22章 異界の門への道標 29
Bクラスダンジョン10階層のセーフティゾーンで一泊した翌日。
朝食で俺は念願の(?)卵かけごはんを食べてみた。
やはり卵の生食はこの世界では非常識らしく、ほぼ全員に引かれてしまった。フレイニルなどは本気で「大丈夫なのですか?」と何度も確認をしてきたくらいである。
それでも強行して食べた卵かけごはんは、前世日本のそれとは微妙に味は違ったが、それでも郷愁を掻き立てるには十分なものであった。
「フレイニルとライラノーラのお陰で懐かしいものを食べることができた。ありがとう」
と完食してから礼を言うと、フレイニルはまだ少しだけ不安そうな顔をしたが、最後には喜んでくれた。
ライラノーラは「どういたしまして。わたくしは意識的にはなにもしてはおりませんけれど」と言っていたが、彼女が意識して俺の記憶からドロップアイテムを変化させたら大変なことになりそうだ。
さて、ダンジョン攻略は地下11階からである。
11階はダンジョンの造りこそ石組みで同じだが、通路が非常に広くなった。高さも合わせて10メートルくらいになったが、これは飛行型のモンスターが出てくるからである。
果たして出現したのは、『バンパイアバット』という、身体が人間ほどもある大型のコウモリだ。その名の通り襲い掛かって血を吸ってくるらしいのだが、30匹近く現れても後衛陣の対空魔法射撃によって瞬時に全滅させられるので、その能力を確認することはできない。
地下13階からは『トライヘッドイーグル』という、三つ頭のついた猛禽が現れる。口から火の弾を吐き出しつつ遠距離から一気に急降下してくる厄介なモンスターだが、フレイニルの『絶界魔法』による障壁があれば対処は容易い。
地下15階では『ドラゴレックス』という、翼のないドラゴンが出現する。長い首と尻尾を含めると全長は10メートルを超えるだろうか。一応ドラゴン種らしく、飛べない代わりに硬い鱗に包まれており、生半可な攻撃は通用しないそうだ。火の玉ブレスも連続で吐いてくる厄介なモンスターで、それが10匹以上もぞろぞろ歩いて来る様子はまるで戦車隊である。普通に戦えば多少面倒な相手だが、時間の関係で俺の『圧潰波』で対処させてもらった。
ボス部屋の扉を開くと、そこは東京ドームを3回りも広げたほどの非常に広い空間であった。
ボスはゲームなどでお馴染みの『ワイバーン』で、その姿は翼の生えた巨大トカゲ、もしくは前足のないドラゴンである。
見た感じは通常ボスだが、数は5体と大盤振る舞いだった。
ワイバーンは俺たちが入っていくと、一斉に空中に飛び立ち、部屋の中を旋回し始めた。そこからの火の玉ブレス射撃と、急降下での噛みつき攻撃が主な攻撃方法らしい。
ただ火の玉ブレスは『圧潰波』ですべて相殺可能なので、あとは一部前衛陣の『飛刃』スキルと、後衛陣の魔法攻撃の的にしかならなかった。次々と落ちていくワイバーンの姿はいっそ哀れなほどである。最後の一匹はやけくそ気味に降下して突っ込んできたが、俺のメイスの一撃で消し飛んだ。
「昨日のことがあるゆえ、Bクラスダンジョンでも宝箱を開くのに期待が膨らむのう」
「そうだねえ。いっそソウシさんが昨日言ってた酒でも出てくれると嬉しいんだけど、頼むよソウシさん」
シズナとカルマなどはすでに興味が宝箱の中身に移っている。ラーニは尻尾を激しく振りながら、五つ並んだ銀の宝箱の方へと走っていった。
さて、妙な期待感と共に宝箱から出てきたのは、まずはなんと、大きなビンに入った『ソース』だった。あのフライなどを食べる時の『ソース』である。昨日の『醤油』に引き続きの調味料だが、俺はそんなに日本の食べ物に飢えているのだろうか。
次の三つはそれぞれ金塊やミスリルの剣などの一般的なお宝だった。そして最後の宝箱から出てきたのは『石鹸』だった。木箱に100個以上の、前世日本で見慣れた石鹸が入っていた。
箱の中を興味深そうに覗いていたフレイニルが首をかしげた。
「ソウシさま、こちらはなんでしょうか?」
「これは石鹸だな」
「石鹸? これほど白い色のものは見たことがありませんが……。それにとてもいい香りがします」
興味を持ったのか、マリシエールが箱から一つを手に取った。
「貴族が使う香り付きの石鹸に似ていますが、それより格段に上等なものに見えますね。それにこの香りは……今まで経験のないものです」
「俺の国のものだからな。地上に戻ったら風呂の時に使ってみてくれ」
俺は石鹸のいくつかをフレイニルとサクラヒメに渡して、残りを自分の『アイテムボックス』に入れた。
しかしこれで、かなりの確率で俺の記憶にあるものが出てくることがわかった。
問題はこれが他の冒険者でも同じように出るようになるかということだが、それはじきにドロツィッテの方に情報が上がってくるだろう。
もしこれでこの世界のありように大きな変化が訪れてしまったら、などと少しだけ思ってしまうが、『異界ショートカット』を造ることに比べれば大したことはないだろう。
そう思い込んで、俺は次の階へと進むことにした。




