいなんなのでしょう。あまりに巨大で……これがモンスターであるなど、そのようなことがあるのでしょうか?」
フレイニルの声は、さすがに少し震えているようだった。目の前の異形は、並の人間なら気がおかしくなりかねないほどのものなのだから当然か。
「すべての『悪魔』を合わせればこれくらいにはなるのかもしれないな」
「それにあの上にある三つの顔……あれはもしかして……」
「俺も同じ意見だ。あの三つの顔は間違いなく奴らだろう」
俺たちの言葉が聞こえたのだろうか、目の前にそびえる巨大すぎる『悪魔アンデッド』は身体をぶるっと震わせた。それだけでまるで地震が起きたかのように地面が揺れる。
しかも動きはそこで止まらず、なんと三つの巨大な顔が本体からゆっくりを分離して浮き上がった。
いや、浮き上がったのではなく、首を伸ばしたのだ。人面甲羅からピンク色の太い首が3本伸び、その先の巨大顔がゆらゆらと持ち上がっていく。
その首はしばらくあらぬ方向を向いていたが、急に意思を持ったように動き始めると、3つの顔すべてがこちらを向いた。俺たちの姿を認識してか、不気味な笑いを張り付けたまま巨大な顔が近づいてくる。
真ん中の顔の口が、パカッと機械のように開いた。
『クヒャッ、随分と小さく見えるのう。いや、ワシらが大きくなりすぎてしまったか。のう、オクノ侯爵よ』
その言葉は、人型悪魔だった時よりも流暢で、イスナーニが人間だった時のものに近かった。
今度は右の顔の口が開く。
『おお、確かに小さく見えるのう~。これが絶対者の視点という奴かのう~。「冥府の迷い姫」様のお力はまっこと偉大じゃなあ~。グクククッ』
こちらはワーヒドゥだろう。気味の悪い笑い声が周囲にこだまする。
最後に左の顔の口が開く。
『ワーヒドゥ、絶対者というのは少々僭越が過ぎるというものですよ。我々はあくまで「冥府の迷い姫」様の僕です。それを忘れてはなりません』
こちらはサラーサで間違いないだろう。やはり予想通り、『冥府の燭台』の幹部三人も集まって一体の『悪魔アンデッド』になったようだ。
『まあそうなのじゃがのう~。ただ目の前のオクノ侯爵に対しては偉ぶっても罰はあたるまいよ。今までずっと邪魔をされてきたのじゃからのう~』
『気持ちはわかりますがね。さてオクノ侯爵、約束通り会うことができたと思ったらこのような姿になって申し訳ありません。貴方に我らの仲間になってもらうためには、これくらいしなければならないようでしたので、「冥府の迷い姫」様のお力と、我らの力を合わせて少々大袈裟なことをいたしました』
『クヒャッ、確かに少々やりすぎたかもしれんか。だがオクノ侯爵の力はあなどれぬからな。この完成された「人間」の姿になることも必要であったろう』
『そうじゃの~。こやつは「人間」をこともなげに破壊するからのぅ~』
勝手に話を続ける『冥府の燭台』の3人だが、さすがにこれ以上話を聞いているのもうんざりしてきた。ラーニなど露骨にイライラしているようである。
「一つ聞きたい。今のお前たちを倒せば、それでしばらくは大人しくなるのか?」
奴らの会話を遮るように俺が質問をすると、巨大な『悪魔アンデッド』は再び巨体を震わせた。
『ほう、この姿を見てもまだそのような物言いができるとは。さすがオクノ侯爵ですね』
『まったくじゃのう~。その肝の据わり方はさすがといったところかのう~』
『だからこそこちらに来てもらう意味もあるというものだ。ただその為には多少痛い目を見てもらわねばならぬかもしれんの。クヒャッ!』
『そうですね。この冥府に来ていただくためには怒りや憎しみが必要ですから。我らにはそのような感情はすでにありませんし、オクノ侯爵にはその分まで持っていただかないとなりません』
『ならば回りの女を殺すのはどうかのぅ~。そうすればオクノ侯爵もきっと怒るじゃろうからのぅ~』
『クヒャッ、ワーヒドゥの言葉は聞く価値がありそうだ。なあオクノ侯爵よ』
「そっちで盛り上がるのは勝手だ。だが質問に答えてもらっていないのは困るな」
『クヒョッ、それは悪かったの。もちろんこの姿となった我らを倒すことができれば、我らが「冥府の迷い姫」様に新たな身体をいただくまでに少しの猶予が生まれよう』
「なら十分だ。お前たちが救いのない奴らだというのはわかっている。遠慮なく叩き潰させてもらう」
『自慢の怪力が通じればよいのだがなあ、クヒャヒャヒャッ!』
イスナーニのその笑いを最後に、3つの巨大な顔は離れていき上へと上っていった。首は縮まらず、そのまま甲羅の上に伸びて、はるか高い位置からイスナーニたちの顔が俺たちを見下ろす格好になる。




