22章 異界の門への道標 31
さて、翌日も『異界の門』を作っていいかどうかの決定がまだ下っていないので、昨日と同じBクラスダンジョンに入ることにした。
というのも、ラーニやカルマ、シズナ、サクラヒメといった肉好きが例の『霜降り肉』をもっと取っておきたいと主張したからで、地下5階のボスを倒しに行くことにしたのである。
ちなみに昨日手に入れた石鹸だが、女性陣の評判はすこぶるよかった。特にもともと生まれのいいフレイニルとスフェーニア、サクラヒメ、マリシエールが、
「これは素晴らしい香りだと思います。それに石鹸そのものの泡立ちがよすぎて驚きました」
「私が知っている石鹸とはまったく別のものでした。ソウシさんのいらっしゃった国はどれだけ技術が優れているのでしょうか」
「汚れ落ちがあまりにいいので驚いた。しかも身体に残る香りもよいでござるな。しかし汚れが落ちすぎるせいか、髪が絡みやすくなるよう気がするでござる」
「城で使っていたものより格段に優れたものですわ。これがもし他のダンジョンでも手に入るようになれば、皆競って求めるようになるでしょう」
と口々に言っていたので、やはりこの世界だとオーパーツになってしまう品かもしれない。ただサクラヒメが言うように髪に使うと脂分が落ちすぎるというのはその通りなので、トリートメントも欲しいところだ……などと考えるとまたダンジョンが忖度してくれそうで怖い。
ともかく今日は石鹸を求めて地下20階までは行けないので、肉を目標にすることは変わらない。全員で行く必要もないので、『異界の門発生装置』を調べたいゲシューラとライラノーラ、ギルドで情報を得ておきたいドロツィッテ、マリアネ抜きでのダンジョンアタックとなった。
基本的に俺の『天運』とラーニの『疫病神』、そしてカルマの『相乗』スキルがあれば、モンスターの出現数などは変化しない。俺とダンジョンの間をつなぐ(?)ライラノーラもいる。
8人でのダンジョン行だが、4人が抜けた分は俺が働けばいいだけなので苦戦することはない。
5階の中ボス『ミノタウロスガード』は4体出現した。
倒すとやはり銀箱が4つ。開けるとうち3つが『霜降り肉』で、ラーニ達が小躍りする。
「これだけあればしばらく食べられそう!」
「それはどうかのう。すぐに食い尽くされる未来しか見えんのじゃが」
「言われてみればそうかも。だって12人で食べてるもんね」
ラーニとシズナが30キロ以上はありそうな肉の塊を見てそんな恐ろしい話をしている。そもそも霜降り肉なんて量食べるものじゃないんだが……といっても、冒険者となった俺も一回で500グラムくらいなら余裕で食べられてしまうんだよな。
ああそうだ、霜降り肉と言えば焼肉形式で食べるのもいいかもしれない。この世界バーベキューは存在するので、特に驚かれはしないはずだ。錆びないミスリルで板を作って、鉄板焼きならぬミスリル焼きをしてもいいだろう。
そんなアホなことを考えていると、サクラヒメに、
「ソウシ殿、なにか新しい企みでも思いついたのでござるか?」
とつつかれてしまった。
「ああ、まあ、ちょっと新しい料理をな」
「それはこの肉を使ったものでござるか?」
「そうだな。それ以外の肉も美味しく食べられるかもしれない。そうすると、タレのために醤油ももう少し欲しいか……?」
と余計なことを言ったために、結局地下10階まで行って『醤油』を手に入れることになり、さらにもう一度地下5階まで潜って再度『霜降り肉』を手に入れることになった。
なお、一回攻略した後の中ボス宝箱は中身のレア度が下がるのだが、『霜降り肉』と『醤油』が変わらず出たということは、レア度が低いアイテムという設定なのだろうか。
ダンジョンを発って城に着くころには、日がそろそろ沈もうかという時間帯だった。
部屋に戻って風呂に入り、再度部屋に戻ってくると、使用人がやって来て、すぐに国王の執務室まで来られたしと伝言を受けた。
言われた通り一人で執務室へと行くと、リューシャ王とミュエラが待っていた。
「ソウシさん、ようやく例の件について結論が出ました。結論から言いますと、国内で『異界の門』を作ることに関しては問題なしということになりました。ただしその場所はこちらが指定するという形になります。それから、『異界の門』を開くその場に立ち会わせてもらいたいと思います」
