23章 異界と冥府の迷い姫 01
『異界の門』を開く場所としてリューシャ王に指定されたのは、古い寺院の跡地であった。
跡地といっても、それは岩山の側面を掘ることで作られた立派な遺跡であった。
崖にはなんらかの彫刻の跡なども見られ、往年はかなり壮大な規模の寺院であると思われた。ただ、今残るのは崖下に残る崩れた階段と、その階段を上った先にある寺院内へ続く穴のみである。
それでも文化的価値はあるだろうと思うのだが、同行したミュエラにそれを指摘すると、
「たしかにソウシ殿の言う通りなのだが、我が国はこういった遺跡などは重要視しない風潮があってな。歴代の王は国内の食糧難対策と対外政策に追われることも多く、こうして野ざらしの状態にあるものが多いのだ」
との回答であった。
「盗賊などが住み着いたりはしないのか?」
「さすがにそれだけは度々調査はしている。ここも先日兵を派遣したばかりで、だからこそ今回選ばれたわけだ」
「なるほど」
とうなずいてはみたが、これで俺が文化に価値を見出す人間であれば、この寺院跡の保存を力説するところだったろう。
しかし今はそれどころではない。
もし俺が領主にでもなったら……などという妄想もすぐに振り払い、俺は『ソールの導き』のメンバーの方を振り返った。
メンバーは当然、全員が揃っている。
フレイニル、ラーニ、スフェーニア、マリアネ、シズナ、カルマ、ゲシューラ、サクラヒメ、ドロツィッテ、マリシエール、そしてライラノーラの11人。
この場にはそれ以外にミュエラとその部下のアースリン、そして親衛隊員5名が同行しているが、これは俺たちがこれから行う『異界の門発生装置』の起動を見届けるのが目的である。
「よし、ではあの遺跡の中に入ろう」
俺は声を掛けると、遺跡のほうへと歩き始めた。メンバーがそれに続き、その後をミュエラたちが付いてくる。
半ば崩れた階段の下から見上げると、寺院遺跡の入り口は見上げるくらいの高さにあり、寺院そのものの規模がかなり大きいものであることがわかった。
足元に注意しながら階段を上る。
寺院の入口は、横7、8メートル、縦10メートルはありそうな大きなもので、中を覗くと奥はかなり広い空間になっているようだ。
一応気配を探るが、生き物がいる様子はない。俺は懐中電灯型の『光源の魔導具』を取り出して中へと入った。
遺跡内部の空気はひんやりとしていて、入口から差し込む光で中はそこまで暗くはなかった。
広さは学校の体育館の半分くらいはあるだろうか。よくぞここまで岩を掘ったものだと感心するが、もしかしたら冒険者がやったのかもしれない。
『光源の魔導具』の光を壁面にあててみると、やはり様々な彫刻が施されているように見える。正直ここを実験場にするのは忍びないが、今更場所を変える時間はない。
「よし、じゃあ早速実験を始めよう。ゲシューラ、ライラノーラ、頼む」
「うむ、任せよ」
「魔石を床に積んでおいていただければ、いつでも『根源』に変成できますわ」
ゲシューラが蛇の下半身でスルスルとやってきて、それに遅れてライラノーラも前に出てくる。
俺は『アイテムボックス』から、縦横5メートルほどあるミスリル製の金属板を取り出して壁に立てかけた。
金属板の表面にはいくつかの水晶球が取り付けられ、その水晶球をつなぐような形で、回路にも見える禍々しい文様が描かれている。『冥府の燭台』が作り出した『異界の門発生装置』である。
さらにAランクの魔石を500個、その前に積み上げて置くと、ミュエラはその小さな山を見て溜息をついた。
「これほどの量のAランク魔石を使うとは恐ろしい魔導具だな。しかしソウシ殿、これだけの魔石、その価値だけでも相当なものだと思うが」
「魔石はダンジョンに行けばいくらでも取れるからな。俺たちにとってはそこまでの価値はないさ」
「貴殿らはもはや常人の価値観で動いていないのだな」
そんな話をしていると、ゲシューラが『異界の門発生装置』のチェックを始め、ライラノーラが魔石の山の前に立った。
「うむ、ライラノーラ、魔導具の方はとりあえず問題はない。『根源』とやらを充填してほしい」
「わかりましたわ」
ゲシューラの指示で、ライラノーラが床の魔石の山に向かって右手をかざす。
