22章 異界の門への道標 27
翌日は予定通りBクラスダンジョンへと向かった。
新規加入のライラノーラも含めた全12人パーティとなる。
人数でも見た目でも目立ってしまう『ソールの導き』だが、その上メカリナン国では俺自身が有名なこともあって、通りを歩くだけで相当な注目を浴びてしまう。
それはダンジョンの入り口でも同じで、Bクラスダンジョンがある遺跡に集まっていた冒険者たちにも騒がれたり道を譲られたりと少し大変だった。
メンバーの見目の麗しさもさることながら出自もすさまじく、さらには冒険者たちの大元締めのグランドマスターまでいるのだから、ある意味非常に迷惑な一団である。
さて肝心のダンジョンだが、もはや俺たちにとってBクラスはウォーミングアップにしかならない程度の難度である。
1~5階までに出てきたザコモンスターは『コボルトナイト』『オークナイト』『ミノタウロス』と人型のものばかりだった。
一度に出てくる数は時として50体を超えるが、俺たちの相手になることはない。
せっかくなのでライラノーラに前衛として出てもらったが、彼女は『装血術』という赤い液体を自由に操る技でモンスターを次々と串刺しにしていた。『血槍』という赤い槍を飛ばす遠距離攻撃も使えるので、オールラウンドに強いメンバーである。むしろ俺たちのパーティにいなかったら、強すぎて目立ちすぎる存在になっただろう。というのは全員同じではあるのだが。
5階ボスは『ミノタウロスガード』という、身長3メートルを超えるミノタウロスだった。片手に両刃斧、片手に巨大な盾を持っており、Bランク冒険者の前衛であっても正面からは戦いたくはないモンスターである。
出現数はラーニの『疫病神』、カルマの『相乗』スキルによって3体に増えているが。これはもう慣れたものだ。
「私たちに任せてね!」
とラーニが言うので、俺は後衛陣の守りにつく。
その後衛陣の集中砲火によって、一体のミノタウロスガードは盾ごとズタズタに引き裂かれ、焼かれ、凍らされて消えていった。悲鳴すら上げる暇がなかったのは彼(?)にとって救いだっただろうか。
残り2体も前衛陣に翻弄されて、1分もかからずに討伐される。本気を出せば、例えばカルマの『虎牙斬』なら一撃であったろう。もしくはマリアネが『隠密』で後ろに回り込んで首への一撃でクリティカルヒットでもいけそうだ。
宝箱は銀のものが3つ。うち2つはこの世界で初めて見る、霜降りの高級牛肉風の肉の塊であった。量は合わせて50キロほどあるだろうか。
マリシエールがのぞき込んできて、
「このようなお肉は見たことがありませんわ。この白い部分はすべて脂身ですわよね。美味しいのでしょうか?」
と言っていて、ラーニやシズナもうなずいているので、どうやらこの世界に霜降り肉はないようだ。
あれは畜産家の努力と工夫の結晶だからな……と思ったが、ではなぜそんなものが今ここで出現したのだろうか。このメンバーの中で霜降り肉の存在を知っているのは俺だけだろうし、まさかそれに合わせて宝箱の中身が変化したとなると驚愕の事実である。
もちろんそんな記憶は今までないので、可能性があるとすればライラノーラの存在だろうか。彼女がアンテナの代わりを果たして、ダンジョンというシステムに作用したというのなら……それは少し恐ろしい予想であるかもしれない。
「好き嫌いはあるかもしれないが、俺の国では最高級と言われていた肉だな。焼いて食うと柔らかすぎて溶けるような食感になるやつだ」
「溶ける!?」
そこで食らいついてきたのはもちろんラーニ……だけでなく、シズナとカルマの食いしん坊組である。
「ソウシ、もちろん今日の夜はそれ食べるよね!」
「ソウシさんが言う最上級となれば半端なさそうだね。いい酒も開けないといけないよ」
「急に楽しみができたのう。結構なことじゃ」
「わかったわかった。量も十分あるし食べてみよう」
もう一つの宝箱はただの宝石セットだった。いや、売れば数百万ロムになるはなるものなので、「ただの」という言い方はないのだが。
霜降り肉出現の怪現象は気になるものの、それはともかくダンジョン攻略だ。5階のセーフティゾーンは通り過ぎて、更に地下へと向かう。
地下6階から10階で出てくるザコは『バッファローウルフ』『ギガントトータス』『グレイブキーパードラゴン』となる。
バッファローウルフ、ギガントトータスについては、名前の通り前者が大型のバッファロー、後者は巨大リクガメであるが、どちらももちろん相手になることはない。バッファローウルフは、『疾駆』スキルで突進してきて、フレイニルの『絶界魔法』の半透明の壁にぶち当たって自爆していたのが哀れであった。出現数は30体を超えるので、ドロップアイテムの肉塊がダンジョンの床に散らばる様はかなりシュールであった。ちなみにこちらはいつもの赤身の肉である。
グレイブキーパードラゴンは巨大なツチノコ型のドラゴンで、背中の棘を使った体当たりが武器なのだが、やはり『絶界魔法』で防がれて、動きが止まったところを集中攻撃で倒されていた。
ボスは『キマイラ』。象ほどの大きさがある巨大ライオンに、ヤギと蛇の頭を付け足したようなモンスターである。すでに一度戦っているので気負いはないが、3体のうち一体は全身が黒い鱗に覆われ、蛇の頭部がドラゴンのそれに変わっているレアボスだった。
「真ん中の黒い奴は俺が抑える。まずは他の2匹をやってくれ」
俺が全体に指示をすると、マリアネが