「ありがとうございます。場所の指定についてはそうなるだろうと思っておりましたので問題ありません。実験に立ち会われるのも当然と思います」
「助かります。それで場所ですが、この王都の南東20カダのところに残る古い寺院跡になります」
20カダは約20キロである。俺たちが入って行くとはいっても、『異界の門』は『悪魔』が出てくる可能性があるものだ。安全を考えればそれくらい離れた場所にするのは当然だろう。むしろよくそんな近くに作ることを許可してくれたものだと有難く感じるほどである。
「そこまで近い場所で許可が出るとは思いませんでした」
「この国ではソウシさんの力を疑う者はおりませんから」
リューシャ国王はそう言ってニコリと微笑んだ。
改めて女性だと思って見直してみると、リューシャ国王は可愛らしさと凛々しさが同居した少女である。
アースリンによると王配候補が多く名乗りを上げているという話であったが、それは地位だけを求めてのことではないのかもしれない。そんな風に思わせるくらいの容姿を備えている。
と、そんなことを考えたのは一瞬のはずだったのだが、意外と長く彼女のことを見てしまったらしい。
「ソウシさんにじっと見つめられると照れてしまいますね」
と、頬を赤くして恥ずかしそうな顔をされてしまった。
隣でミュエラが片眉を寄せて妙な顔をしたのだが、まさか変な勘違いをされてしまっただろうか。
「これからパーティメンバーと話し合いますが、2、3日のうちにはその寺院跡に向かいたいと思います」
「案内役と立会人をつけますので、日が決まったら言ってください」
「承知しました」
俺が執務室を出ようとすると、その前に扉がノックされてアースリンが入ってきた。
その顔が厳しく引き締まっているのは、間違いなくなにかが起きたしるしである。
「陛下、ご報告申し上げます。複数の場所で『悪魔』の出現が確認されました。現在わかっているのは三カ所で、出現した『悪魔』も小型のもののみ1体ずつで、近くの冒険者が対処したとのことです」
「被害はありましたか?」
「今のところ確認は取れておりません」
「周辺の村に人を派遣して確認させてください。それからドゥラック将軍を呼んでください。兵を出して他に『悪魔』がいないか調査をさせます」
「かしこまりました」
アースリンが執務室を出て行くと、今度は入れ替えにドロツィッテが入ってきた。やはり真剣な顔をしているので、嫌な予感しかしない。
「ああ、ソウシさんここにいたね。国王陛下も宰相閣下もお聞きください。現在、大陸のあちこちに小型の『悪魔』が次々と現れ始めているようです。1体ずつ現れるケースがほとんどですが、明らかに今までとは違う出現パターンです」
「今、この国にも現れたと報告が入りました。しかし大陸全体に起きているんですね」
「はい。冒険者ギルドも方でも、各地の領主と連携をして対応するよう通達を出しました。問題はこの現象の原因ですが……ソウシさん、心当たりはあるだろう?」
ドロツィッテの質問に、俺は「ああ」と答えた。
「おおかた『冥府の燭台』が、『異界』で動き出したんだろうな。連中はこの地上を死者の国に変えるというようなことを言っていたはずだ」
「私もそれしか考えられないと思う。とすると、今起きていることは、まだ始まりにすぎないということになるね」
「あまり時間はなさそうだ。すぐに『異界』に向かうとしよう」
さて、いよいよ『異界の門』を開いて『異界』へと行くことになりそうだ。
一度行ったことがあるとはいえ、そのほとんどが未知の空間である。切羽詰まった状況での探索ではあるが、俺は心の中にわずかに生じた期待感を拭うことができないでいる。
そういえば、ここメカリナン国の内戦に参加する時も、『黄昏の眷族』の大軍を相手にする時も同じだったような覚えがある。
今までは精神系スキルのせいかと考えていたが、もしかしたらこれが俺の本来の性向だと認める時がやってきたのかもしれない。
もっとも、認めようが認めまいが俺のやることは変わらない。ただ全力で殴る、それだけだ。
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