すると手の先から赤い糸のようなものが無数に伸び、魔石ひとつずつに絡んでいく。すると魔石が淡く光を放ち始めた。
ライラノーラは次に、『異界の門発生装置』に左手を向けた。
やはり赤い糸が無数に伸び、それらが5本の束に分かれつつ、5つの水晶球に絡みついた。
「では参ります」
魔石側から、赤い糸を伝って光がライラノーラの右手に流れ込む。そして数秒後、今度は左手から光が発せられ、その光が赤い糸を伝って、『異界の門発生装置』の水晶球へと吸い込まれていく。
その状態が一分ほど続くと魔石は光を失い、砂になって崩れたかと思うと、黒い霧となって蒸発するように消えていった。
代わりに『異界の門発生装置』の5つの水晶球は強い光を放つようになっていた。ただその光は、どことなく人を不安にさせるような、不快にさせるような力を宿している。
「これでこの魔導具を稼働するのに十分な『根源』が満ちたと思います。ゲシューラさん、どうでしょうか?」
「少し待て。……うむ、どうやら起動準備状態に入ったようだ。なるほど、ここで『異界の門』を開く座標を指定するのだな……。なるほど、やはりこの指定形式には不備があるようだ。……うむ、これでよい。ソウシよ、この部屋の中央に、床に垂直に開く形でよいか?」
「ああ、それで頼む」
「承知した。では起動する。全員入り口付近まで下がれ」
ゲシューラに言われ、俺たちは入口の前まで下がった。
ゲシューラはさらに『異界の門発生装置』をチェックすると、中央の大きな水晶球に手を置いて、なにか操作をしたようだ。水晶球が発光を始め、その周囲の回路のような模様に光が広がっていく。
ブブブ……と『異界の門発生装置』が振動を始めると、強い力が部屋の中央に集まるのを感じた。それはどことなくダンジョンに入った時に感じる雰囲気に近い気もした。
「ソウシさま、あそこに……」
さらに待つこと数分、フレイニルが指さす方向に目を凝らすと、部屋の中央に、指の先ほどの黒い点が生じているのが見えた。
その黒い点はわずかずつ縦に長い楕円形に広がっていき、5分ほどで縦2メートル、横1メートルほどになり、そこで動きを止めた。
ほぼ同時に『異界の門発生装置』の回路や水晶球から一気に光が失われたが、どうやらエネルギーである『根源』を使い果たしたようだ。
「これは……成功したと考えていいんだな?」
「うむ、ほぼ予想通りの動作をしたな。我が回路を改良していたので魔導具の方の負荷も少なくて済んだようだ」
ゲシューラは開かれた『異界の門』より、『異界の門発生装置』そのものの方が気になるらしい。
しかしそれ以外の人間は皆、『異界の門』に目を奪われていた。特にミュエラやアースリンたちは、開いた口を閉じるのも忘れているくらいである。
「これが『異界の門』か。確かに穴の向こう側からよからぬ気配が流れ出ているのが感じられるな。アースリンはどう見る?」
「あの『悪魔』に対して感じたものと似ている気がいたします。この先に『悪魔』がいるのは確かであると確信できるほどですな」
「同感だ。ソウシ殿、実験は成功ということだが、貴殿らはすぐにでもこの先に向かうつもりなのだな」
「ああ、そのつもりだ。この穴は小さいので『悪魔』がここから出てくることはないだろうが、監視は怠らないようにしてくれ」
「うむ、少ししたら監視の兵が来ることになっているので任せてほしい」
俺はミュエラにうなずき返し、『ソールの導き』のメンバーの方に向き直った。
「よし、それでは『異界』に向かうとしよう。全員準備はいいな」
「はいソウシさま」
「ん~、なんか久しぶりに楽しみになってきたわね!」
「問題ありません。『冥府の燭台』の野望を止めに参りましょう」
不安そうな顔をしているものは誰もおらず、むしろラーニやシズナ、ドロツィッテなどは俺を急かすような目を向けてくる。
それは全員が自分たちの力を信じ、また己の成すべきことを自覚している表れでもあるのだろう。
ただそれに加えて、リーダーである俺に対する信頼もあるはずだ。
『異界』になにが待ち受うけていようとも、俺としては彼女たちの思いを裏切らないようにしないとなるまい。
そう思い返しつつ、「では行くぞ」と声を掛け、俺は『異界の門』に入っていった。