「黒いものはレアボスですね。情報が必要ですので、ソウシさん情報収集お願いできますか?」
ギルド職員の職分を忘れないマリアネの頼みに俺はうなずいて返す。
「向こうが手の内を見せきるまでは粘ってみよう」
「ありがとうございます」
こういった情報は冒険者ギルドのガイドに掲載されるので、ガイドに助けられた身としては協力しないという話はない。なにしろそのガイドの生みの親であるグランドマスター・ドロツィッテもメンバーにいるのである。
俺は『不動不倒の城壁』を構えながら、『ダークキマイラ(仮称)』へと突っ込んでいった。残り2体のキマイラには、すでに魔法が着弾し、それぞれ前衛陣が飛び掛かっていっている。
『誘引』スキルを放ってやると、ダークキマイラのライオン、山羊、ドラゴンの三つの頭部は一斉に赤く輝く瞳を向けてくる。
ほぼ同時に、ドラゴンの口から真紅の火球が連続で放たれる。それを『不動不倒の城壁』で受け止めながら、俺はダークキマイラの前に進み出た。
即座に前足でひっかき攻撃、さらにそれが防がれると巨体でのしかかっての噛みつき攻撃を仕掛けてくるダークキマイラ。
俺がいずれも『万物を均すもの』で軽く殴って追い払うと、ダークキマイラは距離を取って天に向かって唸り声を上げた。それに合わせて全身の鱗に青白い電流のスパークのようなものが走る。
「奥の手か?」
俺が『不動不倒の城壁』を構えると、ダークキマイラは全身に青白いスパークをまとったまま、『疾駆』の速度で突進してきた。床に青白い残しながら滑るように迫る巨体を、俺は『不動不倒の城壁』で受け止める。
質量と速度による体当たりそのものは、俺相手では向こうのダメージにしかならない。
しかし同時に俺の全身を包み込んだ青白いスパークは、やはり電気による攻撃のようだった。一瞬ビリッときて、身体が硬直したような感覚に襲われる。
だが結局、俺が受けた衝撃はそれだけで済んだ。普通の冒険者なら体当たりと合わせて、大ダメージを食らっただろうが、各種魔法耐性が最大値に近い俺にはもはや魔法的な付加ダメージはないに等しい。
ともあれこれでダークキマイラの能力はわかっただろう。俺は『万物を均すもの』を一振りして、三つの頭部を粉砕して戦いを終わらせた。
2体のノーマルキマイラはすでに討伐が終わっていたようだ。俺のところへマリアネが歩いてくる。
「お疲れ様でした。おかげでいい情報が得られました」
「最後の攻撃はBランク冒険者だと要注意だな。ゲシューラやスフェーニアが使う雷魔法と類似の属性攻撃だ」
「ソウシさん以外では体当たりを含めて致命的な攻撃になりそうですね。『疾駆』持ちが引き付けて避けるくらいしか対応策がなさそうです。しかし事前情報があるだけで生存率は上がるでしょう」
「そう願いたいな」
宝箱は銀箱2つと金箱1つだった。
銀箱の中身は『エリクサー』と黒い液体の入ったビン、金箱の中身は『蒼穹の環』という名前付きのサークレットだった。
「『鷹の目』というスキルを持つそうですが、『鷹の目』というスキルは聞いたことがありません。グランドマスターはどうでしょうか?」
鑑定していたマリアネが振り返ると、ドロツィッテは少し考えるようにしてからうなずいた。
「確か遠くの敵を見つけやすくなるというような、弓使いに適したスキルだったはずだね。『弓聖』という称号を持つ冒険者が、死に際にその存在を明かしたと言われてるスキルだ」
「ではとても珍しいスキルですね」
「『弓聖』自身も装備品によって得ていたスキルらしいから、もしかしたら史上2つ目の装備品かもしれないね」
「なるほど、先の肉といいソウシ殿のスキルが呼び寄せたお宝なのかもしれんのう」
シズナがそうしたり顔で言うと、フレイニルが「さすがソウシさまです」とうなずく。
ともあれ『蒼穹の環』は矢を扱うスフェーニアが装備することで決定した。物自体はうっすらと青みがかった銀のサークレットで、スフェーニアの銀髪によく似合っていた。
「ところでソウシ殿、そのビンの黒い水はなんなのかのう?」
シズナがさらに、俺の手にあるビンに興味を示してきた。
マリアネに『鑑定』をさせればいいのだが、実はこのビンの蓋付近から漂ってくる懐かしいにおいから、俺はこの液体の正体を察していた。
俺はその一升瓶くらいの大きさのビンを持ち上げて、蓋を開いてにおいを嗅いでみる。
「ああ、これは間違いなく『醤油』だな。俺の故郷にある調味料だ」
「調味料かえ? 確かに塩や砂糖なども出てくるのでおかしくはないのかのう。しかし『ショウユ』というものは聞いたことがないのじゃが。皆はどうじゃ?」
シズナの質問に、他のメンバーも「聞いたことがない」という意見で一致した。ラーニがにおいを嗅ぎにきて、「う~ん、なんか干からびたようなにおい?」と言っていたが、確かに初めて嗅ぐとそういうにおいに感じられるのかもしれない。
「好き嫌いもあるから、さっきの肉とともに今日の夕飯で試してみよう」
「うむうむ、そうじゃな。食べ物であれば食べねば話が始まらぬ。久しぶりに楽しみな食事になりそうじゃのう。さあさあ、この部屋はさっさと出ようぞ」
シズナの言葉に促され、全員が出口へと歩き始めた。
しかし霜降り肉といい醤油といい、今まで存在しなかったものがいきなり2つもドロップするというのは完全に偶然では片づけられない。
もし俺の記憶にあるものがドロップアイテムになるとして、食い物くらいならこの世界に大きな影響は与えることはないだろうが……。
まあ、それ以上については考えるだけ無駄かもしれないな。




