23章 異界と冥府の迷い姫 12
『造人器』の中枢区で、俺たちは恐ろしいほどの数の『悪魔』と、それを率いる『冥府の燭台』イスナーニ、サラーサと対峙した。
2人の言葉から、奴らが『冥府の迷い姫』を神と同一視していることを感じるが、『冥府の迷い姫』の実態を知る俺たちにとって、それは単にうんざりする話でしかなかった。
イスナーニはこちらに向き直り、そして両腕を広げた。
『下ラヌ話ハモウヨイ。シテ、オクノ侯爵ハ我ラヲ止メルツモリナノダナ? スベテノ人間ヲ正シキ姿ニ戻シ、地上ニ楽園ヲ築クトイウ我ラノ悲願ヲ止メルツモリナノダナ?』
「そうだ。俺たちはお前たちが間違っていることを知っている。悪いがその企みは全てご破算にさせてもらう」
『クヒャヒャッ! ナラバコレ以上ナニモ言ウコトハナイ。冒険者ナド、真ノ人間ニ敵ワヌコトヲ知ルガイイ!』
「あんたたちなんかわたしたちの相手になるはずないでしょ! あれだけやられててまだわからないわけ!?」
ラーニが『紫狼』を構えながら叫ぶ。
『クヒョッ! 確カニ今マデハソウダッタ。ダガコノ場ハ違ウ。ココハ「冥府ノ迷イ姫」様ノ膝元ナノダ! オ前タチニ勝チ目ナドナイノダヨ!』
「どんな相手だろうと、どんな場所だろうとソウシさまに勝てる道理はありません。消え去りなさい、邪なる者!」
フレイニルが今までにないほどの力で叫び、『聖女の祈り』を天に掲げた。
強烈な光のヴェールは、アンデッド弱体化魔法の『神の後光』である。効果範囲は広く、目の前のイスナーニとサラーサはもちろん、その後ろに控えている無数の『悪魔』もその影響を受けたようだ。
『忌々シイ聖女メガ! ダガソノ魔法モ、結局ハナンノ解決ニモナラヌコトヲ思イ知ルガイイ、クヒャヒャッ!』
そう叫ぶと同時に、イスナーニとサラーサは一瞬で後ろに下がって『悪魔』たちの群れの中に消えていった。
俺は同時に『万物を均すもの』を振りかぶっていたのだが、『圧潰波』を放つ前に射程外に逃げられてしまった。もっともあの2人は最初から俺のことは最大限に警戒していたようなので、結局は避けられていただろう。
「よし、いつもの通りに行くぞ。まずはあの『悪魔』たちを全滅させる。イスナーニもなにかしてくるだろうし、サラーサも例の『影獄』を使ってくるはずだ。フレイニルは攻撃はせず補助に専念してくれ。俺は正面にひたすら『圧潰波』を放つ。前衛陣は射線上に入らないよう注意してほしい」
「はいソウシさま。もし『影獄』を受けたら『浄化』を使います」
「後衛は『精霊』に守らせるゆえソウシ殿は攻撃に集中するがよいぞ」
「魔法はなるべく奥の『悪魔』を狙います。見えればイスナーニたちも牽制しますが、あまり期待はしないでください」
フレイニルとシズナ、スフェーニアがそう言って、速やかにいつもの陣形を作る。
フレイニルの『絶界魔法』による3枚の半透明の壁と、『精霊』の鉄人形7体が守る鉄壁の陣である。
「ここは私も『レーザー』を存分に撃たせてもらおうかな。いつもはすぐに戦いが終わってしまうからね」
「我も全力を出すようにしよう。『神の後光』の影響を受けている『悪魔』なら、魔法も通りやすかろうしな」
ドロツィッテとゲシューラも頼もしい。
「こっちも了解! 左右からくる奴らを倒せばいいね!」
「ソウシさんを邪魔しない程度に暴れさせてもらうさね!」
ラーニは付与魔法を使って長剣『紫狼』に風属性を付与し、カルマが『獅子吼』スキルで身体強化を行う。
「私は『隠密』で回り込み、イスナーニたちの動きを監視しつつ援護を行います」
「それがしは正面から戦おう。今こそ己の力を試す時でござる」
