23章 異界と冥府の迷い姫 05
『異界』にて、塔のようなものを目指して進む俺たちは、途中で『悪魔』大群にでくわした。
その大群の一部が俺たちに気付いて襲い掛かってきて、まずは先頭の巨大暴走悪魔5匹を叩き潰したところである。
前方には、依然として100匹を超える『悪魔』がこちらに迫る姿がある。
「次が来ますわ! 前衛は前へ!」
マリシエールが叫ぶと、ラーニ、マリアネ、サクラヒメ、ライラノーラたち前衛陣が俺とカルマの横に並ぶ。
こちらに向かってくる『悪魔』たち、先行するのは小型の六本足である。頭部は1つのものと2つのものが交じっていて、いずれも本体だけで小型自動車くらいの大きさがある。
そいつらは走りながら、口から魔法の槍を吐き出してくる。最前列の20匹ほどが吐き出すだけでも驚異的な数となるが、俺が『吸引』スキルを発動すると、それら魔法の槍は強引に軌道を変えられて『不動不倒の城壁』に吸い込まれていく。
「魔法いきます!」
前衛が動く前に、まずは後衛陣の魔法が炸裂した。
吹き上がる溶岩の竜巻はスフェーニアの『ラーヴァサイクロン』だ。
その左右に並ぶ炎の渦はシズナとドロツィッテの『フレイムサイクロン』。
さらにゲシューラも50本ほどの炎の槍を放物線に放って、前衛陣の頭越しに『悪魔』に着弾させる。
フレイニルの放つ『聖光』は、『多重魔法』スキルによって5本に増えている。それが『遠隔』によって悪魔の頭上から閃き、5匹の脳天を貫いた。
魔法の一斉射撃によって、100匹の小型悪魔の半数以上が消滅した。前衛陣が斬り込んでいくと、残りの半数もあっという間に駆逐された。
前衛陣はそのまま、3つ頭で8本足の巨大クモ型と接敵する。
だがこちらも、戦いらしい戦いにはならなかった。全員が『疾駆』持ちであるため、大型の『悪魔』の魔法も手足による攻撃も容易く躱してしまう。
マリシエールなどは『告運』スキルもあって、足による踏みつけを柳のように受け流し、さらに反撃して足を斬り落としている。
ライラノーラの『装血術』による真紅の槍『血槍』は強固な『悪魔』の表皮をもあっさりと貫き通し、ラーニやサクラヒメたちが振るう刃ももはやなんの抵抗もなく『悪魔』の手足を、そして胴体を切り裂いてしまう。
数分で戦闘が完了すると、それまで『異界の門』の回りに集まっていた残りの『悪魔』たちが、すべてこちらに顔を向けてきた。
「ようやくこちらの戦力に気付いたようですね」
近くまで歩いてきたスフェーニアはそう言いつつ、切れ長の目をスウッと細めた。
「ソウシさん、あの『悪魔』たちの先頭に、初めて見る小さな『悪魔』がいます。あそこですがわかりますか?」
「なに……?」
大小数百の『悪魔』がこちらに移動を始めているが、スフェーニアが指さす先を見ると、確かに集団の先頭に小型の『悪魔』がいるのが見えた。
それは非常に人間に近い姿をしている『悪魔』であった。背後にうごめく『悪魔』と比較すると、その背丈は3メートルほどだろうか。人間から比べれば決して小さくはないが、『悪魔』たちの中では最小の個体だろう。
不思議なことに、すべて『悪魔』たちは、ゆっくりと歩くその人型悪魔に歩調を合わせているようだ。つまりあの人型悪魔があの集団のリーダーということなのだろう。
フレイニルが横にやってきて、緊張した声を出した。
「ソウシさま、あの人間に近い形をした『悪魔』から、『冥府の燭台』のものと同じ気配を感じます」
「ということは、まさか……」
「『冥府の燭台』の幹部が変化したものなのではないでしょうか?」
