22章 異界の門への道標 25
男4人での酒の席、話題はメカリナン国の若き王、リューシャ王の身の上に移っていた。
どうやら妃の席を巡って、メカリナン国の多くの貴族が自分の娘を王に会わせようと動いているらしい。それ自体はありがちな話ではあるが、訳を知っている側近のアースリンには苦々しく思えるようだ。
たしかにリューシャ王は今、国を立て直すために必死になっている。それを横目に権力争いなど始められたらいい気がしないのは当然だろう。
「国王陛下ともなれば、結局そういった話からは逃れられないんだな。しかしリューシャ王が相手では、並の令嬢では気後れするんじゃないか?」
「なんの話だ?」
「いや、リューシャ王は見目が非常に整っているからな。長ずればかなりの美男子におなりになるだろう?」
美男子というよりは前世でのアイドルみたいになりそうな気もするが、どちらにしろ並の女性よりも美しい顔立ちになるのは間違いない。むしろ前世日本であれば、今の時点で芸能人へのスカウトがひっきりなしに来ると想像できるくらいだ。
と、誰もが考えると思われる話をしただけなのだが、なぜか3人はそこで、急に怪訝な目で俺を眺め始めた。
俺が戸惑っていると、「ああそうか」と言いながら、ダンケンが溜息交じりに俺の肩を叩いてきた。
「悪いな。そういやソウシさんがウチの国の公然の秘密ってやつを知らないのは当然だった」
「公然の秘密?」
「そうだ。実は先々代の国王陛下には男子の跡継ぎが生まれなかったんだ。最初に女子が生まれ、以降は一人も子宝に恵まれなかった。というより、一人生まれた後にご病気になって、子どもができなくなっちまったと言った方が正しいか」
「それはまた……。いや、ということは、まさかリューシャ王は……」
「女王でいらっしゃるんだよ、本当はな。ただ、先々代王の病気がわかった時点でリューシャ様を男として扱うっていうことになってな。以来ウチの国じゃ、リューシャ様については表面上は男として扱うのが礼儀みたいな、微妙なことになってんだ」
いやはや、所変われば品変わるなどというが、そんな意味のわからないことがあるとは驚きである。
しかしよく考えれば、リューシャ少年が本当に男なら、先々代王が亡くなった時点でリューシャ少年が自動的に王になるのはずだ。にもかかわらず叔父のジゼルファ公が無理矢理王位についたのは、そういった実態があってのことだったのだろう。
なんとも驚きの話だが、今の今まで気付かなかった俺としては先入観の恐ろしさを感じる話である。
「それは以前会った時にはまったく気づかなかった。俺は今まで失礼な態度を取っていたかもしれない」
俺が頭を掻いていると、ダンケンは再度肩を叩いてきた。
「まあまあ、別にだからって今まで通りで問題はないと思うぞ。王自身、自分が男扱いされることについては慣れてるだろうしなあ」
「そうか……そうだな。今まで特に問題もなかったし、今まで通りにすればいいだけか。むしろ今から態度を変えたらおかしいかもしれないな」
俺がそう思い直そうとすると、アースリンが「しかしな」と遮ってきた。
「そのリューシャ王に指輪を贈った者がいるらしいのだ。しかも普通では絶対に手に入らない非常に貴重なもので、リューシャ王はそれを家宝にするとまでおっしゃっている」
「それはミュエラ……宰相が見逃さないんじゃないのか?」
「宰相閣下も知らぬ間に渡されていたらしくてな。しかもその相手は、宰相閣下も無下にできぬ相手だったとか」
真剣に語っているようなアースリンだが、口元にはわずかに笑みが浮かんでいるようにも見える。
ダンケンもドゥラックも興味深そうにアースリンの次の言葉を待っているが、俺はそこで指輪の話に心当たりがあることに気が付いてしまった。
「なあアースリン、それはもしかして俺がリューシャ様に『毒耐性』効果のついた指輪を渡したことを言っているのか?」
「うむ、そうだ。『毒耐性+3』の指輪など、この大陸じゅうを探しても5つもない。さすがにそれを個人的にリューシャ様に渡した者がいると噂が流れれば、貴族たちもいきり立つというものだ」
「そんなつもりはまったくなかったんだが……」
「私も宰相閣下もソウシ殿に他意がないことはよくわかっている。しかしリューシャ様がどう感じたのか、それは誰にもわからん。ソウシ殿のなしたことは、年頃の娘にとってはあまりに衝撃が大きすぎるものだったろうからな」
急にとんでもないところから、とんでもない話が持ち上がってきてしまった。
といってもアースリンにしてもずっと薄笑いを浮かべているし、ダンケンやドゥラックも事情がわかった上で含み笑いをしているので、これは冗談なのだろう。
リューシャ王、いやリューシャ女王にしても、親子ほどに年の離れた男に指輪をもらったからといってそこに妙な意味を見出すはずもない。もっとも『ソールの導き』にはフレイニルやラーニといった例外がいるし、なにより恐ろしいのは『天運』スキルの存在だが……。
「どうした、本当に心当たりがあるのか?」
「そんなはずないだろう。しかしリューシャ王のことは教えてもらって助かった。さすがに勘違いしたままだと失礼なことをしてしまう可能性もあったからな」
「ならダンケンがこの場を設けた意味があったな。そういえば宰相閣下もかなり気にされていたが、今日はまた目が覚めるような美人を連れていたな。そちらについては詳しく聞いておきたいのだが」
アースリンがニヤッと笑うと、ダンケンとドゥラックは少し呆れ顔をしつつも、その話に乗ってきた。「美人」というのはライラノーラのことだろうが、どうも俺の事情を一通りしないとこの場は次の話にいかないようだ。
その後夜が更けるまで、同年代のおっさん同士で様々なことを語り合った。
今後もこういう場は欲しいものだが、爵位などを考えるとそれが一番難しいというのが悲しいところである。