マリアネは『隠密』スキルで気配を消し、サクラヒメは薙刀『吹雪』を構え前に出る。
「『黄昏の眷属』との戦以来の大きな戦いになりそうですわね。わたくしもソウシ様に負けないようにしなくては」
「あの者たちはこの『異界』について間違った認識をしているようですね。一体その誤謬がどこから来たのか、それは少し気になりますわ」
マリシエールが長剣『運命を囁くもの』を構え、ライラノーラは『装血術』によって、赤い液体を周囲にまとう。
「よし、始めるか。向こうもその気になったようだしな」
俺は息を一つ吐き出すと、『万物を均すもの』『不動不倒の城壁』を構え、津波のようにこちらに押し寄せてくる『悪魔』の群れに向かっていった。
「おおおああッ!」
『万物を均すもの』を、全力をもって横にひと薙ぎする。
黄金の槌頭から不可視の圧倒的破壊エネルギーがほとばしり、それは扇状に広がりながら軌道上にあるすべてのものを圧し、潰し、砕き、壊し、そして均していく。
そこには『悪魔』が放った魔法の槍、小型悪魔、巨大暴走悪魔の区別はない。
破壊の権化たる不可視の波は、すべてを分け隔てなく力の中に飲み込んで、すべてを無に帰してしまう。
「あああッ!」
俺が持つ『衝撃波』『圧潰波』というスキルは、敵を引き付ける『誘引』スキル、飛び道具を強引に集める『吸引』スキルと組み合わせると、攻防一体の必殺技と化す。しかも俺の体力なら、いくら放っても途切れることなく撃ち続けられる。無数の『悪魔』も大型の悪魔も等しく均しながら、俺は『悪魔』の群れの前に進み出る。
目の前で仲間が磨り潰されるのを見て、その近くにいた『悪魔』が逃げようとする。だが密集していたことが仇となり、満足に動くこともかなわない。
俺はそいつらを吹き飛ばしながら、超巨大なツチノコ型の『悪魔』へと突っ込んでいく。
高さ10メートルはある巨大な灰色の顔。その首の周囲には10本の腕が円周上に並び、さらにツチノコのような胴体がその後ろに続いている。しかも身体の表面にはびっしりと人面が鱗のように張り付いていて、気の弱いものが見たら卒倒してしまいそうな醜悪さである。
全身の人面は火の玉や氷の球を周囲に吐き出し、巨大な顔はそのまま俺を轢き殺そうと迫ってくる。
だがこの顔はもう、何度も叩き潰している。俺が渾身のメイスを鼻柱に叩きつけると、巨大な顔も10本の腕も、そして長い胴体も、すべてが内部から爆発したように弾け飛んだ。
「ソウシの一撃はいつ見ても意味がわからないわね! でもわたしも負けてないから!」
左の方で、ラーニが『悪魔』の群れに斬りかかる。
風属性を付与した『紫狼』は、刃を伸ばす『伸刃』スキルの効果もあって、小型悪魔なら一太刀で真っ二つにする。
そこにラーニの『疾駆』『跳躍』『空間蹴り』『空間跳び』スキルを活かした体術が加わると、それはもはや紫電である。彼女が駆け抜けた後は全ての『悪魔』は両断され、そして黒い霧になって消えていくのみだ。
「おらぁッ! 死にたけりゃかかって来な! ま、そっちから来なくても逃がさないけどなっ!」
『獅子吼』スキルによって身体能力が向上したカルマの動きもすさまじい。
スピードこそラーニには及ばないが、手にする大剣『獣王の大牙』は一振りで小型悪魔を2、3匹まとめて両断してしまう。
そこに虎獣人ならではの瞬発力が加わると、手が付けられない暴風と化す。ケンタウロス型の大型悪魔すら、接敵した瞬間、必殺剣『虎牙斬』で脳天唐竹割りにされてしまう。
その戦いぶりから多少被弾しているが、『再生』スキルがそれを補って余りある。『ソールの導き』の中でも俺に次ぐ打撃力を誇る彼女の剣技は、すでに『悪魔』すらも怯えさせていた。