「……なるほど、ありえそうだな」
ライラノーラによれば、『悪魔』は人間の『根源』、すなわち魂みたいなものを作って作られるらしい。とすれば、俺が叩きつぶした『冥府の燭台』の幹部……即ちイスナーニたちの魂から作られた『悪魔』もいておかしくはない。
ドロツィッテも同じ結論に至ったのか、うなずきながら俺の近くに歩いて来た。
「つまり『冥府の燭台』たちは、『悪魔』に変化することを目的に、あの場でわざと殺されたということかな。そう考えれば、死を選ぶ信者が多いという話も納得がゆくね」
「まともな神経じゃないな。しかしそうなると、今向かって来ている奴が、果たして人間としての記憶を残しているのかということだが――」
俺たちが動かずに見ていると、『悪魔』の群れは50メートルほど先で歩みを止め、人型悪魔だけがさらに10メートルくらい前まで歩み出てきて足を止めた。
全身がピンク色の、やはり人間に近い身体をした『悪魔』である。体形は樽型で、手足が妙に細長いので違和感はあるが、他の『悪魔』に比べればそれは誤差といえる範囲だろう。頭部だけは灰色で、禿頭で無表情なところは他の『悪魔』と同じである。
が、今その顔がギチギチと音を立てて変形し、笑いの表情を持つ顔へと変化した。
「え、気持ち悪……」
「不気味でござるな」
ラーニとサクラヒメが小声で言うのもわかるほど、それは虚ろな笑顔であった。
『……グゲ、ギグ……グ……ククク……』
そいつは口を動かすことなく、喉の奥から金属的な声を出した。
『……グフ……オ前タチニハ……礼ヲ……言ワントナランノゥ』
続いて『悪魔』の口から漏れてきたのは、なんと意味のある一連の言葉であった。
しかもその言葉遣いは、あの『冥府の燭台』の幹部『三燭』のうちの一人のものに酷似していた。
「もしかしてお前はワーヒドゥなのか?」
その名を出すと、人型の『悪魔』は激しく痙攣したように身体を揺すり、そして動きを止めたかと思うと、再び話し始めた。
『人間デアッタ時ハソノ名デ呼バレテイタカモシレンノゥ。ジャガ今ノ儂ハ人間デハナイ。「冥府ノ迷イ姫」様ニ仕エル、「冥府ノ遣イ」デアルカラノゥ』
「『冥府の遣い』……か。お前たちはその姿を得て再び地上に出ていくつもりなんだな?」
『モトカラソレガ目的ジャカラナ。地上の者タチソスベテ死者ノ輪廻ヘト送リ、「冥府ノ迷イ姫」様ニ再生シテイタダク。ソレヲモッテ、コノ世界ヲスベテ正シキ人間ノ世界ヘト造リ変エルノヨ』
両手を広げ、芝居がかった動きでそんな話をする人間型『悪魔』、いや、ワーヒドゥ。
顔が笑いの表情のまま固定されているので、正気の沙汰でそれを言っているのかどうかすら判断がつかない。
「イスナーニは、地上を理想の世界、楽園へと変えると言っていた。ということは、地上の人間すべてを『悪魔』にすることがお前たちの理想ということか」
『然リ然リ。コレガ人間トシテノ完成形デアルカラノゥ。人ハ須ラクコノ姿ヘト、存在ノ階ヲ上ルベキナノジャ』
「お前が後ろに従えている、あの姿が完成形だと本気で言っているのなら、残念ながらわかり合うことは不可能だな」
『グククグク……。ソレハモトヨリ承知ノコトジャノゥ。オ前タチモ死者ノ輪廻ニ入レバ自然ト理解スルコトジャ。オットソノ技ハ勘弁ジャノゥ! グククククッ!』
俺がメイスを握る手に力を入れたのを察したのだろう。
ワーヒドゥは金属が擦れ合うような音で笑いながら一瞬で後ろに飛びずさり、『悪魔』たちの中に消えていった。




